学校の最寄駅から、数駅電車を走らせると車窓からは一面の海が広がっている。
いくら走っても一面の海。きらきらと太陽が反射して、まるで宝石がそこにあるのでは錯覚するほどに輝く海を見て、少しテンションが上がってきた。
夏の暑さはどこへやら、肌寒くなってきたこの季節になぜか俺は海を目指しているのであった。もちろんあかりと一緒に。
黄金色の稲穂を背に抱きしめあったあの日から、しばらくあかりとは会ってはいなかった。メッセージも元々頻繁にやり取りはしていなかったので、少し不安にはなった。
一週間ほど雨が続いていたのが影響していたらしい。あかりは雨の日になると、片頭痛を起こしてしまい、ぐっと体調が悪くなるのだそうだ。
そんなことを以前聞いていたので、多分元気ないんだろうなとか考えながら毎日を過ごしていた。自分からあかりのいる一組に行くことはしなかった。こっぱずかしいし、変な噂をされるのも勘弁だ。一組には元チームメイトもいるし、極力会いたくはなかったから尚更一組には行けなかった。病院への通院も終わり、僕の肘は通常生活に支障がないほどには治ったといえるだろう。普段はあかりと過ごしていた放課後はどのように過ごしていいかわからず、結局家でごろごろし、夕方にはレインコートを着込んでイチョウ並木公園で不格好な素振りをして過ごしていた。
金曜日の放課後、その日も相変わらず雨模様だった。放課後になると、一応あかりが来るかもしれないと、少しだけ教室で待っていたが、その日もあかりは姿を現さなかった。
昇降口で靴に履き替えていると、昇降口からでていくあかりの後ろ姿が見えたので、急いで追いかけて声をかけた。
「よお、元気か?」
肩をポンっと叩くと、ぬるりとこちらを見て、
「ああ、晴馬君じゃん。元気そうに見える?」と言ってきた。
「まあ、見えないな」
やはり雨の影響で体調は良くないらしい。
「最近写真はとってるの?」
「ああ、写真ね。とってないよ」
外に出て傘をさすと、あかりがひょいっと入り込んできた。相合傘の完成だ。
「おい、自分の使えよ」
「体調悪いから大目に見て。みんな居ないしいいじゃんかー」
唇を尖らせながら僕の方にぐっと体を寄せてきた。
あかりが来るかもしれないと教室で待っていた分、下校する生徒はもういなくなっていたし、部活動連中は室内練習を行っているので、彼女の言う通りいまから帰るのは俺らぐらいだった。
先日のこともあり、かなり恥ずかしかったが仕方なく受け入れた。
こいつには恥じらいというか、照れるとかないのかな。なんて考えていると
「日曜日ひまー?」とあかりが聞いてきた。
「今のところ予定はないよ」
正直日曜どころか、俺はずっと暇だった。
「天気予報では、日曜から晴れるらしいよ。つまり私、復活するわけ」
今までは放課後にしか一緒に過ごしていなかったので、休みの日に会うのは初めてだ。
「じゃあどっか行って写真撮るの」
「私、行きたい場所あるんだよねー」
「どこ?」
「海」
「こんな季節に海に行くのか?」
もうとっくに夏は過ぎている。むしろ寒くなってきたころだ。
「残念ながら、泳げないね。私の水着姿はお預けです」
こいつ意外と元気じゃないかと思い、顔を見てみると、ニタニタしながらこちらを見てきていた。
「海撮りたいって気持ちもあるから撮るけど、それ以外にもう一つ目的があるんだよ。それは内緒なんだけどね」
あかりはとにかく内緒が好きだったが、あまり喜ばしいことはいままでなかったので、嫌な予感がしたが、あかりのおかげで俺の日常は徐々に色づいていってるのも事実だ。
その点では感謝しているし、あかりのためにできることはしてあげたいと思っていたので、嫌な予感はそっと心にしまい込み海行きの件を了承した。
そんなことがあり、予報通り晴天となった今日、俺とあかりは海を目指して電車に乗っている。各駅停車で5駅分、時間にして約15分ほどで目的の駅に到着した。
