「まずはチョコレートを湯せんして溶かしてください」
エプロンんを付けた詩織が、私と夏実のボウルに熱湯を注いで、その上から刻んだチョコレートが入ったボウルを乗せてくれる。
テンパリング? とやらの工程は省くらしい。あまりにもがっつりショコラティエみたいなことをすると、私が嫌になることをよくわかっているからか、計量も全て詩織がやってくれていた。それほど詩織はお菓子作りが好きで、私はお菓子作りも料理すらも得意じゃない。姉妹なのにここまで好きなことに差があるなんて。
私もお菓子とか料理とかできる人ならよかったのに。
私は少女マンガが好き。
詩織はお菓子作りと料理が好きで、小説家になりたいという夢も持っている。
ないものねだりをしても仕方ないけど。それでも私にも、もっと自信の持てる才能があったらよかったのにな。
チョコを溶かして、少しずつ分離しないように混ぜていく。
それをバッドに流し込んで、冷蔵庫で冷やし固める。
「次はクッキー生地ね。粉は測っておいたから、ふるいにかけるところからね」
「はーいっ」
詩織の指示に元気よく返事をして、夏実がふるいの中に薄力粉とココアパウダーの混合物を入れる。
さっきは黙々とチョコを溶かしていたのが、いきなり集中力が切れてしまったようだ。
「あっ、」
私も夏実を見ながらふるいに粉を入れようとボウルを傾ける。でも、見事に机の上に着地して、ナチュラルブラウンのテーブルが白黒の粉まみれになった。
最悪。だからお菓子作りって嫌いなんだよね。全然楽しくない。
「あちゃー、やっちゃったね。片づけるからちょっと待ってね」
詩織が机に散乱した粉を台拭きで集めて、持って来たゴミ箱の中に落としていく。
いつもなら、ここで「もうやだ! やめる!」と完全拒否する。発狂する。我ながら子どもだと呆れる。
でも今日は夏実がいるから。自分で作る理由もあるから。自分で頑張って粉を計りなおす。正直もう本当にやりたくないけど。全部詩織に作ってもらいたいけど。
でも、大好きな先輩に渡すものを詩織が作るって、嫌だもん。私が作ったものを食べてほしい。
勝手に想像して、勝手に嫉妬して。勝手に独占欲を発揮している。
好きだもん。心の中に留めておく分には、いいって決めたし。好きなら仕方ないもん。
「お、えらいじゃん。その調子」
詩織がいつもと違う私の様子を見て、褒めてくれる。
うれしいような、そうでもないような。ちょっと見下されてるみたいッて思うのは、多分私がひねくれているだけなんだけど。
粉をふるいにかけるというめんどくさい工程を先にしてくれたのは、詩織が私のことをよくわかっているからというのは、バターを滑らかにする工程のときにわかった。
詩織はいつも、バターを混ぜた中に直接、粉をふるいにかけて入れてしまう。でも私がそれをやると、さっきみたいにこぼしてしまったときに量が狂うからわざわざ別にしたんだろうな。
それを思うと、恨むに恨めない。恨む要素なんてもとからないんだけどさ。
「できました!」
自信満々に、バターを滑らかにしたボウルを詩織に見せつける夏実。私のボウルの中にいるバターさんは、まだころころと正方形が散らばっていた。夏実が混ぜているのをぼーっと観察していたから、後れを取ってしまった。
木べらで必死にボウルの側面に擦り付けて、私もやっと追い付いた。
「私もできた」
そう、詩織に伝えると、さっき私たちがバターを混ぜている間に準備してくれていたグラニュー糖が出てきた。普通の砂糖よりもさらさらしてて、キラキラしている。綺麗だと思った。
「次はグラニュー糖入れて混ぜてね」
そう、また何かを計りに行く。
全部一気に入れたらこんなに何度も混ぜなくていいから楽なのに。なんで一工程につき一回混ぜないといけないんだろう。
そのあとも卵黄を加えて混ぜ、ふるいにかけた粉を加えて混ぜ。
やっと終わったかと思ったら、今度は生地をラップにくるんで三十分寝かせるらしい。
生地はいいな、寝れて。私も寝たい。もう疲れた。
ここからまだやることがたくさんある。レシピ本をいくら睨んでも、工程が減ることはない。
「あとちょっとで完成だね」
達成感を感じさせるトーンで夏実が本を覗き込む。
私とは全然感覚が違うみたいだ。今のこの時間を、楽しいと感じられる部類の人だ。詩織と同じ世界を見ている、私には到底理解できない部類。
でもよくよく考えたら、そんなことは今日が来る前からわかりきっていたことだ。
夏実は毎年、私にやけにレベルの高い友チョコをくれていた。
中学二年生のころに出会って、その年から毎年。
はじめは確か、チョコレートチーズケーキ。ちっちゃいハート形のタルトのやつ。
