君のシャッターが俺の終わりを止めるまで

旧校舎の昇降口から入り込むと、中はせき込むくらい埃っぽく、太陽の光が傾いていたおかげで、明るさはあるものの、そのせいで空中に漂うきらきらとした埃がより一層目に写っていた。
制服の袖で口を覆いながら進むと、すぐに階段を見つけることができた。つくり自体は今俺らが使っている校舎とあまり変わりがないようだったので、簡単に見つかった。
ところどころ、いや、ほとんどの床がミシミシと悲鳴を上げている。お化けがでてもおかしくはないほどのおんぼろ具合だ。
 階段を二階、三階と駆け上がっていく。四階まで到着すると廊下に続いていたが、階段がない。日頃の野球部の練習で階段ダッシュをしていたし、チームのエースである俺の体力はまさに無尽蔵だ。この程度では息はあがらない。しかし、いまは状況が違う。
 今にも飛び降りようとしている少女がいるんだ。焦りで汗が噴き出てきた。息もあがっている。
屋上へと続く階段は別のところにあるらしく、薄暗い校舎をかけ釣り回っていると、廊下の先に階段を見つけることができた。
階段を駆け上がると、プラスチックでできた黄色いチェーンが床に転がっている。
おそらくこのお些末なチェーンで封鎖をしていたのだろう。先ほど見かけた生徒がこわしたのだろうか?
そんなことを考えていると階段を上った先に鉄のドアがあった。
そのドアのノブを急いで回すと、薄暗い旧校舎に一斉に太陽の明かりと新鮮な空気が我先にと入り込んできた。新鮮な空気が一気に俺の肺に入り込んでくる。
屋上に出ると自殺少女はすぐそこで背中を向けていた。先ほどと同様外側に体重を預けて、何かをしていた。
よかった、まだ間に合う。
「き、きみ。なにしてるの」
びっくりさせてその拍子に足でも踏み外されたらたまったもんじゃない。あまりびっくりさせないように、そっと声をかけた。
「君こそ何をしているのかね?ここは立ち入り禁止だよ?」
彼女はこちらを見向きもせず答えた。黒髪のショートカット、茶色のカーディガンを羽織った女の子がそこにはいた。
「下から見て、君が飛び降りるんじゃないかと思って」
あははっと大きく笑っている。
笑い事ではない、どう説得するべきなのかと考えていると。
「いま集中したいから少し待ってくれるかな?」
 そういうと彼女はこの屋上から見える景色に向かってカメラを向けだした。
 パシャパシャと何回も押されるシャッターの音を聞きながら、俺は素直にその場で待っていた。
「ここから見える夕焼けはかなり絵になるんだよ」彼女は西側を向き、今から沈むであろう太陽に体を向け、両手の親指と人差し指で画角を選定していた。
「え?」
「だーかーら。これ」
こちらにくるりと振り返る。黒縁眼鏡をかけた少女。彼女の胸元には立派な一眼レフがぶら下がっていた。そのぶら下がるカメラを指さしていた。
「つまり、ここには、写真を撮るためにいるってことかな?」
「そうだね。写真を撮るのが好きなんだ。だから、死ねないね」あははっと笑いながら、彼女はまた太陽の方角のほうを向いた。
 飯島あかり。おれはこいつを知っている。
いや、知らない奴はいないんじゃないか?
それくらい有名人だ。写真を撮ることにその情熱を注いでいる。。
授業中だろうと常にカメラを構えており、遠慮なくシャッターをきる。
昼休みには学校に入り込んだ猫を放課後になるまで追いかけ続け、シャッターを切り続けてたなんて噂もある。
 かなりのマイペースで、悪く言えば空気の読めない奴だ。大体こういう奴はクラスから糾弾されるのが関の山だが、彼女のひたすらに向けられるカメラへの情熱は、人を魅せつける才能もあった。賞とかは詳しくないけど、何回か朝礼で表彰されてるのを見たこともある。
俺とは住む世界が違うと、関わろうとしてこなかった人種だ。
身長が小さく、くりくりとしたぱっちりな目、この夕焼けには似つかない白い肌と、
一般的には美人といわれる彼女は、男子からも女子からもそれなりにもてていた。
話すのはもちろん初めてだが、話し方までマイペースだなと思わせるほど彼女はゆっくりとしゃべる。
「ごめん。じゃましたな」
自分の勘違いで勝手に自殺しようとしている人と断定してしまったことが今になって恥ずかしくなってきた。
とにかくここから出ようと思い、屋上のドアノブに手をかけると、
肩をつんつんされた。
ゆっくりと振り返ると、彼女はこちらに背中をむけて、数メートル離れるとこちらを振り向き、いきなりカメラを構えた。
パシャッと音を立ててカメラからまばゆい光が放たれる。
