寒い。日に日にどんどん寒くなっていく。まだ十一月の半ばなのに。
図書室のいつもの席も、人目につかない場所なだけあって暖房はほとんど当たらない。
「ファミレスに変更しない? ここ寒すぎる」
もっと暖房が直撃する席に移動しようと言われるのかと思いきや、大掛かりな場所の変更に思わず手に持っていた筆箱を落としてしまう。
「わっ、すみません」
「大丈夫?」
「はい、ちょっと手がかじかんでたみたいで」
うそじゃない。ちょっとはほんとのことだから。
「ファミレスでいい? ほかの場所にする?」
「全然ファミレスでいいです。おなかも空きましたし」
そう、秋を一瞬で通り過ぎた冬の世界に出る。
雪が降るほどではないものの、正直それくらいと言っても過言ではないと思うほど、寒い。
少し歩くと、学校から一番近いハンバーグを推しているファミレスが見えてきた。
ガラスの中には、同じ制服に身を包んだ人たちがゴロゴロいる。きっと顔見知りもそれなりにいるだろう。
「いらっしゃいませ! お好きなお席へどうぞ!」
女性の店員さんにそう案内されて、窓際のソファ席に向かい合って座る。
「何食べよう」
いの一番にQRコードを読み取って、スマホの画面を私に向ける。
ドリンクメニューの画面かと思いきや、思いっきりディナーの画面。空腹のおなかにその画面は毒である。どんどんおなかの容量が減っていく。
スマホの容量はそれだけ頑張っても減らないのに。
「ハンバーグ! 絶対ハンバーグにします」
先輩がスクロールしてくれた画面を見て、思わずそう言ってしまう。
「テレビで紹介されたんだ。いいじゃん。おいしそう」
そう、先輩も同じものを頼んでいた。
外の寒さから解放された店内で、やっと勉強をスタートさせた。
いつもの静かな空間とは違って、ざわざわしているこの場所に先輩と勉強のためにいるなんて不思議な感じ。
「お待たせしましたー。ハンバーグプレートになります」
少し経つといかにも熱そうな鉄板の上に丸々とした肉の塊がジュウジュウ音を立てて乗っかっていた。
「ありがとうございます」
勉強に集中している先輩の邪魔にならない程度に店員さんにお礼を言うと、先輩は顔を上げた。
「あ、ありがとうございます」
小さく会釈して、申し訳なさそうに参考書を机の隅に移動させる。
「全然気付かなかった」
「すごい集中してましたもんね」
いつも私がこっそり見てるのにも気付かないんだもん。でも、声がかかっても気付かないくらいなら見ているだけなら全然無害でよかったとなんだか安心した。
「聞こえてたよ? 聞こえてたけど、別の席の人かと思ってさ」
「確かに、なりますよね。私は逆に届くまでに聞こえる店員さんの声は全部自分に向けられているものだと思っちゃうタイプです」
「あー、それもわかる」
一旦休憩することにして、何気ない会話をする。
「そういえば、来月はどこ行こうね」
「来月はもう十二月ですもんね」
もう十二月になる。クリスマスを一緒になんて、さすがに贅沢なお願いになってしまう。それにもし、もしも、先輩に好きな人がいたら。いや、いたらこんなにほとんど毎日のように私にかまってくれることなんてないだろうけど。
「そっか、もう十二月か。じゃあクリスマスとかあいてる?」
「え! むしろ先輩はいいんですか? 貴重なクリスマス、私がもらっちゃって」
「どうせ一緒に過ごす人もいないし。桃香ちゃんの予定がないなら」
そうなんだ、いないんだ。
口元が緩みそうになるのを必死に抑えて、代わりに首を縦に振る。
「私、暇です。クリスマス、一緒に過ごす人いないです」
そこまで言って、思い出した。ここ最近のクリスマスは、毎年夏実と過ごしている。彼氏がいないことに虚しさを感じない夏実と、カップルを見るたびに来年こそは彼氏と、と意気込む私。そんな私を夏実も知っているから、まだ今年の予定とかも言われていないからいっか。
「じゃあ、来月はクリスマスで。二十五日でいい?」
「はい。大丈夫です」
どうしよう。ワクワクする。
どんな格好をしたらいいかな。最近はもう慣れたメイクも、クリスマスだから少し甘めにしてみようか。帰ったら、検索してみよう。動画で予習して練習して。いつもとちょっと違うって思ってもらえたらいいな。
「冬休み入ってるし、その日は朝から集合にしようか。やりたいこと考えといて。僕も考え解くから」
先輩は最後の一口を食べて、勉強を再開した。
話すことに夢中になっていた私のハンバーグはまだ半分くらいしか減っていなくて、男の人の食べるスピードの速さに驚いたりする。一口が大きいのかな。そう思って先輩の口元に視線を移す。
