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「あら、八重花ちゃん。おかえりなさい」
「お姉ちゃんだあ」
自宅のマンションのエントランスにいたのは、買い物袋を提げたお母さんと、幼稚園児の妹だった。
妹は「ポポポン・プリンセス」のキャラクターの描かれたプールバッグを提げている。週一で通っているスイミングスクールの帰りらしい。
「ただいま。スイミングだったの? おつかれさま」
妹はニコニコしながら駆け寄ってくる。小さな体からふわりと塩素のにおいがした。
「あのね! 今日は背泳ぎのテストだったの! 合格したから、アイス買ってもらったんだあ!」
「頑張ったねえ」
妹には水泳のセンスがあるようで、どんどん上手くなっていく。一方、私は通えなかったので高校生になった今もカナヅチのまま。姉妹なのに不公平だなと思ってしまうけど、顔には出さない。
「こらあ。アイスのことはお姉ちゃんには内緒よって言ったのに。ごめんね、家に帰るまでに溶けちゃうと思って、八重花ちゃんの分は買えなかったの」
「いいよ、ダイエット中だし。あ、お母さん、荷物持つよ。重いでしょ」
「ありがとう。さすが、八重花ちゃん。気が利くわあ」
私は食材の詰まった買い物袋を引き受けた。中に、カレールーの箱が入っているのが見える。今日の夕ご飯はカレーライスらしい。実は、私はあまりカレーライスが得意じゃない。お父さんもお母さんも妹も好きだから、わざわざ言わない。私が我慢すればいいだけの話。
良いお姉ちゃん。良い娘。
たまに息苦しくなる時がある、というのが本音だけど、河川敷で叫べば全て解決だ。何事も丸く収まる。
「あら、可愛いぬいぐるみね。いつ買ったの?」
お母さんが、鍵でオートロックを解除しながら私に訊いた。
「ぬいぐるみって?」
「学校のバッグにつけてるじゃない」
「……?」
肩から提げていたスクールバッグに目を下ろす。紐のところに、ピンクのクマのぬいぐるみのキーホルダーがぶらさがっていた。
「な、何これ」
「かわい~」
妹が喜んでいるけれど、私は目を丸くした。
「私、こんなのつけてな……、あっ」
河川敷での出来事を思い出し、顔からさあっと血の気が引いた。逃げるように立ち去った時につかんだこのスクールバッグは、私のものではなく加藤さんの……。