この駅には何回か来たことがある、近くに海水浴場があるし、水族館もあるため、遠足で何回か、家族とも何回か来たことがあった。そして、地方球場があるため、練習試合でよく来ていた。電車を降りると、ホームには家族連れやカップルが一堂に階段を上っているのが見えた。
俺たちもカップルに見えるのかななんて思っていると、
「私たちもカップルみたいだね」とまたしても心の中を読まれたのかといわんばかりのタイミングであかりがこちらをにこにこしてみていた。
金曜日にあったあかりとはまるで別人であった。太陽の光をたっぷりと吸い込み生気にあふれている。普段は邪魔くさそうな黒縁メガネをかけていて、それもかわいいと一部の男子が騒いでいたけれど、今日はなぜかメガネをかけてなかった。
「今日、コンタクトなの?」と聞くと、
「今日はデートだからね」と恥ずかしげもなく答えていた。
駅を出ると、家族連れ、カップル一同はみな水族館への道すじにそって歩いていた。
さすがにこの寒さで海を目的地にしている人などいなかった。
駅を出ると潮風が全身をそっとなでるように吹いてきた。
何度来てもこの風、匂いは独特だな。
駅の真ん前が広場になっており、レンガ造りの噴水が上から下へと水を循環させている
この噴水から続くレンガ道を進んでいくと水族館に到着するが、今日はそちらへは行かない。レンガ道のわきにある塗装された道を進んでいくと海水浴場に行くことができる。
何度もこの駅には来たことがあったが、海水浴場に行くのは初めてだったので、少しワクワクしていた。
無事海水浴場に到着すると、遊泳禁止の看板が立てられている。ライフセーバーが常駐していない今の時期は、遊泳は禁止されている。それでも、サーフィンやヨットを楽しむ人がちらほらいた。
砂浜はかなり横幅に広がっており左を見るとずっと砂浜。右を見ると遠くに水族館であろう建物が確認できた。
海から流れ込んでくる風はこの時期にしてはかなり冷たい。溺れたら終わりだなとおもって海を見つめていると、あかりはカバンの中からブルーシートを取り出して、浜辺に広げだした。
「ちょっと手伝ってくれないかな」
なにもせず、あかりの行動をただ見ていると、少しむっとしながら言ってきた。
「写真撮るだけじゃないの?」
「写真を撮るついでに、デートも楽しもうと思ってね」
「デートって・・・おれたち別に」
付き合ってないだろとまでは言えなかった。彼女の気持ちは知らないが、俺は徐々に彼女に惹かれているのを感じていたからだ。
「デートとは、主に交際中または恋愛関係に発展する可能性のある男女が、あらかじめプランを決めて2人きりで時間を過ごすことです」
「俺たちは恋愛関係に発展する可能性があるとでも?」
「さあ、どうでしょう」
ブルーシートを引き終わると、二人でそこに腰かけて、しばらく無言で海を見つめていた。
ザザーという波の音が心地よい。白波が迫ってきたかと思えば、引いていく。
そんな動きを見ているだけでも楽しかった。
「ここ数日。あかりと過ごしてきて、すごい楽しいよ。振り回されてばっかりだけど、ありがとうな」
「そっか、それはよかったよ」
あかりとつるむことが多くなった最近、ぐしゃぐしゃになった俺の心は確実に修復されつつあった。いや、野球のことは悔しいし、いまだに野球ができるみんなのことを妬ましく思っていた。それを無理やり隠していた。あかりといるとその気持ちが表に出てこないから気分がよかった。
あかりはそれ以上口を開かなかった。俺としては中々恥ずかしいことを言ったのに、あっさりと流されてしまったので、今になって恥ずかしくなってきた。
あかりがカバンから一眼レフを取り出し、しらなみの方へと歩いて行った。
パシャパシャと繰り返し写真を撮る音が聞こえてくる。
俺はブルーシートにあおむけになり、目を閉じ海の音を楽しんだ。