あ、ソースついてる。かわいい。
先輩に、しかも男の人にかわいいなんて失礼かな。でも、本当にかわいいんだもん。しょうがないよ。これは不可抗力だ。
教えてあげるか悩んで、こっそり先輩を見ていたとバレるのが恥ずかしくて、あとできちんと顔を見合わせたときにしようと思った。
ちらちら見ながらしばらく勉強していると、いきなり先輩が顔を上げた。
「そろそろ帰るかー」
ぐぐっと伸びをする先輩の口元のソースは取れているわけもなく。帰るんなら先に教えてあげないと。
「先輩、あの」
「ん? どうした?」
まっすぐ見つめられる。恥ずかしくて思わず少し目を逸らしてしまう。
「口元、ついてます」
「え、まじ?」
そう、ナプキンで口元を拭いている。
「先輩、逆です。逆」
私の声に、今度は反対の口元を拭くけど、うまく取れていない。
「ふふ、先輩かわいい」
……あ、やば。やばいやばいやばい。今私、思ったことをそのまま……。
気づいたときには口から思ったことが言い放たれていた。
「え? いやいや。かわいくないよ。子どもみたいでかっこ悪いでしょ」
かわいいけどな。
でももう一度言えるほどの勇気は私にはない。
「鏡、いりますか?」
カバンの中からコンパクトミラーを取り出して、先輩に渡す。それを覗き込んで、やっと口元のソースが取れた。取れてしまった。
「ありがとう」
「いえ」
なんだかちょっと気まずくなっちゃったな。
だからと言って謝るのはお世辞を言ったみたいになるし、でも失礼なことを言ってしまったことは事実だし……。
どうしたらいいんだろう。
「あ、そうだ。連絡先交換しようよ」
「……え?」
「あ、嫌ならいいんだけど。来月待ち合わせするのに連絡手段があったほうがいいかなって思っただけだから」
スマホをしまいかけた先輩を止めて、急いでスマホを取り出す。
「交換したいです! 連絡先交換してください!」
先輩のQRコードを読み込んで、友達追加のボタンを押す。するとすぐに、ピコン、と通知音が鳴る。
開いてみると、先輩からゆるふわな男の子が頭を下げているスタンプが送られてきていた。男の子の周りに「よろしくね」と丸文字で書いてある。
私も、うさぎが頭を下げているスタンプを送って、スマホをカバンにしまった。
図書室のいつもの席も、人目につかない場所なだけあって暖房はほとんど当たらない。
「ファミレスに変更しない? ここ寒すぎる」
もっと暖房が直撃する席に移動しようと言われるのかと思いきや、大掛かりな場所の変更に思わず手に持っていた筆箱を落としてしまう。
「わっ、すみません」
「大丈夫?」
「はい、ちょっと手がかじかんでたみたいで」
うそじゃない。ちょっとはほんとのことだから。
「ファミレスでいい? ほかの場所にする?」
「全然ファミレスでいいです。おなかも空きましたし」
そう、秋を一瞬で通り過ぎた冬の世界に出る。
雪が降るほどではないものの、正直それくらいと言っても過言ではないと思うほど、寒い。
少し歩くと、学校から一番近いハンバーグを推しているファミレスが見えてきた。
ガラスの中には、同じ制服に身を包んだ人たちがゴロゴロいる。きっと顔見知りもそれなりにいるだろう。
「いらっしゃいませ! お好きなお席へどうぞ!」
女性の店員さんにそう案内されて、窓際のソファ席に向かい合って座る。
「何食べよう」
いの一番にQRコードを読み取って、スマホの画面を私に向ける。
ドリンクメニューの画面かと思いきや、思いっきりディナーの画面。空腹のおなかにその画面は毒である。どんどんおなかの容量が減っていく。
スマホの容量はそれだけ頑張っても減らないのに。
「ハンバーグ! 絶対ハンバーグにします」
先輩がスクロールしてくれた画面を見て、思わずそう言ってしまう。
「テレビで紹介されたんだ。いいじゃん。おいしそう」
そう、先輩も同じものを頼んでいた。
外の寒さから解放された店内で、やっと勉強をスタートさせた。
いつもの静かな空間とは違って、ざわざわしているこの場所に先輩と勉強のためにいるなんて不思議な感じ。
「お待たせしましたー。ハンバーグプレートになります」
少し経つといかにも熱そうな鉄板の上に丸々とした肉の塊がジュウジュウ音を立てて乗っかっていた。
「ありがとうございます」
勉強に集中している先輩の邪魔にならない程度に店員さんにお礼を言うと、先輩は顔を上げた。
「あ、ありがとうございます」
小さく会釈して、申し訳なさそうに参考書を机の隅に移動させる。
「全然気付かなかった」