中学三年生のときは、ガトーショコラ。スティック状になってて、デコレーションもドライストロベリーとかが使われていてかわいかった。
去年はフォンダンショコラ。わざわざ休日だったのに家まで届けてくれて、すぐに食べた。中からとろけるチョコレートがおいしすぎた。
それらが全部手作りだというのだから、詩織と同じ部類に決まっているじゃないか。
「そろそろ始めようか」
詩織の声に、重い腰を上げて冷蔵庫からクッキー生地を取り出す。
厚さ一センチほどの長方形に伸ばして、包丁で長方形に切っては天板に敷いたクッキングシートの上に並べていく。わざわざ定規で均等な大きさになるように計って切るのだから、気が遠くなりそうだったけど、夏実は真剣で、一言も発することなく切り終えた。
私も一足遅れて切り終えて、やっと待ちに待った焼きの工程に入った。
百七十度で、十五分焼くらしい。「もう予熱は終わってるからね」とよくわからないことを詩織が言っているのに対して、夏実は「ありがとうございます!」と返していた。きっとお菓子作りに関するワードなんだろう。深く考えずに、オーブンレンジの中に天板を入れた。
そして、やっと。やっと焼きあがった。
ここまで長すぎた。あとは生チョコも同じ大きさに切って挟むだけ。
そう、冷蔵庫に手をかけると、夏実に止められた。
「冷ましてからじゃないとダメだよ」
「え、まだダメなの……?」
もう疲れたよ。そう口から出そうになって、慌てて飲み込んだ。詩織なら駄々をこねてもいいけど、夏実の前ではさすがにどれだけ仲が良くても言ったらいけない。
親しき中にも礼儀あり、という言葉があるのだから。
一時間は絵しりとりをしたり、お菓子の存在を忘れて遊んだ。そして、それから二時間後。やっと、やっと、やっっっと。生チョコサンドクッキーが完成した。
長かった。一生分のお菓子を作る気力を使ったような気分だ。
でもそれと同時にちょっと達成感もある。頑張った自分をとてつもなくほめてあげたくなるくらい。
ラッピングだけは誰よりも気合いをいれて包んで、冷蔵庫にしまった。
明日、忘れていかないようにしないと。
ちゃんと渡せるかな。
受け取ってくれるかな。
おいしいって思ってくれるかな。
不安が七割、期待が三割。そんな気持ちを抱えながら、ベッドの中で眠りに落ちた。
エプロンんを付けた詩織が、私と夏実のボウルに熱湯を注いで、その上から刻んだチョコレートが入ったボウルを乗せてくれる。
テンパリング? とやらの工程は省くらしい。あまりにもがっつりショコラティエみたいなことをすると、私が嫌になることをよくわかっているからか、計量も全て詩織がやってくれていた。それほど詩織はお菓子作りが好きで、私はお菓子作りも料理すらも得意じゃない。姉妹なのにここまで好きなことに差があるなんて。
私もお菓子とか料理とかできる人ならよかったのに。
私は少女マンガが好き。
詩織はお菓子作りと料理が好きで、小説家になりたいという夢も持っている。
ないものねだりをしても仕方ないけど。それでも私にも、もっと自信の持てる才能があったらよかったのにな。
チョコを溶かして、少しずつ分離しないように混ぜていく。
それをバッドに流し込んで、冷蔵庫で冷やし固める。
「次はクッキー生地ね。粉は測っておいたから、ふるいにかけるところからね」
「はーいっ」
詩織の指示に元気よく返事をして、夏実がふるいの中に薄力粉とココアパウダーの混合物を入れる。
さっきは黙々とチョコを溶かしていたのが、いきなり集中力が切れてしまったようだ。
「あっ、」
私も夏実を見ながらふるいに粉を入れようとボウルを傾ける。でも、見事に机の上に着地して、ナチュラルブラウンのテーブルが白黒の粉まみれになった。
最悪。だからお菓子作りって嫌いなんだよね。全然楽しくない。
「あちゃー、やっちゃったね。片づけるからちょっと待ってね」
詩織が机に散乱した粉を台拭きで集めて、持って来たゴミ箱の中に落としていく。
いつもなら、ここで「もうやだ! やめる!」と完全拒否する。発狂する。我ながら子どもだと呆れる。
でも今日は夏実がいるから。自分で作る理由もあるから。自分で頑張って粉を計りなおす。正直もう本当にやりたくないけど。全部詩織に作ってもらいたいけど。
でも、大好きな先輩に渡すものを詩織が作るって、嫌だもん。私が作ったものを食べてほしい。
勝手に想像して、勝手に嫉妬して。勝手に独占欲を発揮している。
好きだもん。心の中に留めておく分には、いいって決めたし。好きなら仕方ないもん。
「お、えらいじゃん。その調子」
詩織がいつもと違う私の様子を見て、褒めてくれる。