さざ波の音、車の走る音、近くで歩きながら会話している人がいるのだろうか?会話をしている声も聞こえる。こんな穏やかな時間が一生続けばいいのに・・・。
彼女の方を見ると、ズボンのすそをまくり上げ、波打ち際でシャッターを押していた。 遠くの方では船が横切っていたり、ヨットを楽しむ人たちもいた。
場所を変えシャッターを押し、また場所を変えシャッターを押す。一時間ほどたっただろうか、彼女がこちらに戻ってきた。
「なんかいつも待っててくれてるけど、苦痛じゃないの?」
「暇だよ。でも、俺にはこういう時間今までなかったから全然苦じゃないな」
「それはよかった。私夢中になるとまわり見えないからさ」
えへへと笑いながらあかりは俺の隣に腰かけた。
「いい写真撮れた?」
「晴馬君にとって、いい写真ってどんな写真?」
「わかんね。おれ前も言ったけど芸術とかわかんないし」
「私もわかんない。撮りたいものとってるだけだし、撮った写真がなんで評価されてるのかも全然わかんないだよね」
撮りたいものを撮ってるだけで評価されるのだから、すごいんじゃないか。と思ったがなんとなくそれは言わないでおいた。
「そういえば、景色の声今は聞こえるのか?」
「うん。私の悩みは解消されつつあるから、また風景の声が聞こえ始めているよ」
その発言の通り、ここ最近のあかりはスマホでの撮影よりも圧倒的に一眼レフで撮影することの方が多かった。
彼女のスランプに関しては、多くは語ってくれていないので、俺は何も知らないが、それでも彼女が前向きに写真をとれているならそれでよかった。
「来てよかった」と最後に付け加えてにっこりとした笑顔で答えてくれた。
時刻は12時を過ぎていた。お互い腹の虫が暴れだしてきていた。
「お昼はどうするつもり?」
「んー。駅の方にいろいろおしゃれなお店があるけど・・・その前に」
すっと立ち上がると、俺をブルーシートからどけと言わんばかりに手でしっしとするとおもむろにブルーシートをたたみ始めた。それと一眼レフをカバンにしまうと
「さあいこうか」
いつものように僕の右袖を引っ張りながらずかずかと歩き出したので、何も言わずについていくことにした。
来るときに通ってきた道をそのまま引き返し、駅に到着すると、お昼時だからだろうか駅周辺のお店には人がごった返していた。そんなお店を横目に、水族館とは逆の方向に歩き出した。こっちはたしか・・・。
しばらく歩くと目的地に到着した。途中から嫌な予感はしていたのだが、予感はあたってしまった。
そこは練習試合でよく使っていた球場だ。球場とはいえ、大層なものではない。芝は一切生えておらず、外野は少しやわらかい砂地になってはいたが、観客席などはなくおそまつな球場だ。監督曰く金がかからないらしい。
球場の周りは5メートルほどの緑と錆がまだらになったネットがそびえたっている。まわりに遮蔽物がないので、浜風の影響をもろに受けるので、ホームランがよく出る球場だったので、おれはこの球場があまり好きではない。
球場では今まさに試合が行われていた。
すぐに気づいた。うちのチームが戦っている。
「なんでだよ」
「・・・・」
となりにいるあかりをみると、いいから見てろと言わんばかりに顎で球場の方をくいっとさした。
先ほどから何度もカキーンという聞きたくない金属音を放っている。うちのチームが撃ち込まれているようだ。
内野の肩は全員激しく上下していた。相当疲れているのだろう。スコアが球場にないため、今が何回で何対何なのかもわからなかったが、様子から見て取れる。
負けているんだ。
マウンドには健吾の姿があった。エース背番号を背負っている背中はあまりにも小さく委縮してしまっている。
健吾はもともと球速の早い投手ではなかった。どちらかといえば緩急を巧みにつけて相手を翻弄する。打たせるピッチングを得意としていた。
なのに、いまのあいつは、まるで俺のように、力でねじ伏せるピッチングをしていた。
なぜだ?なぜ自分らしいピッチングができないんだ?
