大切な人を傷つける、温かい春景色

 家に帰ると、詩織がパソコンを叩いていた。
 ノートを見ながら、ひたすらなにかを打ち込んでいる。
「ただいま」
「あ、おかえりー……って、なにそれ、どうしたの?」
 私の制服の汚れを見て、少し焦ったようにこちらに近づいてくる。
「いちごあめ、落とした」
「……え? いちごあめ? 調理実習で作ったの?」
「違う違う。お祭りに行ってきたの」
 そういうと、納得したようで何度も頷いた。
「夏実ちゃんだっけ?」
「ううん、本田先輩と」
「え、新キャラだ」
 あ、やば。家族に恋バナとか詮索されそうでめんどくさかったから黙ってたのに。
 詩織は興味ありげに私の顔を覗き込む。
「男の子?」
「……うん。好きな人」
 どうせそういう話になるんだから、と自分から話してしまった。
「え、なにそれ詳しく」
 パソコンをシャットダウンして、完全に話を聞く体制に入った。目は期待しているのか、キラキラしている。
「詳しくとは……」
「どんな人? どこで出会ったの?」
 詩織の質問に、淡々と答える。照れるといじられそうだから、余計なことは話さない。
 今まであったことを簡単にざっくり教えると、にまにましながら私を見ては、奇声をあげる。
「やっばいじゃん。青春じゃん! いいねいいね」
「てか、お姉ちゃんの最近の恋バナも聞かせてよ」
 話を逸らすと、詩織はすぐに首を横に振った。
「大人になると、出会いって減るのよ。職場の人はいいところより悪いとこのがよく目に入るし、周り見て焦ったりして相手のことよく知る前に付き合う人もいるじゃない?」
「そんなに減る?」
「減るよー。学生の頃みたいに、時間をかけて相手を知る恋なんてできないに等しいんじゃないかな。習い事とかしてたらあるかもだけど、仕事忙しいと余裕もなくなるし」
 そうなんだ。マッチングアプリとかもできる年齢だから、むしろ出会いの幅が広がるんだと思ってた。
「だから学生の時間って、すごく貴重なんだよ。今恋できてるのって大人になっても後悔とかもしないと思うよ。うまくいってもいかなくても、特別なことは変わらないと思う」
 詩織が言うとやけに説得力があるのは、ずっと学生時代に恋をしなかったことを後悔しているからかもしれないな、と思った。
「あ、でもあれだよ? 黒歴史に残るようなことは多分大人になっても後悔するからね。非道なことはしないでね」
「しないよ。そもそも私にはできないよ」
「だよね。わかってる」
 でも、今日の自分の行動力には、自分でも結構驚いている。
 気付いたら先輩をお祭りに連れ出して、はじめて勉強以外で同じ時間を過ごせた時間。
 後悔はしてない。でも、もう誘えない気もしてる。
 先輩の夢は、私の恋心だけで邪魔できるものじゃないから。
 たまに勉強を教えてもらって、それが先輩の復習につながるなら、それでいい。
 声が聴けるだけで、私は充分うれしいんだから。