きみの心をのぞかせて


「夢埜さん」と呼ばれた一番端に座る眼鏡をかけた女性が、「そうですね」と口ごもる。
 私ははっと目を見開いた。
 眼鏡をかけた女性をまじまじと見つめる。
 まさかと思ったが、よく見ると本当に夢埜さんだった。あのベテラン女優、夢埜ナナさんが座っていた。
 アニメや声優について、私は無知だ。でも、私は彼女のことは良く知っている。

 きっと、この会場にいる誰よりも。

 他の審査員二人と、そして私を交互に見て、夢埜ナナは「活舌も問題無かったように聞こえました」と小声で講評した。
 他の審査員二人は彼女の様子に不思議そうな顔をしつつ、「これで7番チームは終了です。お疲れさまでした」とオーディションの終わりを告げた。

「ありがとうございました!」

 ちとせが深く頭を下げた。我に返り、私も慌てて真似をする。

「えー、前半のチームは全て終わったので、一回休憩ですね。再開は一時間後です」

 オーディションの説明をしてくれた女性が腕時計を見ながら他の二人に話しかける。

「夢埜さんは外に出ますか?」
「……」

 女性の質問には答えず、夢埜ナナが立ち上がった。
 私を凝視しながら。

「あの――」
「……失礼します!」

 私はちとせの腕を引っ張った。何か言い掛けた夢埜さんから逃げるみたいに会場のドアを開け廊下に出た。

「や、八重花ちゃん?」

 狭い廊下を出て、階段を上り、地下のスタジオから地上へと出る。

「ど、どうかしたの? 八重花ちゃん」

 ちとせに訊かれるけど、私は足を止めなかった。都心のビルの間を進む。

「ま、待ってよう!」

 大通りが見えてきて、私は立ち止まる。振り返るけど、夢埜ナナの姿は無い。ほっと胸を撫で下ろす。もし追ってきたら、どうしようかと思った。

「八重花ちゃん、何かあったの? 震えてるよ」

 ちとせに言われて初めて、自分の手が震えていることに気がついた。オーディションはもう終わった。だから、緊張ではない。別の種類の感情が、私の手を震わせていた。

「……気付かなくて」

 私はかすれた声でやっと返事をした。

「夢埜さんに? ね、びっくりだよね!」

 ちとせは明るい表情になる。

「私も最初は全然気付かなかったよ~。夢埜さん、眼鏡かけてたもんね。それで、八重花ちゃんはベテラン声優に会えてドキドキしてとび出してきたの?」

 三人の審査員のうち、一番端にいたのがベテラン声優の夢埜ナナだった。テンションの高いちとせの言う通り、眼鏡をかけていたから、私もなかなか気付けなかった。

「心の準備が、できてなかったの……」
「そうだよねえ、私もまさか夢埜ナナさんがいるなんて思わなくて! ベテラン声優さんの前で演技させられるなんて思わなかった。緊張したなあ」
「……お母さんなの」
「へっ?」
「お母さんなの……! 夢埜ナナは私のお母さんなの……!!」
「へ? え? ええええええっ!? うそおっ!?」