四日間の入院期間中にリハビリをこなし、今日無事退院となった。
話には聞いていたが、リハビリはかなりきつかった。痛みとの闘い、脳はわかっているのに肘がいう通りに動いてくれず、むしゃくしゃしたりもした。
ケガに関しては順調に回復に進んでいるそうだ。二週間に一回診察とリハビリをすれば日常生活に支障はなくなるとのことだった。
朝一番に母親が迎えに来てくれたので、荷物を肩にかけ、総合受付へと歩いて行った。
先生には会えなかったが、たくさんお世話になった看護師さんは来てくれたので、深々とお時期をし、病院を後にした。
肘には包帯がまかれている。痛みはもうない。怪我など感じさせないくらいだった。
頑張ればまた投げれるのでは?怪我なんてしてなかったのでは?
と感じることもあるが、包帯を外すと、確かに肘にはしっかりと手術痕が残っていた。
退院したものの、予選大会で敗退した俺は絶賛夏休み中だ。もちろん他の部員はいまごろきつい練習をこなしているころだろう。
夏休み中、チームメイトからは何回もお誘いや励ましのメッセージをもらっていたが、返す勇気はわかなかった。みんなはあの大会以降も練習を懸命に続けている。先輩たちはあの試合が最後の試合となってしまったので、引退はしているが、夏休み中は何度か顔をだして、練習のサポートなどをしているらしい。
桜井先輩は一切連絡してこない俺に対しても、毎日のようにいろいろと報告をしてくれている。ありがたいはずなのに、俺がいなくてもチームが円滑に始動していることに無性に腹が立った。
やることがない。俺は練習やら試合やらで家では常にくたくただったから、部屋に娯楽と呼ばれるものはほとんどなかった。
テレビをぼーっとみたり、スマホで新しいアプリをとってみたりしたけど、夏休みはまだまだ余っていた。
あまりにもやることがないので近所を散歩したり、たまにランニングしたりして、自分の住んでいる町内をたくさん見て回ったりもした。
何かをしていないと落ち着かなかった。野球のことで頭がいっぱいになってしまう。
そんな夏休みも今日で終わる。結局チームには一度も顔を見せなかった。桜井先輩からは何度も顔だけでも出してほしいとメッセージが来ていたが、みんなが野球をしている姿を見ていると発狂してしまうと思い、メッセージは返さなかった。
母親はあの日以来何度か監督と電話をしているようだった、時たま廊下から俺の名前を呼ぶ声や、野球に関しては~なんて電話しているのが聞こえたりしていた。
だが父と母は決して俺に対して野球のことを話さなかった。
腐りきった俺を見ても、特段何も変わらず見守ってくれていた。
ただ、夕方になるとバットをケースに入れて、家からすぐ近くにある公園へ行った。素振りをするためだ、俺はバッティングのセンスは並程度だったが、肘の怪我でもバッティングくらいなら、もしかしたらまだできるかもしれないと、毎日毎日夕方になると金属バットを振り続けていた。
自分でもわかる。俺はもう野球ができない。素振りをするも、フォームもスイングスピードもお粗末なものだった。
それもそのはず、怪我をした右肘をかばう癖がついてしまっていて。ちゃんとしたスイングなどできなかった。それでもあきらめきれず、毎日素振りを行っていた。
両親も俺のここ最近の精神状態を鑑みて、学校はしばらく休んでいいといわれたが、ここでいかなければ、たぶんもういけるタイミングがなくなると思い、行くことにした。
あれだけさんざん迷惑をかけたんだ、怒られるつもりで明日はみんなに謝りに行こう。
顧問の北島先生にも申し訳ない。謝らなければ気が済まない。その思いだけで、俺は学校へと行くことにした。
俺の横を通り過ぎる人たちの目が怖かった。みんなおれに失望してるんじゃないか?と嫌な妄想を繰り返してしまう。学校へは普段から歩いて行っていた。最寄駅から一駅隣が俺の通う高校の最寄りで、そこからあるいて十分ほどでつくが、スタミナをつけるために家から学校までおよそ40分ほどかけて歩いていた。
