君のシャッターが俺の終わりを止めるまで

私は小さいころから写真が好きだった。
 初めてカメラで写真を撮ったのは幼稚園の頃、お父さんが持っているかっこいいカメラできれいに黄金色に染まっていたイチョウの並木を撮った。いつもカメラを構えるお父さんをかっこいいと思っていたから、カメラを借りたときはドキドキしていた。
 写真はその瞬間を切り取り、一生色あせることなく記憶を刻んでくれる。
 私が見えてる世界をみんなにも見てほしいって思っていた。
 お父さんは写真屋さんだから、家にはたくさんの写真とカメラがあって、私はお父さんの撮る写真が好きだった。お父さんはお仕事でよく家族写真をとったりするけど、私は休みの日にお出かけをして、その場所でカメラに収めた風景の写真が特に好きだった。
 写真を見るだけで、その時感じた匂いや感覚がよみがえってくるから、私の部屋には風景の写真がたくさん飾ってある。お父さんが撮った写真を現像してもらって部屋に飾っていたけど、徐々に自分で撮った写真が私の部屋の壁を埋めていった。
 暇なときは、お母さんに内緒で商店街を出歩き、道とか、アーケードとか、迷い込んだ猫とか、とにかく手当たり次第にシャッターを押したりしていた。だから私は商店街でも有名人だった。見つかると怒られるからこそこそ冒険をしているのに、いつも鮮魚屋のおじさんに見つかっちゃうから、結局お母さんに連絡がいって見つかっちゃってた。
 ある時から、風景が語り掛けてくるようになった。まわりの人にはきこえないらしい。
 まるで妖精さんが話しているみたいに、か細い声が私の頭の中で聞こえてくる。
「わたしの今を撮って!」
 最初は怖かった。声が聞こえることは怖くない。ただ、声があまりにか細くて、まるで今にも消えちゃいそうだと思ったから。
 だからこそ迷わずシャッターを切っていた。どの風景が私に語り掛けてくれたかは何となくわかる。そこにめがけてシャッターを切りまくる。そうすると次第に
「わたしも撮って」「僕も撮って」と風景から語り掛けてくる。
 私は迷わずシャッターを切り続ける。しばらくすると声は聞こえなくなる。
 お父さんに相談したりもした。
それはゾーンに入っているんだと言っていた。よくわかんなかった。それでも特別なことであることはわかったから誇らしい気持ちになった。それに私の撮る写真はなぜか人を引き付けていた。写真をとるだけでたくさんの人に褒められたからうれしかった。
 小学生に上がるころ、視界がぼやけはじめた。
 見える世界が日によって違う。調子がいいときは見える世界に変化はなかったけど、調子が悪いと、靄がかかった世界みたいに、見えなくはないけど、視界は狭くなっていたりした。
お母さんに相談するとすぐに眼科に連れていかれた。
暗いお部屋で本を読んだり、カメラをいじったりしなかったかとか、カメラのフラッシュを直接見なかったかとか、お母さんにいろいろ聞かれたけど、心当たりはなかった。
眼科では一通りの検査をして、お医者さんがお母さんと私に向かって何かを説明しているけど、難しくてわかんない。でも、お母さんの顔色がどんどん悪くなっていくのはわかったから、不安だった。
その日の夜、お母さんがお父さんに私の病気のことを話していたのをこっそりのぞいてた。お父さんは顔を伏せていたから、どんな顔してるかわからなかったけど、お母さんは泣いていた。なにかとんでもないことが起きているのかもしれないと、小さいながら私にもそれは感じ取れた。
 その何日かした後、今度は大きい病院に行った。眼科でしたような検査を再度やらされて、正直うんざりしていた。
 先生に呼ばれてお母さんと話す。やっぱりお母さんの顔色は悪かった。
「あかりちゃん。君の目の中に悪い奴がいるんだ」
「わるいやつ」
「そう、その悪い奴が悪さをして、あかりちゃんの目がだんだん見えなくなってしまうんだ」お母さんのほうに顔を上げると、お母さんはなぜか泣いていた。
「どうすればいいの?」
「いま、その悪い奴を倒す方法がないから、あかりちゃんはお薬をきちんとのんでね?そしたら、悪い奴がもしかしたらやっつけれるかもしれないんだ」
「わかった」
 とにかく薬を頑張って飲めばいいんだ。それだけはわかったけど。先生の笑顔は引きつってたし、横にいた看護師さんはつらそうな顔してる。とっても怖くなった。
