きみの心をのぞかせて


「うっかりしてた。本当にごめん……!」
 両手で彼女のスクールバッグを差し出す。キーホルダーのぬいぐるみが揺れた。加藤さんのマンションに向かって走ってくる間、胸の前で守るように抱えていたから、バッグはほとんど濡れていない。
 でも、迷惑をかけてしまった。
 家族の間にも、友だちの間にも、波風を立てないように生きてきたのに。
 自分のふがいなさに唇を噛む。

「八重花ちゃん、びっしょびしょ」

 私は顔を上げた。
 加藤さんは、眉を八の字にさせながらもにこっと笑い、スクールバッグを交換してくれた。

「そりゃあ、困ったけどさ、私も急に話し掛けちゃってごめんねえ。発声練習の邪魔しちゃったよね。お互い様ってことで」
「だから発声練習なんかじゃな」
「くしゅっ」

 加藤さんの可愛らしいくしゃみが私を遮る。

「私、気温差に弱くって」
「お、お大事にね」
「うん。お風呂で温まろうかな。……あ、八重花ちゃんもお風呂入ってく? 風邪引いちゃうよ」
「い、いや、いいよ」
「えー、遠慮しなくていいのにぃ」

 会って間もない人の家のお風呂を借りるなんて、気まずすぎる。

「どうせまた雨の中帰らなくちゃだし」
「傘は持ってるの?」

 私は交換してもらった自分のスクールバッグの中を漁る。日傘にもなる軽量の折り畳み傘が入っていた。

「そんな傘じゃ濡れちゃうよ」

 加藤さんは「待ってて」と言い残し、一度マンションの中へ消えた。
 すぐに戻ってきた彼女の手には、太い男物の傘が一本と、ふかふかのフェイスタオル一枚。

「貸してあげる。タオルはちゃんと洗ってあるよ。傘はお父さんのコレクションのうちの一本なんだけど、すごくしっかりしてるの」

 悪いからと断ったけれど、タオルで髪や身体を拭かれ、傘も無理やり持たせられてしまった。傘をさしてみると、重たいけれど、確かにこれ以上は濡れずに帰れそうだ。

「バイバイ、八重花ちゃん。……あと、ちとせって呼んでね!」

 朗らかな声に見送られ、私は雨の道を帰った。

――お互い様ってことで

 彼女の言葉を思い返す。
 私は、許してもらえたのだろう。
 私が加藤さんの……ちとせの立場だったらきっと、相手に「お互い様」なんて言えない。「気にしないで」と言っている。鍵もスマフォもなくて、すごく困っていたとしても、「全然困ってないよ」と作り笑いを浮かべている。
 波風を立てたくないから。

「やっぱり、苦手かも……」

 呟いてから、首を横に振る。
 苦手なんじゃない。羨ましいんだ。
 自分の気持ちのそのままに生きている彼女のことが、羨ましくて堪らないんだ。