うれしいような、そうでもないような。ちょっと見下されてるみたいッて思うのは、多分私がひねくれているだけなんだけど。
粉をふるいにかけるというめんどくさい工程を先にしてくれたのは、詩織が私のことをよくわかっているからというのは、バターを滑らかにする工程のときにわかった。
詩織はいつも、バターを混ぜた中に直接、粉をふるいにかけて入れてしまう。でも私がそれをやると、さっきみたいにこぼしてしまったときに量が狂うからわざわざ別にしたんだろうな。
それを思うと、恨むに恨めない。恨む要素なんてもとからないんだけどさ。
「できました!」
自信満々に、バターを滑らかにしたボウルを詩織に見せつける夏実。私のボウルの中にいるバターさんは、まだころころと正方形が散らばっていた。夏実が混ぜているのをぼーっと観察していたから、後れを取ってしまった。
木べらで必死にボウルの側面に擦り付けて、私もやっと追い付いた。
「私もできた」
そう、詩織に伝えると、さっき私たちがバターを混ぜている間に準備してくれていたグラニュー糖が出てきた。普通の砂糖よりもさらさらしてて、キラキラしている。綺麗だと思った。
「次はグラニュー糖入れて混ぜてね」
そう、また何かを計りに行く。
全部一気に入れたらこんなに何度も混ぜなくていいから楽なのに。なんで一工程につき一回混ぜないといけないんだろう。
そのあとも卵黄を加えて混ぜ、ふるいにかけた粉を加えて混ぜ。
やっと終わったかと思ったら、今度は生地をラップにくるんで三十分寝かせるらしい。
生地はいいな、寝れて。私も寝たい。もう疲れた。
ここからまだやることがたくさんある。レシピ本をいくら睨んでも、工程が減ることはない。
「あとちょっとで完成だね」
達成感を感じさせるトーンで夏実が本を覗き込む。
私とは全然感覚が違うみたいだ。今のこの時間を、楽しいと感じられる部類の人だ。詩織と同じ世界を見ている、私には到底理解できない部類。
でもよくよく考えたら、そんなことは今日が来る前からわかりきっていたことだ。
夏実は毎年、私にやけにレベルの高い友チョコをくれていた。
中学二年生のころに出会って、その年から毎年。
はじめは確か、チョコレートチーズケーキ。ちっちゃいハート形のタルトのやつ。
中学三年生のときは、ガトーショコラ。スティック状になってて、デコレーションもドライストロベリーとかが使われていてかわいかった。
去年はフォンダンショコラ。わざわざ休日だったのに家まで届けてくれて、すぐに食べた。中からとろけるチョコレートがおいしすぎた。
それらが全部手作りだというのだから、詩織と同じ部類に決まっているじゃないか。
「そろそろ始めようか」
詩織の声に、重い腰を上げて冷蔵庫からクッキー生地を取り出す。
厚さ一センチほどの長方形に伸ばして、包丁で長方形に切っては天板に敷いたクッキングシートの上に並べていく。わざわざ定規で均等な大きさになるように計って切るのだから、気が遠くなりそうだったけど、夏実は真剣で、一言も発することなく切り終えた。
私も一足遅れて切り終えて、やっと待ちに待った焼きの工程に入った。
百七十度で、十五分焼くらしい。「もう予熱は終わってるからね」とよくわからないことを詩織が言っているのに対して、夏実は「ありがとうございます!」と返していた。きっとお菓子作りに関するワードなんだろう。深く考えずに、オーブンレンジの中に天板を入れた。
そして、やっと。やっと焼きあがった。
ここまで長すぎた。あとは生チョコも同じ大きさに切って挟むだけ。
そう、冷蔵庫に手をかけると、夏実に止められた。
「冷ましてからじゃないとダメだよ」
「え、まだダメなの……?」
もう疲れたよ。そう口から出そうになって、慌てて飲み込んだ。詩織なら駄々をこねてもいいけど、夏実の前ではさすがにどれだけ仲が良くても言ったらいけない。
親しき中にも礼儀あり、という言葉があるのだから。
一時間は絵しりとりをしたり、お菓子の存在を忘れて遊んだ。そして、それから二時間後。やっと、やっと、やっっっと。生チョコサンドクッキーが完成した。
長かった。一生分のお菓子を作る気力を使ったような気分だ。
でもそれと同時にちょっと達成感もある。頑張った自分をとてつもなくほめてあげたくなるくらい。
ラッピングだけは誰よりも気合いをいれて包んで、冷蔵庫にしまった。
明日、忘れていかないようにしないと。
ちゃんと渡せるかな。
受け取ってくれるかな。
おいしいって思ってくれるかな。
不安が七割、期待が三割。そんな気持ちを抱えながら、ベッドの中で眠りに落ちた。