 そのあと眼科につれてかれて、こんどはメガネ屋さんにつれてこられた。
 お母さんがメガネを買ってくれると言っていた。お父さんもメガネをかけていたから、お父さんと一緒の黒縁のメガネにした。
 メガネをかけるとこれまでの世界が嘘のようにクリアな世界が広がった。
「すごい。ぼやけてないよお母さん」
「大切にしてね」
 お母さんの顔色は悪いまま、なんだか元気がなかった。

 年齢を重ねるごとに私の視力は低下していった。メガネなしでは生活はできなかった。高校生になるころには、メガネをかけていても見えずづらくなっていたけど、私には風
景の声が聞こえている。だから、ぼやけてても大丈夫。その声に従ってシャッターをきれ
ば、私の見えていないクリアな世界が写真に残ってくれる。
 授業中とか関係なく風景は私に話しかけてくるもんだから、そのたびに写真を撮っていたら、先生に怒られた。でもやめない。最高の瞬間を逃すわけにはいかないから。
 私の視界のぼやけがひどくなるにつれて、声が聞こえる頻度が増えていき、自然と私の作品は増えていった。
 周りからは不思議ちゃんなんて言われている。気にしない。みんな私のことなんてなんにもしらないんだから。
 でも、それなら不思議ちゃんを演じようと思った。だって、いちいち言い訳しなくて済むし。周りが私はおかしな子だって認識してくれれば、私は楽だったし。
 子供のころから勉強はできた。家で教科書読んでおけば、解けない問題なんてなかったくらいだ。だからこそ、先生たちは頭を抱えていたそうだ。私だって別に成績なんて気にしていないし、悪い成績でもよかったけど、親の事を考えると成績だけはよくしておこうと思った。
 不思議ちゃん行動の影響で、私の両親は何度も学校に御呼ばれしていた。お父さんもお母さんも、風景の声の事は知っているし、成績はいいから怒られることはなかった。
 高校は偏差値の高い高校を進められたが、なんの意味があるのか理解できなかったし、親に心配をかけたくもなかったから、家から近い高校に行くことにした。
 なんの変哲もない高校。入学してからも、私は写真を撮り続けていた。
 2年生になったころ、この春新任としてやってきた美術の先生から呼び出しを食らった
「きみが噂の問題児かい」
「私問題児なんですか?」
 わかってる。私は問題児なんだろう。そういわれるのが嫌だから勉強してたのに、意味なかったな。
「授業中にも関わらずシャッターを切り続けている。先生たちは迷惑しているそうだよ」
「説教のために呼んだんだったらもういいですか?」
「違うよ。私はそんな君の写真を評価している大衆の中の一人だ。聞かせてほしい。君がなぜ授業中にシャッターを切るのか。君には何が見えているんだい?」
 その目はどこか私に期待している目に見えた。こんな眼差しは学校では見たことなかった。
 お父さんやお母さん、商店街のおじさんおばさん。私に期待をしてくれている人たちと同じ目をしている。だから話した。
「私風景の声が聞こえるんです」
「なんだって?」
 信じてくれるとは思っていない、妥当な反応だ。この人にも伝わらなかった。でもそれは仕方のないこと。私は体をくるりと回して教室から出ていこうとした。
「待ちなさい、座りなさい。ゆっくりきかせてくれ」
「信じてないですよね?妄言です。忘れてください」
「信じられないさ。でもね」
 先生はすたすた歩き私の前に来た。身長が180くらいだろうか、こんな大男に閉じ込められるのは正直怖いなと思い、目をそらすと
「芸術の世界にはまれにいるのだよ。特異体質を持つものが。君もそのたぐいかもしれない」
 先生に両肩をガシッとつかまれ、無理やり近くの椅子に座らされた。
「無理やりすまない。だが、もう少し話を聞かせてくれ」
 私にむかって大男がきれいに頭を下げてきた。
「大丈夫です。先生もすわってください」
 先生が椅子に腰を下ろすのを確認した後、口を開いた。
「子供のころに風景からの声を初めて聴きました。まだ幼稚園の頃です。撮って、撮ってって私の頭の中にか細い声が語り替えてくるんです。なので、私はその風景に向かってシャッターを切ります」
「君の作品の良さはそこから生まれているのか・・・」