俺だったら、抑えられる。
俺だったら、あんな無様な試合をしない。
俺だったら、俺だったら、おれだったら、おれだったら・・・。
その時、パシャっと俺の横でフラッシュがたかれた。
横を見ると、あかりがいつの間にか俺と少し距離を撮り一眼レフを構えていた。
「おい。ふざけてんのか」
パシャ
彼女は微動だにせず再びシャッターを押した。
「いいかげんにしろよ、なんのつもりだ」
あかりは俺にカメラを向けたまま、なにも言わなかった。
本当に何のつもりなんだ。喧嘩売ってるのか?わけがわからない。
あかりとつるんで俺は俺の醜い部分を隠していた。隠せていたつもりだった。でも、目の前でチームメイトが戦っている姿を見てすぐに気持ちが揺らいだ。
なんであんなお粗末な試合をやってるんだ。なんで健吾はあんなピッチングをしているんだ。おれだったら、あんな試合はしない。させない。
「もういい」
これ以上は見たくないと思い、球場を背にして足早に歩き始めた。さっきまでのまるで凪のような気持ちの起伏が今はまるで大嵐だ。自分で自分の感情が抑えきれない。
俺は球場を後にした。
耳を澄ませていたが、あかりが後ろから追いかけてくる音は聞こえなかった。結局利用されただけか。そっか、そうだよな。あいつは俺の醜い写真を撮りたいだけだもんな。
俺がばかみたいじゃないか。いや、おれはあいつに何を期待していたんだ・・・
初めから俺は孤独だったんだ。さっきの試合をみてさらにそう思った。
チームのみんなはもう前を向いている。たとえ不格好な試合だったからって俺なしできちんと試合やってんだから。もう俺の居場所なんてとっくになくなっていたのに、わざわざそれを目の当たりにさして、おれの苦しむ顔でも撮ったのか。あいつ許さない。
俺はもう絶対に信用しない。俺は・・・孤独だ。
駅に到着すると、腹の虫が泣いていることに気が付いたが、いまはあかりと会いたくなかった。追いかけてきてないのはわかっているが、昼食をたべていてばったりなんてごめんだ。
いそいで電車に乗り込み、家の方向へと戻っていった。
電車のドアにもたれかかりながら、右ひじを少しさすると、ズキズキと痛みが走っていた。
いくら走っても一面の海。きらきらと太陽が反射して、まるで宝石がそこにあるのでは錯覚するほどに輝く海を見て、少しテンションが上がってきた。
夏の暑さはどこへやら、肌寒くなってきたこの季節になぜか俺は海を目指しているのであった。もちろんあかりと一緒に。
黄金色の稲穂を背に抱きしめあったあの日から、しばらくあかりとは会ってはいなかった。メッセージも元々頻繁にやり取りはしていなかったので、少し不安にはなった。
一週間ほど雨が続いていたのが影響していたらしい。あかりは雨の日になると、片頭痛を起こしてしまい、ぐっと体調が悪くなるのだそうだ。
そんなことを以前聞いていたので、多分元気ないんだろうなとか考えながら毎日を過ごしていた。自分からあかりのいる一組に行くことはしなかった。こっぱずかしいし、変な噂をされるのも勘弁だ。一組には元チームメイトもいるし、極力会いたくはなかったから尚更一組には行けなかった。病院への通院も終わり、僕の肘は通常生活に支障がないほどには治ったといえるだろう。普段はあかりと過ごしていた放課後はどのように過ごしていいかわからず、結局家でごろごろし、夕方にはレインコートを着込んでイチョウ並木公園で不格好な素振りをして過ごしていた。
金曜日の放課後、その日も相変わらず雨模様だった。放課後になると、一応あかりが来るかもしれないと、少しだけ教室で待っていたが、その日もあかりは姿を現さなかった。
昇降口で靴に履き替えていると、昇降口からでていくあかりの後ろ姿が見えたので、急いで追いかけて声をかけた。
「よお、元気か?」
肩をポンっと叩くと、ぬるりとこちらを見て、
「ああ、晴馬君じゃん。元気そうに見える?」と言ってきた。
「まあ、見えないな」
やはり雨の影響で体調は良くないらしい。
「最近写真はとってるの?」
