大切な人を傷つける、温かい春景色

「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます」
 クリスマスから一週間。いよいよ大学受験も目前になり、この初詣を最後に、先輩は受験に集中することになった。しばらくは遊べない。無駄に図書室に行くのも控えた方がいいと思っているから、顔すら見られないかもしれない。
「着物、いいね」
 先輩は、参拝の列に並んでいるとき、私の姿を見て微笑んだ。
「はい、着せてもらって」
 毎年卒園式で着物を着るお母さんに着つけてもらったのだ。
 詩織が、好きな人と初詣に行くなら、絶対着物! とすごい熱量で話していた。そのせいで、お母さんにも恋をしていることがばれてしまったのだ。
「着物似合うね。大人っぽい」
「ほんとですか? うれしいです」
 お互い、クリスマスに贈りあった手袋をして、そのことを当たり前のように話題に出さない。それがすごく特別みたいで、うれしい。
 ずっと自然にそこにあるものみたいな。
 贈りあって、何年も持っているものみたいな。
 どちらも、「つけてくれたんだ」とか、そんな会話もない。
 それが、変わりない毎日に溶け込んでいるみたいでうれしい。
「今日は、参拝したら帰りましょうね」
「え? 屋台とか見なくていいの?」
「はい。先輩、勉強したいでしょ?」
 私が隣にいるけど、ほとんど無言で。参拝の列に並んでいる間も、たまに「徳川家光は第三代将軍」とか、小声でつぶやいているんだもん。
 こんな人が多くて落ち着けない環境じゃなくて、ちゃんと集中できる場所で勉強してほしい。私だって、先輩の夢、応援してるんだもん。
「ありがとう。応援してくれる桃香ちゃんにいい報告ができるように、絶対合格して見せるから」
 そんな話をしていると、もう本殿の目の前に来ていた。
 がま口の小さいお財布から、五円玉を取り出して、初詣ならではの白い布が張られている大きな箱の中に入れる。
 せーの、と合わせたわけでもないのに、先輩と同じタイミングで二礼二拍手をして、神様にお願いごとをする。
 昨年は素敵な出会いをありがとうございました。とても幸せな日々を過ごせました。だからどうか、私にたくさんの幸せをくれた本田友貴先輩が、第一志望の大学に合格して、お医者さんになれますように。
 必死にお願いをして、最後に一礼する。隣を見ると、もう知らない人がそこにいた。
 石段を下りると、目に入りやすい場所で先輩は待ってくれていた。
「すごく真剣にお願いしてたね」
「だって、大事なお願いですから」
 ……大事なお願いの中に、先輩の彼女になりたいという願いを入れ忘れてしまった。
 まあ、いいか。自分の力で掴み取ればいい。
「そっか。おみくじは引く?」
 おみくじくらいなら、いいのかな。
 今いる場所からおみくじを引ける場所を見る限り、今はそこまで混んでいない。
「先輩は、いつも引きますか?」
 とりあえず、聞いてみる。普段引かないなら、ここでばいばいしよう。
「引くよ。なんなら、おみくじ引かないと一年が始まらないまである」
「じゃあ、引きましょ!」
 タイミングがいいのか、なんなのか。
 初詣なのに並ぶことなく御籤筒を持ち上げている。
 割と重みのあるそれを左右上下に振って、逆さにして御籤棒を出す。
 五番。
 巫女さんに番号を伝えて、おみくじをもらう。
 ドキドキしながら見てみると、小吉。なんか、微妙かも。
「どうだった?」
「小吉でした」
 紙を見せながら、先輩に報告する。すると先輩も紙を見せてくれた。
「大吉だった」
 そう、うれしそうに話してくれる先輩の話はほとんど右から左へ流れていく。
 つい目に入った、先輩の恋愛の欄を見つけてしまったから。
『今の自分に必要かよく考えよ』
 ……どういうことだろう。
 今彼女がほしいか考えろってこと?
 それとも、好きな人とか告白してきた人が先輩に合っているかってこと?
「でも、桃香ちゃんも願望叶うって出てるね。割といいこと書いてあるじゃん」
「え、ほんとですか?」
 先輩のを凝視していたから、自分のは先輩の横に並べていたのに全く見ていなかった。
 でも、ほんとだ。ぱっと見微妙とか思ったけど、中身は案外いいこと書いてある。
 願望は、叶う。失物、物の下から出てくる。
 恋愛。この人を逃すな。
 それを読んで、思わず先輩の方を見る。
 この人を、逃してはいけない。ということは、私にとって必要な人ってことだよね。運命の人って、ことなのかな。
 こんなの、期待してしまう。
 そういうことですか? 神様。
「僕は持って帰るけど、桃香ちゃんどうする? 結んでく?」
「ううん、持って帰ります」
 だって、いいこと書いてあったもん。
 引いたおみくじを大事にお財布の中にしまって、鳥居の外に出た。
「じゃあ、またね」
「はい。受験、頑張ってください」
 そう、別方向に歩き出す。
 どうか、どうか願いが叶いますように。
 神様の前でお願いしそびれてしまった、先輩の彼女になれますように、という願いも叶うといいな。まあ、おみくじの結果だと良好そうだから、きっと大丈夫だけど。
 鼻歌を歌いそうになるのを必死にこらえながら、にやけが止まらない口元を両手で必死に隠して家に帰った。