花脊の苑



 今日も元気に、雉鳩はぼうぼうと鳴いている。
 
 朝の六時から、久しぶりの飲酒がこたえて二日酔いになった人間の気も知らずに。

 タンッ——、タンッ——。
 丸太の作業台の前に膝をつき、苑は黙々と鉈を振るった。

 そこまで力はいらないが、ヒノキを細かく縦に割るのは神経を使う。短冊状に切ったヒノキの山が、苑の足元に積み上がっていく。

 昨夜、ようやく家に帰ってきた苑のことを、ダフネは何事もなかったかのように出迎えた。

 苑の方から事情を説明しようとしたが、もう夜も遅いからと断られてしまった。

 夜は感傷的になってまうから、真面目な話は昼に回しましょ。

 薄紫のガウンをかけたダフネはそう言って、寝室の向こうへ消えていった。

 溜息をひとつついた苑は、辺りを見回しながら巧身の姿を探した。
 
 苑がいるこの場所は、巧身の自宅兼アトリエの工房だ。

 空き家になっていた古民家を、それらしくリノベーションした物件だと巧身は言っていた。


「……なあ、ちょっと〜。見てほしいねんけどー」


 苑のいる土間と巧身のいるガレージはひと続きになっている。ガレージからずっと、苑がヒノキを割る音よりも遥かに大きな音が聞こえていた。

 巧身は電動工具を使って、苑が割りやすいようにヒノキの木をバラしていた。


「……なあ!」

 
 苑の声に気付いていないのか、巧身はこちらに目もくれずに電ノコを木に当てがっている。


「なあって!!」


 苑が一際大きく叫ぶと、電ノコの轟音が止まった。
 
 額から汗を滴らせた巧身が振り向くと、苑はぐっと奥歯を噛み締めた。

 これぞまさしく、水も滴るなんとやらだ。

 首に巻いたタオルに顔を埋めると、笑い混じりに巧身は言った。


「俺は『なあ』って名前やないで?」


「なっ……!んなもん、なんだってええやろ!」


 吠える苑に、巧身は口の端を持ち上げてニヤリと笑う。


「ダーメ。はい、言うてみ?巧身さんって」


「だっ、だぐみさっ……!」


「全然ダメや。やり直し」


 冷たく言い放たれ、苑はこれでもかと眉間に皺を寄せた。


「くっ……!たく、みっさん……!」


「ええやんええやん、その調子や。そんで巧身さんの後ろにハートマークつけてな」


 いよいよ苑は、ヒノキの短冊をガレージの床に叩きつけた。

 どが付くほどタイプの顔であっても、オモチャのように弄ばれるのは我慢ならなかった。


「うちはメイドカフェちゃうぞ!」


 しれっとした顔で落ちたヒノキを拾い上げると、巧身はしげしげとそれを眺めながら淡々と言った。


「メイドカフェはもっとやろ。キュンキュンニャンニャン、しこたま言うねんで」


「黙っとけ!ド変態が!!」


 自分の怒鳴り声が、二日酔いの頭にキンと響く。

 帰郷してまだ二日目だというのに、苑はキレ芸の腕前ばかり無駄に上がっていくのを感じていた。
 
 指でつまんだヒノキに小さく頷いた巧身は、小さく微笑んだ。


「若宮さんは筋がええな。初っ端でこれだけ出来ると思ってなかったわ」


 サラリと述べた巧身の言葉が、苑の頭にこだまする。


 筋がええ、筋がええ、筋がええ……。


 ——その昔、ワタパチにおだてられた苑は、杉の木の上に登ってみせたことがある。
 
 木の上からドヤ顔を見せつけた苑を、ワタパチとアホヅミはゲラゲラと笑いながら指を差し、文字通り笑いものにした。

 苦い記憶を呼び起こされた苑は、巧身の手からヒノキの短冊を奪い取り、土間の作業場へと戻って行った。