「ああ、写真ね。とってないよ」
外に出て傘をさすと、あかりがひょいっと入り込んできた。相合傘の完成だ。
「おい、自分の使えよ」
「体調悪いから大目に見て。みんな居ないしいいじゃんかー」
唇を尖らせながら僕の方にぐっと体を寄せてきた。
あかりが来るかもしれないと教室で待っていた分、下校する生徒はもういなくなっていたし、部活動連中は室内練習を行っているので、彼女の言う通りいまから帰るのは俺らぐらいだった。
先日のこともあり、かなり恥ずかしかったが仕方なく受け入れた。
こいつには恥じらいというか、照れるとかないのかな。なんて考えていると
「日曜日ひまー?」とあかりが聞いてきた。
「今のところ予定はないよ」
正直日曜どころか、俺はずっと暇だった。
「天気予報では、日曜から晴れるらしいよ。つまり私、復活するわけ」
今までは放課後にしか一緒に過ごしていなかったので、休みの日に会うのは初めてだ。
「じゃあどっか行って写真撮るの」
「私、行きたい場所あるんだよねー」
「どこ?」
「海」
「こんな季節に海に行くのか?」
もうとっくに夏は過ぎている。むしろ寒くなってきたころだ。
「残念ながら、泳げないね。私の水着姿はお預けです」
こいつ意外と元気じゃないかと思い、顔を見てみると、ニタニタしながらこちらを見てきていた。
「海撮りたいって気持ちもあるから撮るけど、それ以外にもう一つ目的があるんだよ。それは内緒なんだけどね」
あかりはとにかく内緒が好きだったが、あまり喜ばしいことはいままでなかったので、嫌な予感がしたが、あかりのおかげで俺の日常は徐々に色づいていってるのも事実だ。
その点では感謝しているし、あかりのためにできることはしてあげたいと思っていたので、嫌な予感はそっと心にしまい込み海行きの件を了承した。
そんなことがあり、予報通り晴天となった今日、俺とあかりは海を目指して電車に乗っている。各駅停車で5駅分、時間にして約15分ほどで目的の駅に到着した。
この駅には何回か来たことがある、近くに海水浴場があるし、水族館もあるため、遠足で何回か、家族とも何回か来たことがあった。そして、地方球場があるため、練習試合でよく来ていた。電車を降りると、ホームには家族連れやカップルが一堂に階段を上っているのが見えた。
俺たちもカップルに見えるのかななんて思っていると、
「私たちもカップルみたいだね」とまたしても心の中を読まれたのかといわんばかりのタイミングであかりがこちらをにこにこしてみていた。
金曜日にあったあかりとはまるで別人であった。太陽の光をたっぷりと吸い込み生気にあふれている。普段は邪魔くさそうな黒縁メガネをかけていて、それもかわいいと一部の男子が騒いでいたけれど、今日はなぜかメガネをかけてなかった。
「今日、コンタクトなの?」と聞くと、
「今日はデートだからね」と恥ずかしげもなく答えていた。
駅を出ると、家族連れ、カップル一同はみな水族館への道すじにそって歩いていた。
さすがにこの寒さで海を目的地にしている人などいなかった。
駅を出ると潮風が全身をそっとなでるように吹いてきた。
何度来てもこの風、匂いは独特だな。
駅の真ん前が広場になっており、レンガ造りの噴水が上から下へと水を循環させている
この噴水から続くレンガ道を進んでいくと水族館に到着するが、今日はそちらへは行かない。レンガ道のわきにある塗装された道を進んでいくと海水浴場に行くことができる。
何度もこの駅には来たことがあったが、海水浴場に行くのは初めてだったので、少しワクワクしていた。
無事海水浴場に到着すると、遊泳禁止の看板が立てられている。ライフセーバーが常駐していない今の時期は、遊泳は禁止されている。それでも、サーフィンやヨットを楽しむ人がちらほらいた。
砂浜はかなり横幅に広がっており左を見るとずっと砂浜。右を見ると遠くに水族館であろう建物が確認できた。
海から流れ込んでくる風はこの時期にしてはかなり冷たい。溺れたら終わりだなとおもって海を見つめていると、あかりはカバンの中からブルーシートを取り出して、浜辺に広げだした。
