きみの心をのぞかせて

 驚くのも無理はない。
 でも、夢埜ナナは、本当に私のお母さんなんだ。

「ずっと会ってなかったの……。離婚して私とお父さんを置いて、お母さんは自分一人で生きていくって決めたから……!」

 お母さんは、お父さんと結婚する前から声優だった。声優の「夢埜ナナ」として活動していた。売れっ子で、色々なアニメに出演していた。
 でも、お父さんと結婚して、私が生まれて、思うように仕事ができなくなってしまった。幼い子どもの世話をしながら不定期に舞い込んでくる声優の仕事を続けるのは難しく、お母さんは悩んでいた。悩んだ末に、私とお父さんと別れる決断をした。

「そ、そっか……。ごめんね、八重花ちゃん。夢埜さんが、子どもを置いていくような人だなんて知らなくて」
「違うの。お母さんを悪者みたいに言わないで……!」
「ご、ごごご、ごめん!」

 ちとせは何も悪くない。目の前にいるクラスメイトを責めたいわけではない。でも、私の口は止まらなかった。

「『私とお父さんを置いて行って』って頼んだのは、私なの」
「……? どういうこと?」
「お母さんに、声優を続けてほしかったの……」

 お母さんの、夢埜ナナの出演しているアニメが大好きだった。悲しい話だって、観ているうちに、嬉しくなってしまうくらいに。
 だから、私は悩んでいるお母さんの背を押した。「私たちを置いて行って、一人で頑張ってほしい」と頼んだ。泣きたい気持ちを堪えて、家を出ていくお母さんに笑顔で手を振った。「声優さん頑張ってね」と。「私は全然寂しくないよ」と。
 それからしばらくは、アニメを観られなくなった。とくに、夢埜ナナが出演しているアニメだけは絶対に観なかった。どんなに楽しい話だって、観ているうちに悲しくなってしまうから。

 数年後、お父さんが再婚した。新しいお母さんは優しかったし、生まれてきた妹も可愛かった。
 新しい家庭を壊さないように、私は良い娘、そして良いお姉ちゃんを演じてきた。本当のお母さんに会えない寂しさは封印して。子どもらしく甘えたい気持ちは見ないふりをして。
 我慢をすることで、気持ちを隠すことで上手くやってきた。
 本当のお母さんは声優を続けられているし、新しい家族とも仲良くやっている。
 だから、これからも本当の感情なんて表に出してはいけない。

「……う」
 それなのに。
「ううっ……」
 それなのに、今、私はどうして泣いているのだろう。