「私自身は私の作品のどこがいいとかわかりません。私は風景の声に従って撮影しているだけなんで」
「なるほどな・・・。それがいまでも聞こえるし、君が授業中でもカメラを構える理由になっているということだね?」
「そうです。正直みんなに迷惑になっているのは重々承知していますが、これはやめられない。私は風景の声を無視したくないから」
「いい。それでいいとおもう」
 先生は静かに言った。
「芸術の世界は誰にでも理解できる世界ではないんだ。みんなに理解してもらおうとしてもそれは無理だ。だが、大衆の意見に飲み込まれ、君の芸術が息をひそめてしまうのはあまりにも惜しい」
「芸術は私にもよくわかりませんが、何を言われようともやめるつもりはありません。私が写真を撮れるのも今だけなので」
 私は自分がかけている黒縁メガネを外し、先生に手渡した。
 先生は何も言わずにメガネのレンズを覗き込んだ。
「これは・・・」
「声が聞こえると同時に私の視力は徐々に悪くなっていきました。いまではこのメガネをつけても、以前のような視力には戻りません」
「ありがとう」
 話終わると先生は泣いていた。手に持っていたメガネを私に渡しながら、ハンカチで目頭を押さえていた。
「そうか、つらかったね」
「もう大丈夫です。なので私がシャッターを切る邪魔をしないように先生たちに行っといてください」
 くるりと背を向け、教室を出ようとすると
「芸術の世界にはたまにいるんだよ。君のようにハンデを背負う人間が。そうゆう人たちは、すばらしい芸術作品を世に残してきた。君の作品もきっと、私のように様々な人の心を揺らすだろう。撮りなさい。たくさん気のすむままに撮りなさい。私が許可する」
 許可なんてされなくても撮るけど、味方が増えたみたいでうれしかった。
「立場上、ほかの先生たちには言えないけど・・・。困ったら私に相談しなさい」
「わかりました。ありがとうございます」
 その後、写真を見せてほしいといわれたから、次の日に先生に過去に撮った写真のアルバムをいくつか見せた。先生はにこにこしながら見ていたから、私もうれしかった。
「きみの作品は生き生きとしている。まるで写真ではないように、ただの風景なのにまるでそこに行ったことがあるような錯覚を起こしてしまう。魅力的な写真ってことだね」
 お父さんとおんなじようなことを言っていたから、信用できた。この人は写真の事わかっているんだな。
「君の作品をアルバムの中に閉じ込めるのはもったいない。どこかで発表したりしないのかい?」
「写真の良さはわかる人にしかわからないんじゃないですか?」
「普通の写真はね。君のは普通じゃない」
「発表なんて考えたことなかったですけど、美術室にでも飾りますか?」
 正直写真が分からない人に評価されてもうれしくなかった。だから撮った写真はすべてアルバムに入れて、自分で楽しんでいた。
「文化祭で発表するのはどうかね?」
「写真部があればよかったんですけどな」
 先生の提案が冗談だと思ったから、適当に判事をしたら思いのほか本気だったらしく、
「部活なんていらないさ、私の教室で私の権限でやるんだ。誰にも文句は言わせない。それに君の事を不思議ちゃんなんて馬鹿にしている不届きものに泡を吹かせれるいいチャンスじゃないか」
 言ってることがめちゃくちゃだ。それに私は不思議ちゃんと呼ばれていることなんて気にしていない。その方が活動しやすいから。
 それでも先生のまっすぐな眼差しを向けられると、期待に応えたいと思った。
 そんな提案により、私の作品展を文化祭の日に美術室でやることが決まった。
 先生からは過去の写真をいくつか飾りたいことと、いまの私が撮った新鮮な写真も飾りたいといわれた。
「すこし、不謹慎かもしれないが」
 先生はその続きを言うか言うまいか少し悩んでいる様子だった。
「何ですか?怒らないのでいってください」
「君の目は、徐々に破壊されている。そんな境遇に立ってしまった君だからこそ撮れると思うんだ。再生を」
「再生?」
「風景の声に耳を傾けて生まれた写真は素晴らしいが、私は君自身の腕も見せてほしいと思っている。きみの考える「再生」を写真に収めてほしい」
 無理難題だなと思った。先生の言う通り、私は声に従ってシャッターを下ろしていただけだから、でも時間はまだまだあるし大丈夫だろう。