大切な人を傷つける、温かい春景色

 世の中は完全に浮かれている。
 木という木にイルミネーションの装飾が施され、コンビニのいたるところにケーキやらチキンやらの張り紙が貼ってある。
 十二月というのは、今が十二月であるというだけで世の中が勝手にきらめいてくれるから少し落ち込んだくらい大したことないんじゃないかって思ってしまう。
「先輩とのデートまであと少しだねぇ」
 机に肘をついて、ニヤニヤとこちらを見上げてくる夏実は、ここ最近、テンションがおかしい。近所の噂好きのおばさんみたいだ。
「今日も先輩と勉強会でしょ? 会わない日なんて土日くらいなんじゃない?」
 横に出した髪を人差し指でくるくるいじりながら、今度は何か言いたげに黙り込んだ。
「なに、どうしたの?」
「いや? あたしのこと、最近かまってくれないから、そろそろ桃香の恋路の邪魔でもしてみようかなって思っただけだよ」
 やけに真面目な顔で話すから、そんなに夏実のこと放置してたっけ、と思い返してみる。
 ここ数か月の中の思い出に夏実の姿は……。
 修学旅行が最後かな。うん。恋愛に突き進んでた。
「ごめん。でも毎日一緒に行動してるでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
 でも、恋愛もしたいけど、夏実のことも先輩と同じくらい大切なことに変わりない。もっと大切にしないといけないというのも事実だ。
「ごめん、クリスマスは譲れないけど、イブなら! 一緒に遊べるよ」
「え、いいの? ごめんね、わがままみたいで」
 ぱぁっとわかりやすく表情が輝いた。かわいいな、ほんと。
「先輩先輩って、しつこかったよね。私も夏実と遊びたいし、うれしい」
「しつこくないよ。でも、寂しかったのはほんと」
 満足そうに立ち上がって、私の頭をなでる。
「よーしよしよし」
 私の髪をこれでもかとぐしゃぐしゃにして、にこにこしながら今度は櫛で梳かしてくれる。
「クリスマスイブさ、おそろいの服着ようよ! 今日、服見に行こ?」
 え、でも今日は先輩と勉強する予定が……。
 思わずそう口からこぼれかけたけど、今まで夏実のことを放置していた罪は大きい。恋愛よりも友情のが大切なのはわかるもんな。
「いいよ。いつものショッピングモールにする?」
「うん! どんな系統にしようかなー」
 声色ひとつ、顔色ひとつですぐにわかるほどご機嫌になって、夏実は自分の席に戻って行った。先輩に会いたかったな。会うの楽しみにしてたのに。
 でも、先輩にも一人で集中できる時間も必要だよね。いつも私と一緒だし。
【今日、友達と出かけることになりました。明日会えるの楽しみにしてます】
 授業が始まる前に、先輩にメッセージを送った。
 ……会えるの楽しみにしてますとか、彼女面してるみたいだったかな? 重い? 痛い? うわ、最悪かも。言葉選び間違えた……。
 送信を取り消そうと、トーク画面を開く。
 ……遅かったかー……。
 さっき送ったメッセージの左下に、『既読』の二文字がはっきり記載されていた。
 終わった。終わったよねこれ。
 なんて返って来るんだろ……。
 返信早く来い。いや、でも来なくていいかも。いやいや、来ないと明日会うのちょっと気まずくない? いやいやいや、いっそのことなかったことにしてくれたら……。って、もう既読ついてるからそんなのできないよね。
「あー……」
 机に突っ伏してありとあらゆる可能性を考える。
 しばらくそうしていると、スマホが振動する。画面を見たら『本田友貴』とバナーが表示された。
「来ちゃった、返信、来ちゃったよぉぉ……」
 いつかの先輩みたいに小さい声でひとりごとをつぶやく。感情が渋滞しているときって、口のストッパーが仕事をしてくれないらしい。隣の席の男子が怪訝な顔でちらっと私を見て、すぐに目を逸らした。
 覚悟を決めてメッセージを開く。薄目にして文字をぼやけさせながら読んだ。
【そっか。わかったよ。おでかけ楽しんでね! またあした】
 あ、至ってふつー……。
 いや、期待してなかったよ? 僕も明日会えるの楽しみにしてるね、なんて返信期待してなかったけど。こんなに普通な返事なことあるんだ。
 もしかしたら、普通にして流してくれたのかな。そうだとしたら、なんかちょっと辛いかも。勝手に暴走して彼女風のメッセージ送ったのは私だけどさ。
 先輩からしたら、私はただのおバカで勉強教えてあげる後輩、くらいでしかないのかな。月一一緒に出掛けるのはお互いの気分転換みたいな感覚なのかも。
 それはそれでありがたいけど、私は先輩のこと好きなんだよ?
 先輩もそうだったらいいのに。
 ……なんだか私、どんどん欲深くなってる気がする。
 はじめは会えただけでうれしくてたまらなかったのに。
 今は毎日会いたい。メッセージのやり取りもできたらうれしい。毎月出掛ける相手は私じゃないと嫌だ。
 私ってこんなに強欲でわがままだったっけ。
 こんなに、醜かったっけ。
 先輩は受験勉強で忙しいってわかってるのに。なんでこんなに私は先輩に色々求めてるんだろう。
 夏実が今日出掛けようと誘ってくれたおかげで、それに気付けた。
気付きたくなかったような、気付けてよかったような。
 なんだか複雑な気持ちになった。