「やあ。来てくれてうれしいよ」
にっこりと笑う彼女はすでに一眼レフを構えていた。
パシャッと音がして、フラッシュが同時に閃光を走らせる。
「だから、勝手に・・・」
「だから、勝手に撮らないと意味ないの」
俺の文句にかぶせるように言ってきた。
「まあ、座ってよ。ここに来る前にわざわざ理科室から拝借してきたんだよ」
彼女が指さす先には、理科室にある木製の椅子がおかれていた。
いわれるがままに腰かけると、正面の椅子に彼女は腰を下ろした。
こちらを凝視してくるその顔をまじまじと見ると、まるでアイドルに見つめられているような、照れくさい状態になる。だがこいつの場合は性格に難がありすぎるんだ。なんて思っていると。
「なにみてるの?変態」
「なんでもないし、変態でもないし。正面に座ってるんだから、そりゃみるだろ」
クスクスと笑いながら、こちらをじっと見つめてきた。
「やっぱり君がいいね。ちょっと相談があるんだけど」
「お願いって、どうせ脅迫だろ?従うしかないんだろ?」
少し語気を強めてしまい、彼女の方を見てみると、彼女は先ほどまでの笑顔とは打って変わって、真顔でこちらを見ていた。
「脅迫はしない。これは、君の協力が必要なの」
「なんだよ」
「文化祭の作品展に出品する写真を撮らせてほしい」
朝担任が文化祭のことに触れていたことを思い出す。文化祭では各クラスが演劇や飲食その他アミューズメントなどをやるほか、文化部が作品を出展したりしているけど、俺の記憶が正しければうちに写真部などなかった気がする。
「お前部活やってたっけ?」
「うん」
「写真部なんてあったっけ?」
「私は帰宅部だよ。写真は美術の先生に頼まれてる。私の個展を開くんだ」
帰宅部は部活じゃないだろと思いつつも、一人の生徒が個展を開くなんてすごすぎるとも思った。
「テーマは再生。今の君にぴったりだ」
「どういうことだ」
「私は君のこと詳しく知らないし、なにがあったか知らない。でもね、今の君は破壊されたての顔をしてるのよ。再生は、破壊が起きるからこそ、美しいの」
確かに、俺は肘も心も破壊されている。でも再生なんて、いつできるかわからない。彼女は俺が抱えているこの破壊の規模を見誤っているだろう。
「悪いが俺には無理だ。お前に再生の瞬間はみせてやれない。俺の破壊は文化祭までに再生されるもんじゃない」
そう、野球のことが忘れることができない俺は、まだまだ立ち直れる気がしない。空元気に接することなんて造作もない。現にクラスメイトやチームメイトには元気なふりをしている。でも、彼女がとろうとしている写真には、きっと俺のふりはばれるだろうし、それが原因で彼女の写真の評価が落ちるのも癪だ。
「毎日・・・見てるよ?」
「一体何の話をしてるんだ?」
「イチョウ並木公園、毎日行ってるでしょ?」
イチョウ並木公園は俺がほぼ毎日不格好な素振りをしているところ、名前の通りイチョウの木が遊歩道にづらづらと並んでおり、この時期は公園全体が淡い黄色で埋め尽くされる。
「なんで知ってるんだよ」
「あそこの公園、イチョウきれいだから、この時期は撮りに行くの。ここ最近はよくいくんだけど」
一眼レフを操作し、撮影した見覚えのある公園が液晶に映し出された。
「公園の人目がつかないところ、君が隠れて素振りの真似事をしているのを見たよ。随分ともがいているじゃないか」
みられていたのか。野球はもうできないのはわかっているが、家にいる時間は悶々とするから、気付いたら公園で素振りをしている。野球のことを考えるとモヤモヤした気持ちになるのに、野球の練習をしているときは、気持ちがすっきりとした。
真似事と言われてかなりむっとしたが、野球に関心なさそうなこいつの目から見ても、俺の素振りはその程度にしか見えないのかとかなりがっかりした。
「再生の形は人それぞれ、でもね。今の君は幽霊みたいだね。私が現世につなぎ留めてあげるよ」
「なに・・・言ってんだ?」
「君の中にぽっかり空いた穴は、君にしか塞ぐことはできないよ。でも、塞ぐまでの間は私が蓋をしてあげる。それにどうせやることないんでしょー?私が再生の手助けしてあげる」
図星だけどムッとした。でも、ひとつだけ気付いたことがある。
俺は彼女と話している間、野球のことも肘のことも頭からなくなっている。モヤモヤした感情をなくすことができた。
あかりのマイペースにのせられているのだろうか。いや、
健吾と話していても、ほかのクラスメイトと話していても、どこかみんなが気を使っているのでは?とか、ケガのこと野球のことに極力触れないように話しているのでは?と思うことが多かった。
