きみの心をのぞかせて

「本当は、ちょっと悔しい」
「……『ちょっと』?」

 首を横に振って、「すごく」と訂正する。
 本当は悔しい。すごく悔しい。
 だって、楽しかったから。
 演技をするのは、自分の気持ちを素直に出すのは、すごく楽しかったから。気持ち良かったから。

「八重花ちゃん、一緒に声優目指さない? 罪滅ぼしなんかじゃなく」
「……そうだね。また、頑張ってみようかな……」
「八重花ちゃんと一緒に頑張れたら、私も嬉しい!」

 ちとせが笑う。
 二人でまたマイク前に並ぶ。そんな未来を想像した。
 何年かかるかわからない。私には叶わない夢かもしれない。マイク前に立つのは、ちとせ一人だけかもしれない。
 それでも。

「……あっ」

 秋風がぴゅうと強く吹いて、私が手にしていた合否通知の紙が飛ばされてしまった。

「待て~!」

 芝の上でひらひら飛ばされていく紙を、ちとせが追いかけて拾ってくれた。

「よかったあ。はい! 八重花ちゃん」
「ありがとう。……まあ、ただの不合格通知だけど」

 苦笑いして不要の紙を折り畳もうとすると、ちとせが「え!?」と声を上げた。

「な、何?」
「か、紙に『預かり』って書いてない……!?」
「え? うん」

 私は畳もうとした合否通知をもう一度広げ、彼女に見せた。自分の名前の後に「預かり合格」と書いてある。

「だから、私は不合格ってことでしょ? 『合格は預かりです』って意味だよね?」
「ち、ちちち、違う違う違う違ーうっ!!」

 ちとせは目を見開き、首を横にぶんぶんと振った。ツインテールの端がぱしんと私の頬を叩く。私は困惑して首を傾げた。

「不合格じゃなくて、『預かり生として合格』っていう意味だよ!!」
「あ、預かり生……って、何?」
「預かり生っていうのはつまり、ええと、普通の合格の上ってこと! つまりつまり、八重花ちゃんは不合格じゃなくて合格だし、合格どころかもうちょっとで正式に事務所に所属して、声優さんになれるかもしれないってことなの!」
「……………………へ?」

 頭が真っ白になった。
 私が、もう少しで声優になれるかもしれない?

「おめでとう! 八重花ちゃん!」

 ちとせが抱き着く。
 私は驚きのあまり、何も言い返せない。

「八重花ちゃんと一緒に声優目指せるんだ! 嬉しい~! で、でも、ごめんっ! ちょっと悔しい~! 悔しいって思っちゃう自分が嫌だけど、やっぱりおめでと~! でもやっぱり私も預かり合格したかったよお~!」

 大興奮のちとせの腕の中、私は徐々に正気を取り戻していた。

 合格したんだ。
 演技の勉強をさせてもらえるんだ。

 冷静さを取り戻してきたつもりなのに、また胸が高鳴ってきた。手汗をかきはじめて、このままでは大事な合格通知も封筒も湿ってしまう。

「……あ」

 手にしていた自分の封筒に、もう一枚紙が入っていることに気がついた。
 ちとせに抱きつかれたまま、私は紙を取り出した。
 紙には手書きの字がある。丁寧な字で、こう書かれていた。


――良い演技でした。一緒に仕事ができる日を楽しみにしているよ。待ってるね。


 差出人の名前は無い。
 でも、誰によって書かれた字なのか、私にはすぐにわかった。

「八重花ちゃんっ! 一緒に声優目指そうね!」

 満面の笑顔のちとせに、私は目元を拭って頷いた。

「……うんっ! 頑張ろう!」

 秋の高く澄んだ空。
 その彼方に私たちの声が、心が、響き渡っていく。



「きみの心をのぞかせて」 了