「・・・何してんだよ」
「絶望してる顔って、意外と光を吸い込むんだね。モデルになってよ」
彼女の突然のお願いになんて言っていいのか、しどろもどろになっていると。
「君さ、私の事助けようとしてくれたんでしょ?なら、助けてほしいね」
「どうゆうことだよ」
馬鹿にされているのだと思って、語気を荒げると、
「君のいまの顔、すっごく負のオーラがでているの、そんな人間にしか出せない光を君はいま放っているんだよ」
人差し指を立て、まるで探偵が犯人の犯行方法を皆に開設するように、右に左に歩きながら僕に話しかけてくる。
「ここ最近、いい被写体がなくてね。困っていたんだよ。だからこんな埃臭い旧校舎に来てまで、被写体を探していたんだけどね。そんなとき、君が現れた」
「こんなところに被写体なんていないだろ」
「いるじゃないか。ここに」
僕の事を指さし、自信満々に答えた。
「俺が来るのがわかっていたのか?」
「まさか、これでもかなりおどろいているんだよ」
「じゃあ一体何を探してたんだよ」
「私は風景を被写体にしているのだよ」
なるほど。そこにノコノコと俺がやってきたわけか。
それに負のオーラとか言ってたな。ピッタリじゃないか。
そろそろこのマイペースに付き合わされるのは勘弁だと思い、じゃあ。
と、彼女の話を無視してドアノブを勢いよく回した。おかしい。ドアノブを回しているのに扉は開かなかった。
まずい、建付けが悪いのか。ビクともしない扉を前に背中に冷や汗を感じた。
こんなところで閉じ込められるのはまずい。助けを呼ぼうにも、ここは立ち入り禁止区域だ。怒られる。
ドアノブ押したり引いてみたり、上に下にと力を入れながらなんとか開けようとしたが、ドアはびくともしなかった。
まずいまずいまずいまずい。こいつと一緒に閉じ込められる?そんな不運あってたまるか。
 しばらくドアと格闘していると
「この扉、最初はビビるよね。開け方にコツがいるんだよ」
 僕の背中に彼女が語り掛けてきた。
「どうすんだよ。閉じ込めれれたぞ」
 最悪の気分だ。来なければよかったと後悔したとき、ドアノブを握っている俺の手を振り払って彼女はドアノブに手を伸ばした。
「大丈夫だよ?」
「・・・どうすればいいんだよ」
「簡単な話だよ?君が私に協力することを了承する」
「俺は扉の開け方を聞いてるんだよ」
「だから、私の被写体になってくれたら教えてあげるって」
「おまえ・・ずるいぞ」
「さあ、どうする?」
あははっと笑いながら僕の周りをぐるりぐるりとまわりはじめた。
背に腹は代えられない「わかったよ」おれはその場しのぎの嘘をついた。
こいつとはクラスも違うし接点はない。ならいくらでもとんずらこけるな。
いまのおれは被写体なんてものをやってられるほど、おだやかじゃないんだよ。
それに、ただでさえ空気の読めない問題児に友達なんて思われたら、みんなからの俺の印象も悪くなってしまう。
「よおし。じゃどいて」ぼくとドアの間に割って入ってきて、ドアノブを回すと、さっきまでまるでうごかなかったドアは嘘のように簡単にひらいた。
「どうやったんだよ?」眉間にしわを寄せながら彼女を睨むと
「またここにくるの?」と彼女も眉間にしわを寄せてかえしてきた。
質問してるのはこっちだよとイライラしたが、彼女の言う通り、俺はもうこんなところにくることはないのだろう。
「まあいいや。じゃあな」
彼女に一応の会釈をして屋上を後にした。
「一体何なんだよあいつは」
 屋上のドアを締め切ろうとしたときその隙間から彼女はのんきに手を振っていた。
ドアを締め切ると、また埃臭い空間となった。
電気のついていない校舎は、不気味な雰囲気となっていた。
あいつは一人で帰れるのかな。と少し心配したが、もう関わるのはやめようと、来た道をそのまま引き返すように旧校舎を後にした。
南側の校門をよじ登り学校をでる。ふと屋上のほうに顔を上げると、彼女がこちらに向かって大きく手を振っていた。僕はそれを無視して駅のほうへと歩きはじめた。
カキーンという金属音が遠くのほうでなっている。その音を聞くたびに、気分がどんどん暗くなっていく。

 翌日学校に到着すると、校門の前にあいつがいた。校門の学校名が書かれたプレートに背中を預ける形で、上を見上げていた。
 校門を通る生徒たちがひそひそと話しているのを知ってか知らずか、微動だにせずそこにいた。
校内では合わないようにと思っていたが、こんなところでさっそく出くわすとは・・。
ばれない様に、彼女の視界に入らないように少し距離をとって校門をくぐろうとすると