もちろんそれはありがたいことだ。みんな俺に気を使ってくれているんだから、それに俺自身がその問題にまだまだ切り替えができていないのだから。
でもこいつはそんな俺のことを知ってか知らずか、普通に接してきてくれている。少なくとも憐みの目を向けてきたりはしなかった。
「わかったよ。なにすればいいんだ?」
こいつとかかわるのは本当はいやだったが、何もしらないこいつといるおかげで俺は違う俺でいられている気がする。醜い嫉妬にとらわれた俺じゃなく、純粋無垢な俺に。
「放課後の時間を私に頂戴?デートでもしようか」
アイドルのような顔立ちのこいつに言われると、誰でもいちころなんじゃないか?もちろん俺は例外だが。
「俺とデートしたいのか?」
「うん。いろんな君を撮りたいよ」
そうか、こいつは写真の事しか考えてないんだったな。でも、それでも今の俺にはこいつが必要なのかもな。
「わかったよ。病院に行かなきゃいけない日もあるから、それ以外なら付き合ってやってもいいよ」
「うん。ありがとう。じゃあ早速明日からよろしくね」
あかりは西側の方に体を向けた。
「ここはね。私の秘密基地なの。写真がうまくいかないときとか、写真がうまくいったときも、とにかく自分の感情が揺れたときここに来るようにしてる。君も嫌なこととか、うれしいことがあったらここにくるといいよ。太陽が君のことを時に励まし、時に慰め、時に笑ってくれるよ」
やけに詩人みたいなことを言うな。こういう感性が人とは違う彼女の魅力なのだろうと思った。
「俺ここのドアの出方知らないんだけど」
「なんで一人で来ようとするのさ。君がここに来るときは私と一緒にだよ」
「教えてはくれないのね」
くすくすと笑いながらこちらに近づいてきた。
「あと君、名前なんていうの?」
「名前も知らなかったのかよ。坂本だよ」
「私は名前を聞いているんだよ?」
「晴馬だよ」
「晴馬君。連絡先を交換しよう?」
あかりはカバンからおもむろにスマホを取り出した。レトロなカメラを模したカバーに入れられたスマホにコードが移されていた。
いわれるがままにコードを読み取り、連絡先を交換した。
「私あんまりスマホ見ないから、連絡遅くなることもあるけど、さびしがらないでね?」「さびしくならねーよ」
「でも、私は返信ないと寂しいからすぐに返してね?」
理不尽な交換条件まで付けられたのに、どこか心は晴れやかだった。
にっこりと笑う彼女はすでに一眼レフを構えていた。
パシャッと音がして、フラッシュが同時に閃光を走らせる。
「だから、勝手に・・・」
「だから、勝手に撮らないと意味ないの」
俺の文句にかぶせるように言ってきた。
「まあ、座ってよ。ここに来る前にわざわざ理科室から拝借してきたんだよ」
彼女が指さす先には、理科室にある木製の椅子がおかれていた。
いわれるがままに腰かけると、正面の椅子に彼女は腰を下ろした。
こちらを凝視してくるその顔をまじまじと見ると、まるでアイドルに見つめられているような、照れくさい状態になる。だがこいつの場合は性格に難がありすぎるんだ。なんて思っていると。
「なにみてるの?変態」
「なんでもないし、変態でもないし。正面に座ってるんだから、そりゃみるだろ」
クスクスと笑いながら、こちらをじっと見つめてきた。
「やっぱり君がいいね。ちょっと相談があるんだけど」
「お願いって、どうせ脅迫だろ?従うしかないんだろ?」
少し語気を強めてしまい、彼女の方を見てみると、彼女は先ほどまでの笑顔とは打って変わって、真顔でこちらを見ていた。
「脅迫はしない。これは、君の協力が必要なの」
「なんだよ」
「文化祭の作品展に出品する写真を撮らせてほしい」
朝担任が文化祭のことに触れていたことを思い出す。文化祭では各クラスが演劇や飲食その他アミューズメントなどをやるほか、文化部が作品を出展したりしているけど、俺の記憶が正しければうちに写真部などなかった気がする。
「お前部活やってたっけ?」
「うん」
「写真部なんてあったっけ?」
「私は帰宅部だよ。写真は美術の先生に頼まれてる。私の個展を開くんだ」
帰宅部は部活じゃないだろと思いつつも、一人の生徒が個展を開くなんてすごすぎるとも思った。
「テーマは再生。今の君にぴったりだ」
「どういうことだ」
「私は君のこと詳しく知らないし、なにがあったか知らない。でもね、今の君は破壊されたての顔をしてるのよ。再生は、破壊が起きるからこそ、美しいの」
確かに、俺は肘も心も破壊されている。でも再生なんて、いつできるかわからない。彼女は俺が抱えているこの破壊の規模を見誤っているだろう。
「悪いが俺には無理だ。お前に再生の瞬間はみせてやれない。俺の破壊は文化祭までに再生されるもんじゃない」
