大切な人を傷つける、温かい春景色

「ねえ聞いて! やばいの!」
 登校して早々、夏実の机まで行く。カバンは肩にかけたまま、ドン、と思い切り机に手をつく。
 若干手が痛かったけど、そんなことは全くもって気にならなかった。
「えっ、なになに、どうしたの?」
 肩をビクッと震わせて、目を点にして私を見上げる。
「会えた!」
「……え?」
「だから、会えたの! あの人に会えたの!」
 息をするのを忘れるほど興奮して、前のめりになる。
「ちょ、ちょっと待って、落ち着いて。とりあえず座りなよ」
 戸惑っている夏実になだめられて、渋々夏実の前の席の人の椅子に「借ります」と声をかけて腰をかける。
「はい、まずお茶飲んで。一旦落ち着いて」
 早く話したいのに、話せるまでの道のりが長すぎてうずうずしてしまう。
「で!」
 ぷは、と水筒のお茶を三口くらい飲んで、夏実に向き直る。
「赤ちゃんみたいでかわいいね」
「……んぇ? え、え? なにが?」
「聞いて聞いてーってなついてくれる感じとか、お茶飲み終わったあとに「はぁー」じゃなくて「ぷはっ」て言うとことか?」
 私の顔をじっと見て、くすっと笑った。まるで本当に赤ちゃんを見ているみたいな、慈愛の眼差しを感じるほど。
「ほんと?」
「うん、ほんと。桃香はかわいいよ」
「うへへ。……て、そうじゃなくて!」
 話が逸れてしまう。完全に夏実の手のひらで転がされていた。夏実は無意識だろうけど。
「あ、そうだそうだ。ごめん、忘れてた」
「もーっ。ちゃんと聞いて!」
 私が言うと、申し訳なさそうに微笑んで頷いた。
「昨日ね、図書室行ったでしょ? 私のお気に入りのすみっこの席でやろうと思ったら、いたの!」
「おー、それはよかったね」
 まるで他人事だ。まあ、夏実にとっては他人事なんだろうけど。だから、別にその反応の薄さを指摘するつもりはない。
「うんっ! 名前、本田友貴さんっていうんだって。三年生の人だったの」
「そっか。そりゃあ、部活とか覗きに行ってもいないわけだ」
 私の話に相槌を打つ夏実は、いくら他人事とはいえ、いつもよりテンションが低いように感じる。
「大丈夫? 体調悪い?」
 夏実に思わずそう声をかけてしまうほど、いきなり元気がなくなってしまった。私のことを赤ちゃんみたいと話しているときは割と元気だったと思ったけど。
「今日雨降るかも。低気圧かも」
 そう、窓の外を見る。私もつられてそちらを見ると、空は快晴だった。どう見ても雨は降らなさそうだけど。
 晴れでも雨でも、気圧が低いことあるっていうし。私にはない感覚だから、ウソって思うのも、ちがう。
「頭痛薬飲む? 私持ってるよ」
 カバンを漁ってペラペラのビニールポーチを取り出すと、夏実も制服の胸ポケットから鎮痛剤を取り出していた。
「常備してるんだな、これが」
 得意げに言う姿は、さっきよりも少しだけ元気になったように見えた。
「そっか。よかった」
 ちょうど会話に区切りがついたとき、朝のホームルームが始まるチャイムが鳴った。