「ちょっと手伝ってくれないかな」
なにもせず、あかりの行動をただ見ていると、少しむっとしながら言ってきた。
「写真撮るだけじゃないの?」
「写真を撮るついでに、デートも楽しもうと思ってね」
「デートって・・・おれたち別に」
付き合ってないだろとまでは言えなかった。彼女の気持ちは知らないが、俺は徐々に彼女に惹かれているのを感じていたからだ。
「デートとは、主に交際中または恋愛関係に発展する可能性のある男女が、あらかじめプランを決めて2人きりで時間を過ごすことです」
「俺たちは恋愛関係に発展する可能性があるとでも?」
「さあ、どうでしょう」
ブルーシートを引き終わると、二人でそこに腰かけて、しばらく無言で海を見つめていた。
ザザーという波の音が心地よい。白波が迫ってきたかと思えば、引いていく。
そんな動きを見ているだけでも楽しかった。
「ここ数日。あかりと過ごしてきて、すごい楽しいよ。振り回されてばっかりだけど、ありがとうな」
「そっか、それはよかったよ」
あかりとつるむことが多くなった最近、ぐしゃぐしゃになった俺の心は確実に修復されつつあった。いや、野球のことは悔しいし、いまだに野球ができるみんなのことを妬ましく思っていた。それを無理やり隠していた。あかりといるとその気持ちが表に出てこないから気分がよかった。
あかりはそれ以上口を開かなかった。俺としては中々恥ずかしいことを言ったのに、あっさりと流されてしまったので、今になって恥ずかしくなってきた。
あかりがカバンから一眼レフを取り出し、しらなみの方へと歩いて行った。
パシャパシャと繰り返し写真を撮る音が聞こえてくる。
俺はブルーシートにあおむけになり、目を閉じ海の音を楽しんだ。
さざ波の音、車の走る音、近くで歩きながら会話している人がいるのだろうか?会話をしている声も聞こえる。こんな穏やかな時間が一生続けばいいのに・・・。
彼女の方を見ると、ズボンのすそをまくり上げ、波打ち際でシャッターを押していた。 遠くの方では船が横切っていたり、ヨットを楽しむ人たちもいた。
場所を変えシャッターを押し、また場所を変えシャッターを押す。一時間ほどたっただろうか、彼女がこちらに戻ってきた。
「なんかいつも待っててくれてるけど、苦痛じゃないの?」
「暇だよ。でも、俺にはこういう時間今までなかったから全然苦じゃないな」
「それはよかった。私夢中になるとまわり見えないからさ」
えへへと笑いながらあかりは俺の隣に腰かけた。
「いい写真撮れた?」
「晴馬君にとって、いい写真ってどんな写真?」
「わかんね。おれ前も言ったけど芸術とかわかんないし」
「私もわかんない。撮りたいものとってるだけだし、撮った写真がなんで評価されてるのかも全然わかんないだよね」
撮りたいものを撮ってるだけで評価されるのだから、すごいんじゃないか。と思ったがなんとなくそれは言わないでおいた。
「そういえば、景色の声今は聞こえるのか?」
「うん。私の悩みは解消されつつあるから、また風景の声が聞こえ始めているよ」
その発言の通り、ここ最近のあかりはスマホでの撮影よりも圧倒的に一眼レフで撮影することの方が多かった。
彼女のスランプに関しては、多くは語ってくれていないので、俺は何も知らないが、それでも彼女が前向きに写真をとれているならそれでよかった。
「来てよかった」と最後に付け加えてにっこりとした笑顔で答えてくれた。
時刻は12時を過ぎていた。お互い腹の虫が暴れだしてきていた。
「お昼はどうするつもり?」
「んー。駅の方にいろいろおしゃれなお店があるけど・・・その前に」
すっと立ち上がると、俺をブルーシートからどけと言わんばかりに手でしっしとするとおもむろにブルーシートをたたみ始めた。それと一眼レフをカバンにしまうと
「さあいこうか」
いつものように僕の右袖を引っ張りながらずかずかと歩き出したので、何も言わずについていくことにした。