そう、野球のことが忘れることができない俺は、まだまだ立ち直れる気がしない。空元気に接することなんて造作もない。現にクラスメイトやチームメイトには元気なふりをしている。でも、彼女がとろうとしている写真には、きっと俺のふりはばれるだろうし、それが原因で彼女の写真の評価が落ちるのも癪だ。
「毎日・・・見てるよ?」
「一体何の話をしてるんだ?」
「イチョウ並木公園、毎日行ってるでしょ?」
イチョウ並木公園は俺がほぼ毎日不格好な素振りをしているところ、名前の通りイチョウの木が遊歩道にづらづらと並んでおり、この時期は公園全体が淡い黄色で埋め尽くされる。
「なんで知ってるんだよ」
「あそこの公園、イチョウきれいだから、この時期は撮りに行くの。ここ最近はよくいくんだけど」
一眼レフを操作し、撮影した見覚えのある公園が液晶に映し出された。
「公園の人目がつかないところ、君が隠れて素振りの真似事をしているのを見たよ。随分ともがいているじゃないか」
みられていたのか。野球はもうできないのはわかっているが、家にいる時間は悶々とするから、気付いたら公園で素振りをしている。野球のことを考えるとモヤモヤした気持ちになるのに、野球の練習をしているときは、気持ちがすっきりとした。
真似事と言われてかなりむっとしたが、野球に関心なさそうなこいつの目から見ても、俺の素振りはその程度にしか見えないのかとかなりがっかりした。
「再生の形は人それぞれ、でもね。今の君は幽霊みたいだね。私が現世につなぎ留めてあげるよ」
「なに・・・言ってんだ?」
「君の中にぽっかり空いた穴は、君にしか塞ぐことはできないよ。でも、塞ぐまでの間は私が蓋をしてあげる。それにどうせやることないんでしょー?私が再生の手助けしてあげる」
図星だけどムッとした。でも、ひとつだけ気付いたことがある。
俺は彼女と話している間、野球のことも肘のことも頭からなくなっている。モヤモヤした感情をなくすことができた。
あかりのマイペースにのせられているのだろうか。いや、
健吾と話していても、ほかのクラスメイトと話していても、どこかみんなが気を使っているのでは?とか、ケガのこと野球のことに極力触れないように話しているのでは?と思うことが多かった。
もちろんそれはありがたいことだ。みんな俺に気を使ってくれているんだから、それに俺自身がその問題にまだまだ切り替えができていないのだから。
でもこいつはそんな俺のことを知ってか知らずか、普通に接してきてくれている。少なくとも憐みの目を向けてきたりはしなかった。
「わかったよ。なにすればいいんだ?」
こいつとかかわるのは本当はいやだったが、何もしらないこいつといるおかげで俺は違う俺でいられている気がする。醜い嫉妬にとらわれた俺じゃなく、純粋無垢な俺に。
「放課後の時間を私に頂戴?デートでもしようか」
アイドルのような顔立ちのこいつに言われると、誰でもいちころなんじゃないか?もちろん俺は例外だが。
「俺とデートしたいのか?」
「うん。いろんな君を撮りたいよ」
そうか、こいつは写真の事しか考えてないんだったな。でも、それでも今の俺にはこいつが必要なのかもな。
「わかったよ。病院に行かなきゃいけない日もあるから、それ以外なら付き合ってやってもいいよ」
「うん。ありがとう。じゃあ早速明日からよろしくね」
あかりは西側の方に体を向けた。
「ここはね。私の秘密基地なの。写真がうまくいかないときとか、写真がうまくいったときも、とにかく自分の感情が揺れたときここに来るようにしてる。君も嫌なこととか、うれしいことがあったらここにくるといいよ。太陽が君のことを時に励まし、時に慰め、時に笑ってくれるよ」
やけに詩人みたいなことを言うな。こういう感性が人とは違う彼女の魅力なのだろうと思った。
「俺ここのドアの出方知らないんだけど」
「なんで一人で来ようとするのさ。君がここに来るときは私と一緒にだよ」
「教えてはくれないのね」
くすくすと笑いながらこちらに近づいてきた。
「あと君、名前なんていうの?」
「名前も知らなかったのかよ。坂本だよ」
「私は名前を聞いているんだよ?」
「晴馬だよ」
「晴馬君。連絡先を交換しよう?」
あかりはカバンからおもむろにスマホを取り出した。レトロなカメラを模したカバーに入れられたスマホにコードが移されていた。
いわれるがままにコードを読み取り、連絡先を交換した。
「私あんまりスマホ見ないから、連絡遅くなることもあるけど、さびしがらないでね?」「さびしくならねーよ」
「でも、私は返信ないと寂しいからすぐに返してね?」
理不尽な交換条件まで付けられたのに、どこか心は晴れやかだった。