「やあ、おはよう」と俺に向かって大きく手を振ってきた。
周りの生徒も自然と俺のほうに目線が動いた。ちょこちょこと小走りで僕の前までやってくると、パシャリと手に持っている一眼レフがまばゆい光を放った。
「おい、なにすんだよ」
 いきなりのシャッターにたじろいでいると、
「君の顔やっぱり最高」と彼女が俺の真ん前まで近づいてきた。
 柔軟剤だろうか?桃のいい香りがした。こいつも女の子だもんな。それよりもいまはいきなりシャッターを切られた怒りをぶつけなければと思い彼女をぎろりとにらみつけた。
「感想は聞いてないよ、無許可でとるのやめてくれ」
「撮るよーって言ったら君は私のほしい表情なんてしないでしょ?」
「そんなのわかんないだろ、つか撮るなよ」
「昨日の約束忘れたの?君は私の被写体なんだよ?」
あかりが僕の方をぎろりと見た。
「私、勘はいいんだよね。君逃げようとしたでしょ?」
確かに勘はいいようだ。僕の心をよまれているようだ。
「逃げないよ。たぶん・・・」
「これ今撮ったやつ、見て」
俺に一眼レフの背面にある液晶を見せつけてきた。そこには今とれたての俺の写真が映し出されていた。
イケメン・・・とは程遠い。カメラのフラッシュをくらい、しかめっ面の不細工な俺が映し出されていた。
「おいこれ・・・消せよ」
カメラを無理やり奪おうとすると、するりと俺の視界から一眼レフが消え去った。
「だめだめ。これは脅迫材料だから」
ニヤリと悪人顔を覗かせている。
「それ・・・どういうことだよ」
「簡単な話さ。君は今日も放課後に旧校舎にくること。来なければこの写真をばらまくぞってことだね」
おいおい、本格的にやばい奴じゃないか。
しかしながら、こんな写真をばらまかれるのは、大問題だ。
「わかったよ。とりあえず今日の放課後は行くよ」
「うん。待ってるね」
 そう言い残し、ちょこちょこと昇降口へと消えていった。
 残された俺は、過ぎ去るあかりの後ろ姿を見つめることしかできなかった。やはり厄介な奴だ。昨日屋上に行ってしまった事を深く後悔しながら歩き始めた。

 教室に入り、自分の席にカバンを置き、それを枕代わりに机に伏した。朝の会があるまでこうしていようと思っていた。校門でのやり取りを誰かに見られたかもしれない。何か聞かれるのは面倒くさい。それにかなりイライラしてしまっているからだ。
そんなことを考えていると健吾が俺の席にやってきた。
「おはよ。不思議ちゃんといつの間に仲良くなったんだよ」
ちっと思わず舌打ちをしてしまった。
あかりはみんなからは不思議ちゃんと呼ばれている。俺にとっては不思議ちゃんじゃなく悪魔ちゃんだよと心の中で突っ込みを入れた。
「仲良くなってないよ。なんか成り行きで、話する機会があっただけだよ」
「ふーん。でも顔はいいもんな、朝からラッキーじゃん」
なにも知らないことのほうがどれだけ幸せなのか。
「そんなんじゃねーよ」
「そっか。まあ少しは元気出たみたいでよかったよ」
僕の顔色はそんなに良くなっているのか?
そんなわけはないだろう。と思っていると始業開始のチャイムがなった。
「じゃあな」と自分の席に戻っていく健吾を見送り、朝の会が始まった。
二学期が始まり、一部の人間はすでに来年に控える大学受験の準備を始めているが、学校としては大きなイベントを控えていた。
それが文化祭だ。
担任が文化祭の準備をするだの言っていたが、正直いまの俺は、乗り気にはなれなかった。ケガのことで随分ナイーブになっているし、今日の放課後のこともあり、心の中はどろどろとした感情で埋まっていた。
授業に集中することができず、ぼーっとしていると先生に何度か指摘されたが、どうでもよかった。
野球一筋でやってきた俺は、勉強は全然できなかった。ケガをしたいま、俺には何の取り柄もないんだなと、授業を受けるたびに現実を突きつけられてる気分にすらなった。
 いよいよ放課後の時間がやってきた。
「今日はどうするの?」
 健吾がおれの席まできて聞いてきたが、あかりとの約束を破るわけにはいかない。
「今日も帰るよ。しばらくはいかないと思う」
 正直に言えば、もう行く気はなかったが、そんなことを健吾に話せば、反対されるし少し面倒くさいことになると思ったから、とっさに嘘をついた。
「わかった。じゃあな」
 健吾は大きなエナメルバックを斜めにかけ教室から走って去っていった。
教室にはもう俺しか残っていない。またあいつに振り回されるのかと思いつつも重い腰を上げて、旧校舎へと歩みを進めた。