大切な人を傷つける、温かい春景色

「賑わってますね」
「うん、だいぶね」
 豊作祈願で行われる、地元の大きな神社の秋祭り。そこに先輩を連れてくることに成功した。
 先輩に元気になってもらうという目的だけど、それにあやかって一緒に出掛けられるなんて、なんて幸せなんだろう。
先輩を連れ出したときには全く気付かなかったけど、よくよく考えたらこれってデートでは?
そんな浮かれたことを考えながら、先輩の隣を歩く。
「先輩」
「ん? どうかした?」
「なにか食べたいものとかありますか?」
 私と友達になってほしい、と言いかけた。嫌われる覚悟で連れてきたんだから、まだ早いよね。
「屋台飯ってなんでもおいしそうに見えるよね。迷うな……」
 あ、目がちょっとキラッてした。なんか楽しそう。
「桃香ちゃんは? 屋台飯だとなにが好き?」
 屋台飯か……。
 焼きそばやたこ焼き、イカ焼きに唐揚げ。
 いろんな屋台の横を通って、なにが好きかなと考える。
「ベビーカステラ、好きです」
「ベビーカステラって、おやつじゃん」
「あ、そっか。え、じゃあそういう先輩は、なにが好きなんですか?」
 先輩は少し考えて、「目玉焼きが乗った焼きそば」と答えた。
「おいしいですよね、屋台の焼きそば」
「うん。でも目玉焼きって大事でさ。あれがあるのとないのじゃ全然満足感違うからね?」
 いつもの落ち着いた雰囲気とは一変して、目玉焼きについての熱弁がはじまった。焼き加減は絶対半熟とか、麺に黄身を絡めて食べるのがおいしいとか。
「てか、桃香ちゃんは目玉焼きになにかけて食べる?」
 ついには、目玉焼きでは定番の派閥争いになる質問が飛んできた。
「塩こしょうですかね。あ、こしょうは絶対、あらびきのやつです」
「お! 僕も。やっぱり目玉焼きはシンプルが一番だよね」
 ここまで熱狂的に目玉焼きの話をすることになるとは思わなかったけど、先輩が楽しそうに笑うから、私もすごく楽しい。
「先輩は目玉焼きが好きなんですね」
 なにも考えずに言うと、先輩は不思議そうな顔をして私を見た。
「まあ、普通に好きだけど、そこまで上位じゃないよ?」
「……ん? え?」
 ここまでいろんなことを熱弁したのに? と喉まで出かかったけど、一旦飲み込んだ。
「僕はハンバーグが好きかな」
「あ、目玉焼き乗せたのありますもんね」
 なるほど、そういうことか。なにに納得したのか自分でもよくわかっていないけど。
「あー、あるね、たしかに。でも僕はトマト煮込み派かな」
 ……。
 なにこの人。おもしろいんだけど。
「あ! 先輩、ありました!」
 私の歩いていた横に、目玉焼きを乗せた焼きそばが売っていた。
「まじ?ナイス」
 先輩はうれしそうに焼きそばの屋台に近づいて、しっかり「目玉焼きの方で」と伝えていた。
 白いビニール袋を持って戻ってきたかと思ったら、ひとつ取り出して私に手渡した。
「え、いいんですか?」
「うん。お祭りに連れ出してくれたお礼。なんか頭の中すっきりした。桃香ちゃんのおかげだよ」
 ほっとした。渋々ついてきてくれたわけじゃなかったみたいでよかった。
 キラキラした顔でもうひとつの焼きそばを開けて、少し奥まった石段に腰かけて早速食べはじめた。
「ん、うま。やっぱ焼きそばには目玉焼きがないとだめだ」
 そう話す先輩を見ながら焼きそばを抱えていると、不意にこちらを見て私の焼きそばを開けてくれた。
「食べな? おいしいよ」
「あ、はい。ありがとうございます。いただきます」
ぱきっと割り箸を割って、目玉焼きの黄身を破る。とろっとした黄身が麺に絡まりはじめた。
 その部分を一口食べる。
「おいしい。すごくおいしいです」
 口元を手で隠しながら先輩の方を見ると、得意げな顔をして笑っていた。
 焼きそばを完食して、花火の時間までぶらぶらすることにした。
 人混みの中を歩いていると、キラキラしたものが目に入った。
「あ、いちごあめ」
 少し前にSNSで流行っていて、ずっと食べるのが夢だったものが目の前にある。
「食べる?」
「いいですか?」
 先輩に待っていてもらって、いちごあめを二つ買った。五連に串刺しになった真っ赤ないちごが透明な飴に包み込まれている。まるで宝石みたいだ。
「どうぞっ」
「ありがとう。もらっちゃっていいの?」
「はい!」
 先輩に手渡して、私も一粒食べる。
 目の前がキラキラした。カリカリ、じゅわー。そんな食感が口の中に広がる。
「うれしそうだね」
「はいっ! ずっと食べてみたかったんです」
 パクパク食べて、とうとう最後の一粒になってしまった。
 名残惜しくて、一粒を二口で食べようと半分に噛み切る。それが間違いだったらしい。
「あっ!」
 串からポロっといちごの半身が落ちてしまった。制服のブラウスに赤いシミと溶けた飴を擦り付けて、最後は砂まみれ。
「あー、落ちちゃったね」
「……はい」
 あからさまに残念そうな顔をしていたのか、もう一つ買ってくれようとした先輩を止めて、屋台から引きはがす。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「そう?」
「はい。また機会があったら食べます」
「そっか」
 頷いた先輩は、私の汚れた制服を見てウエットティッシュをくれた。
「そろそろ帰ろうか」
「え、花火は……」
「制服、洗わないとでしょ?」
 先輩がそういったとき、夜空に大きな花が咲いた。
 もう、そんな時間になっていたんだ。さっき図書室を出てここに来たと思ったのに。
「花火見てからでも、大丈夫です。見たいです、花火」
 いろんな色。いろんな大きさ。
 こんな景色を先輩とみられるなんて、夢を見ているみたいだ。
 ちらっと先輩を見ると、まっすぐ花火を見つめていた。
もうすっかりいつも通り。あんなに落ち込んでいたのがうそみたい。
花火に照らされる先輩の横顔を見て、またもっと、好きになった。
鼻をかすめる花火のにおいは、秋祭りなのに、夏の終わりの香りがした。