今日も例外ではない。家から学校まで歩いていくと、学校の最寄駅を過ぎたあたりから俺と同じ制服を着た生徒たちと頻繁に会った。
頼むから知り合いに会うことなく、学校につけますようにと心の中で願いながらひたすらに歩き続けた。
幸い、知り合いに会うことなく学校につくことができた。昇降口から学校に入ると、廊下でチームメイトの健吾が教室に向かい歩いている後姿を発見した。
戸田健吾は野球部の中では一番仲の良かった奴だ。ポジションは俺と同じピッチャー
俺よりかは登板回数は少ないが、三年生に交じってベンチ入りをしていた選手の一人だ あの日は、途中代打で出て結果を残せずそのまま交代となっていたな。
夏休み中もたくさんのメッセージをもらっていた。もちろん一回も返していないが。
桜井先輩の話だと、引退した後エースとして練習に励んでいるらしい。友達として祝福するべきなのはわかっているが、俺の心はそこまで大人じゃない。俺が立つはずだったマウンドなのにと、悔しさがにじみ出てしまう。
何となく気まずさを感じたので、声をかけるのはやめておいた。
昇降口から歩くこと2分ほどで職員室に到着する。扉をノックし開けると、すぐに北島先生を発見した。小走りで先生のもとに行くと、先生もこちらに気づいたようだ。こちらに体を向けて、静かに頭を下げた。
「大体の話はご両親からきている。もういい。はやく教室に行きなさい」
顔を上げた北島先生は少し涙ぐんでいた。練習は厳しいし、礼儀作法については人一倍口うるさいが、生徒一人一人に寄り添う優しい先生だ。
「いえ、そんな・・・。申し訳ありませんでした」
怪我の報告をしなかったこと、自分への慢心でチームを敗北させてしまったこと、これまでに何の報告もせず、すべて親に任せてしまったこと。すべてをひっくるめて申し訳ありませんでしたという言葉に乗せて謝った。
先生はすべてを悟っているように少し微笑み頭を下げる僕の両肩をガシッとつかんだ。
「それよりどうする?野球部は。そのけがでやるわけじゃないよな?」
やや様子を伺う形で僕の顔を見上げながら聞いてきた。
「いや、俺もう投げれないんで、いてもしょうがないっすよ」
正確には、健全に野球を楽しむみんなの姿を見てられない。だけどそれは心の中にしまっておく。
「そうだな、こなくてもいいぞ。そのけがなら無理だもんな」
「わかりました。考えてみます」
「それじゃあもういきなさい」
先生に一礼し、職員室を後にした。右肘はもう痛みはないが、心が不安定になるとときたまずきずき痛くなる。気がする。
右肘を抑え込むのが癖になってしまっている俺は、今も右肘を抑え込みながら、教室へと歩いて行った。
教室に入ると、みんなが一瞬こちらを同情したような目で見てきたような気がした。大会で起きたことはもうみんな知っているのだろう。自分の席にカバンを置き教壇の真ん前の席まで歩いていく、そこは健吾の席だ。
「晴馬。久しぶりだな」
こちらに気づき、体を反転させて俺と目を合わせてきた。その目は、みんなと同じ哀れみの目だった。そうか、お前もか・・・。
でもそれは仕方ないだろう。そんな目しか向けれないよな。俺哀れだもんな。
俺がここで健吾に向かって八つ当たりするのはよくないし、きっと健吾は健吾なりに色々気を使っているのも感じた。
それがわかるように健吾の顔は引きつった笑顔を披露していた。
「久しぶり。連絡できなくて悪かったな。精神崩壊してた」少し冗談っぽく吐露してみた
「なんだそれ、それよりけがは大丈夫か?」僕の顔色を見れば、その精神崩壊ぶりはいやでもわかるだろう。軽く流してくれるところは、さすが友人といったところだ。
俺の肘を指さしながら、聞いてきたので嘘つくわけにもいかないと思い、
「ああ、もう投げれないんだ。ごめん」
「監督から聞いたよ。手術したんだろ?」
「うん。めっちゃこわかったわ」
わざとへらへらした態度をとって見せた。
「そうだよな、まじ大変だったな」
「まあもう大丈夫だよ」
