大切な人を傷つける、温かい春景色

「先輩、これお土産です!」
 いつもの図書室。いつもの場所。
 毎度のごとく先にいて勉強をしている先輩に、修学旅行のお土産を渡した。
「え、ありがと。なんだろ……」
 そう、わざわざペンを置いて、紙袋を開けてくれる。
「おお、なんかいっぱい入ってる」
 楽しそうに言うと、机に中身を並べ始めた。
 我ながら、買いすぎだと思う。
 合格祈願のお守り、もみじまんじゅう。ゴーフルにテーマパークのお菓子。
「ありがとう。うれしいよ。お守りまで」
 先輩は早速、カバンにお守りを付けてくれた。
「桃香ちゃんの力ももらって、もっと頑張れそう」
 そんなことを言ってくれるから、私はどんどん本田友貴という人間の沼にはまっていくのだ。
「ありがとうございます。うれしいです」
「いや、それ僕のセリフだから」
 ふはっと笑って、大切そうにお菓子をしまったあと、勉強を再開した。
 私もいつもみたいに目の前に座って、教科書とノートを広げる。
 でも視界は、ちらちらと先輩を見ていた。
 だって、三日ぶり。再会した当初は日付を開けて会いに来てたけど、最近は遠慮という概念を私のなかの私が捨て去ったらしい。ほとんど毎日顔を合わせていた。
 だからこそ、会えない時間が前よりも何倍も長く感じた。
 三日ぶりの先輩は、やっぱり素敵だ。真剣な眼差し。ペンを握る骨ばった手。陰がかかっている顔。
 そのどれもが愛おしい、なんて。重たいかな。
「先輩」
「どうした?」
「ここ、わかんないです」
 問題を指さすと、じっと私の問題集に視線を落とす。
「ここ難しいよね。僕もつまづいた」
 そう笑って、丁寧に教えてくれる。私が理解できるまで、何度も、丁寧に。
「あ、できた! できてますよね?」
「そう! できたじゃん」
 答えが出たとき、先輩も一緒に喜んでくれる。この空気も、好き。
 一区切りついたとき、先輩はカバンから一枚の紙を取り出した。
「この前模試やってさ。その結果が今日来たんだよね」
 見せてくれた判定は、第一志望がA判定になっていた。
「え! え、すごいすごい! 第一志望の判定上がってる!」
「桃香ちゃんと勉強するようになってから、今までより調子いいんだよね」
 何気ない顔でそんなことをさらっと言ってのける。だからきっと底なし沼なんだ。
「先輩がお医者さんになったら、私、先輩の病院行きます」
「うれしいけど、健康でいてくれるのが一番だからね」
「わかってますよーっ」
 笑いながら、穏やかに緩やかに、時間は過ぎていく。
 勉強をして、ときどき何気ない話も混ぜて。いつしか陽は落ちて、最終下校時刻を知らせるチャイムに学校を追い出された。
「そういえば、なんで先輩はお医者さんになりたいって思ったんですか?」
 途中まで一緒の帰り道に、何気なく聞いてみる。カバンに荷物を詰めるとき、今日また、進路希望調のプリントをもらったことを思い出したから。
「単純だよ。両親が医者だから」
「え、お医者さんなんですか?」
 そんなすごい家庭で育って来たんだ。
 でも確かに、そう言われたらそんな感じもあるような……ないような。
 穏やかな雰囲気だから、この人に診てもらいたい、と感じさせるものは持っている気がした。
「父さんが外科医で、母さんが小児科医。両親が命と向き合う姿がかっこよくてさ。強制されてないし、好きなことしなさいって言われてきたけど、子どものころからずっと医者は憧れで夢だったな」
 その目は、本気だった。見たらすぐ、本気で話しているとわかる目。
「なれます。先輩なら絶対なれますよ!」
 軽はずみなことは言いたくないけど、本当にそう思ったから。思い切り先輩の方を向いて、身体を前のめりにして。いつもより声を張ってそう言っていた。
 もっと普通の会話と同じ感じで言えばよかった、という恥ずかしさは、もちろんすぐに私に付きまとってきた。
「ありがとう。今日は桃香ちゃんにいっぱいパワーもらっちゃったな」
「力になれるなら、うれしいです」
「僕もうれしいよ。もっと頑張れる」
 先輩の駅まで一緒に歩いて、ここでばいばい。
「じゃあ、気を付けてね。またあした」
 先輩は一緒に帰ると、必ずそう言って、私を見送ってくれる。曲がり角に差し掛かるときに振り向くと、いつも先輩は街灯の下に立って手を振ってくれる。
 大きく手を振ると子どもみたいだから、見えているかわからない程度に小さく手を振り返して、曲がり角を曲がった。