「すごい集中してましたもんね」
いつも私がこっそり見てるのにも気付かないんだもん。でも、声がかかっても気付かないくらいなら見ているだけなら全然無害でよかったとなんだか安心した。
「聞こえてたよ? 聞こえてたけど、別の席の人かと思ってさ」
「確かに、なりますよね。私は逆に届くまでに聞こえる店員さんの声は全部自分に向けられているものだと思っちゃうタイプです」
「あー、それもわかる」
一旦休憩することにして、何気ない会話をする。
「そういえば、来月はどこ行こうね」
「来月はもう十二月ですもんね」
もう十二月になる。クリスマスを一緒になんて、さすがに贅沢なお願いになってしまう。それにもし、もしも、先輩に好きな人がいたら。いや、いたらこんなにほとんど毎日のように私にかまってくれることなんてないだろうけど。
「そっか、もう十二月か。じゃあクリスマスとかあいてる?」
「え! むしろ先輩はいいんですか? 貴重なクリスマス、私がもらっちゃって」
「どうせ一緒に過ごす人もいないし。桃香ちゃんの予定がないなら」
そうなんだ、いないんだ。
口元が緩みそうになるのを必死に抑えて、代わりに首を縦に振る。
「私、暇です。クリスマス、一緒に過ごす人いないです」
そこまで言って、思い出した。ここ最近のクリスマスは、毎年夏実と過ごしている。彼氏がいないことに虚しさを感じない夏実と、カップルを見るたびに来年こそは彼氏と、と意気込む私。そんな私を夏実も知っているから、まだ今年の予定とかも言われていないからいっか。
「じゃあ、来月はクリスマスで。二十五日でいい?」
「はい。大丈夫です」
どうしよう。ワクワクする。
どんな格好をしたらいいかな。最近はもう慣れたメイクも、クリスマスだから少し甘めにしてみようか。帰ったら、検索してみよう。動画で予習して練習して。いつもとちょっと違うって思ってもらえたらいいな。
「冬休み入ってるし、その日は朝から集合にしようか。やりたいこと考えといて。僕も考え解くから」
先輩は最後の一口を食べて、勉強を再開した。
話すことに夢中になっていた私のハンバーグはまだ半分くらいしか減っていなくて、男の人の食べるスピードの速さに驚いたりする。一口が大きいのかな。そう思って先輩の口元に視線を移す。
あ、ソースついてる。かわいい。
先輩に、しかも男の人にかわいいなんて失礼かな。でも、本当にかわいいんだもん。しょうがないよ。これは不可抗力だ。
教えてあげるか悩んで、こっそり先輩を見ていたとバレるのが恥ずかしくて、あとできちんと顔を見合わせたときにしようと思った。
ちらちら見ながらしばらく勉強していると、いきなり先輩が顔を上げた。
「そろそろ帰るかー」
ぐぐっと伸びをする先輩の口元のソースは取れているわけもなく。帰るんなら先に教えてあげないと。
「先輩、あの」
「ん? どうした?」
まっすぐ見つめられる。恥ずかしくて思わず少し目を逸らしてしまう。
「口元、ついてます」
「え、まじ?」
そう、ナプキンで口元を拭いている。
「先輩、逆です。逆」
私の声に、今度は反対の口元を拭くけど、うまく取れていない。
「ふふ、先輩かわいい」
……あ、やば。やばいやばいやばい。今私、思ったことをそのまま……。
気づいたときには口から思ったことが言い放たれていた。
「え? いやいや。かわいくないよ。子どもみたいでかっこ悪いでしょ」
かわいいけどな。
でももう一度言えるほどの勇気は私にはない。
「鏡、いりますか?」
カバンの中からコンパクトミラーを取り出して、先輩に渡す。それを覗き込んで、やっと口元のソースが取れた。取れてしまった。
「ありがとう」
「いえ」
なんだかちょっと気まずくなっちゃったな。
だからと言って謝るのはお世辞を言ったみたいになるし、でも失礼なことを言ってしまったことは事実だし……。
どうしたらいいんだろう。
「あ、そうだ。連絡先交換しようよ」
「……え?」
「あ、嫌ならいいんだけど。来月待ち合わせするのに連絡手段があったほうがいいかなって思っただけだから」
スマホをしまいかけた先輩を止めて、急いでスマホを取り出す。
「交換したいです! 連絡先交換してください!」
先輩のQRコードを読み込んで、友達追加のボタンを押す。するとすぐに、ピコン、と通知音が鳴る。
開いてみると、先輩からゆるふわな男の子が頭を下げているスタンプが送られてきていた。男の子の周りに「よろしくね」と丸文字で書いてある。
私も、うさぎが頭を下げているスタンプを送って、スマホをカバンにしまった。