来るときに通ってきた道をそのまま引き返し、駅に到着すると、お昼時だからだろうか駅周辺のお店には人がごった返していた。そんなお店を横目に、水族館とは逆の方向に歩き出した。こっちはたしか・・・。
しばらく歩くと目的地に到着した。途中から嫌な予感はしていたのだが、予感はあたってしまった。
そこは練習試合でよく使っていた球場だ。球場とはいえ、大層なものではない。芝は一切生えておらず、外野は少しやわらかい砂地になってはいたが、観客席などはなくおそまつな球場だ。監督曰く金がかからないらしい。
球場の周りは5メートルほどの緑と錆がまだらになったネットがそびえたっている。まわりに遮蔽物がないので、浜風の影響をもろに受けるので、ホームランがよく出る球場だったので、おれはこの球場があまり好きではない。
球場では今まさに試合が行われていた。
すぐに気づいた。うちのチームが戦っている。
「なんでだよ」
「・・・・」
となりにいるあかりをみると、いいから見てろと言わんばかりに顎で球場の方をくいっとさした。
先ほどから何度もカキーンという聞きたくない金属音を放っている。うちのチームが撃ち込まれているようだ。
内野の肩は全員激しく上下していた。相当疲れているのだろう。スコアが球場にないため、今が何回で何対何なのかもわからなかったが、様子から見て取れる。
負けているんだ。
マウンドには健吾の姿があった。エース背番号を背負っている背中はあまりにも小さく委縮してしまっている。
健吾はもともと球速の早い投手ではなかった。どちらかといえば緩急を巧みにつけて相手を翻弄する。打たせるピッチングを得意としていた。
なのに、いまのあいつは、まるで俺のように、力でねじ伏せるピッチングをしていた。
なぜだ?なぜ自分らしいピッチングができないんだ?
俺だったら、抑えられる。
俺だったら、あんな無様な試合をしない。
俺だったら、俺だったら、おれだったら、おれだったら・・・。
その時、パシャっと俺の横でフラッシュがたかれた。
横を見ると、あかりがいつの間にか俺と少し距離を撮り一眼レフを構えていた。
「おい。ふざけてんのか」
パシャ
彼女は微動だにせず再びシャッターを押した。
「いいかげんにしろよ、なんのつもりだ」
あかりは俺にカメラを向けたまま、なにも言わなかった。
本当に何のつもりなんだ。喧嘩売ってるのか?わけがわからない。
あかりとつるんで俺は俺の醜い部分を隠していた。隠せていたつもりだった。でも、目の前でチームメイトが戦っている姿を見てすぐに気持ちが揺らいだ。
なんであんなお粗末な試合をやってるんだ。なんで健吾はあんなピッチングをしているんだ。おれだったら、あんな試合はしない。させない。
「もういい」
これ以上は見たくないと思い、球場を背にして足早に歩き始めた。さっきまでのまるで凪のような気持ちの起伏が今はまるで大嵐だ。自分で自分の感情が抑えきれない。
俺は球場を後にした。
耳を澄ませていたが、あかりが後ろから追いかけてくる音は聞こえなかった。結局利用されただけか。そっか、そうだよな。あいつは俺の醜い写真を撮りたいだけだもんな。
俺がばかみたいじゃないか。いや、おれはあいつに何を期待していたんだ・・・
初めから俺は孤独だったんだ。さっきの試合をみてさらにそう思った。
チームのみんなはもう前を向いている。たとえ不格好な試合だったからって俺なしできちんと試合やってんだから。もう俺の居場所なんてとっくになくなっていたのに、わざわざそれを目の当たりにさして、おれの苦しむ顔でも撮ったのか。あいつ許さない。
俺はもう絶対に信用しない。俺は・・・孤独だ。
駅に到着すると、腹の虫が泣いていることに気が付いたが、いまはあかりと会いたくなかった。追いかけてきてないのはわかっているが、昼食をたべていてばったりなんてごめんだ。
いそいで電車に乗り込み、家の方向へと戻っていった。
電車のドアにもたれかかりながら、右ひじを少しさすると、ズキズキと痛みが走っていた。

