きみの心をのぞかせて


 私たちは立ち上がり、一緒に控室を出た。スタッフとちとせの後に続き、狭い廊下を一列に歩く。一歩踏み出すごとに心臓が高鳴り、爆発しそうだった。
 ちとせが私を振り返る。何だろうと思っていると、彼女はぱちんとウィンクしてきた。もう一度、「楽しもう」と言われた気がした。
 スタッフが廊下のつき当たりのドアを開ける。この先がオーディション会場だ。スタッフに、中に入るよう無言で促された。

「……おはようございます! 7番チームの加藤ちとせです! B役をやらせていただきます。よろしくお願いします!」
「お、おはようございます。7番チームの、山吹八重花です。A役をやらせていただきます。よろしくお願いします」

 挨拶の仕方も事前にちとせから教わって練習もしていた。でも、もう少しで声がひっくり返りそうだった。
 会場は思ったより広く、照明も眩しいくらいに明るかった。壁一面の大きな鏡に二本の本格的なスタンドマイク。そして会議室テーブルの前に座る、明らかに一般人ではないオーラを放つ三人に、私は気圧されてしまった。

「おはようございます」

 三人のうち、一番右側の若い女性が挨拶をしてくれた。真ん中の男性と、一番端の眼鏡の女性も軽く頭を下げる。

「ではA役の方が右手のマイク、B役の方が左手のマイクの前に立ってください」

 彼女に言われた通りにマイク前に立つ。私とちとせは、審査員であろう三人と向かい合わせとなった。

「それでは早速、お二人に演技をしてもらいます。合否の結果は、一週間以内に郵送でお送りします」

 説明をしているだけなのに、女性は惚れ惚れするようなきれいな声だった。私は声優に明るくないから彼女の名前はわからないけれど、プロの人なのだろう。残りの二人も、きっと。
 プロの三人の前で演技するなんて。
 私の体は雪山の遭難者のように震えだす。体は冷えているのに、手汗をかいていた。左手で構えたコピー用紙の台本が湿っていく。

「私が手で演技開始の合図をします。合図が出たら自分たちの好きなタイミングで始めてください。では……」

 女性が右の手のひらを上げる。演技開始の合図だ。
 大きく息を吸おうとした、その時だった。
 私の手から、台本がひらりと落ちた。
 心臓が、呼吸が、止まった。

「……っ」

 台本は床を滑り、ちとせの足元に落ちた。慌てて拾い上げ構え直す。でも、白紙だった。裏面になっていただけだ。冷静に考えればすぐにわかる。
 でも、私はもうパニック寸前だった。