ケガをした右肘をさすりながら答えた。
「部活は辞めちゃうのか?」
「監督には、サポートとかしてくれないかって言われた」
「だろうな。監督結構抱え込んでたっぽいし」
監督はなにも悪くないのに、勝手に俺がふさぎ込んだせいで、監督にはかなり迷惑をかけてしまったんだと、そこで初めて気づいた。
「じゃあ、今日から復帰する感じ?みんな待ってるぜ」
「いや、今日も病院だからさ、行くかわかんない」
とっさに口から嘘が出た。病院に行く予定はなかった。でも、自分の弱いところをなんとなく見せるのが嫌だった。
「そうか、俺にできることがあったら、何でも言ってね」
「まあ、体育とか肘に負担かかりそうなときは頼むかも」
リハビリはしているものの、まだまだ肘に違和感はあるし、動かしづらい。正直この申し出には助けられた。
「おう。まかせとけ」
「ありがとう。困ったときは頼むわ」
あれだけ連絡を絶っていたのに、何事もなく接してくれる事に感謝しつつ、自分の席に戻った。
授業中はもちろん肘に負担のかかるようなことはなかったが、気づけば右肘をさすっていた。休み時間になると、ほかの部員たちも俺の席に来てくれた。テンプレのような
「ごめん」と「ありがとう」を繰り返し、適当にあしらっていたが、もれなくみんな憐みの目を向けてきていた。仕方のないことと思いつつも、少し苛立ちすら感じていた。
その日の放課後、まっすぐ家に帰ろうと思っていたが、引退した先輩たちと新チームの紅白戦をやると健吾が言っていたので、顔だけ出すことにした。今日を逃すと先輩たちに頭を下げる機会がなくなってしまうと思ったからだ。
昇降口で靴に履き替えて、校門と逆の方向へ歩き始めた。校舎を横切るとグラウンドがある。グラウンドのバックネットがある方へ目線を向けると、三年生はもうかなりの人数集まっているようだ。アップ前に雑談をしているのが見えた。新チームの面々はすでにアップを始めていたので、いまなら先輩たちに謝ってそのまま帰れそうだと思い、ベンチの方へ走っていった。
「ちわーす」大きな声であいさつをする。
皆一同こちらを振り返り、俺のことを囲んでいろいろと声をかけてきた。ここでもテンプレの「すみませんでした」と「ありがとうございます」をつかって、会話を適当に済ませた。ケガの具合を心配する声に囲まれていると、キャプテンの桜井先輩がこちらに近づいてくる。
「ケガのこと聞いたよ。ざまあねえな」
「今日は皆さんに謝りたいと思ってきました。本当にもうし・・・」
頭を下げようとした瞬間にキャプテンが俺の両肩をガッとつかみ謝罪を制止した。
「あやまんなくていいよ、二年生のお前に期待しすぎた俺らがばかだったよ。お前の将来つぶれたな。頼むから、そんな俺らに謝らないでくれ。まるで俺らが悪者みたいじゃないか」
キャプテンの後ろにいた三年生たちもキャプテンと同様に帽子を脱ぎ俺に一礼した。
「もうここにお前の居場所はないぞ」再び頭を下げる部長の頭を見つめ、改めて野球ができないことへの悔しさがこみあげてきた。
「すみません。俺・・・」
自分を攻め込むことで何とか保っていた理性がいまここで爆発した。辛い、きつい、しんどい。そのすべての負の感情を自分を責めることでなんとかたもってきたのに。みんなのやさしさに感情の波が荒波を立てていた。
それでもやっぱり、みんながうらやましかった。マウンドを見つめると、過去の自分の姿が見えるような気がした。あそこで懸命に投げ込む姿。でももうあそこは俺の場所じゃない。新チームがアップを始めたので、その掛け声が俺の心を乱していた。もうあそこに立てないんだな。
落ち着きを取り戻したころ、桜井先輩がこちらに聞いてきた。
「それで、今後はやっていくのか?そのけがで」
「顧問にも聞かれましたが、今の自分がここにいるのは、なんだか、みんなに気を使わせてしまう気もしますし、僕も少し居心地よくないっす。なので、しばらくはこないと思います」
感情を爆発させたいと思ったが、先輩たちにとっても今日の紅白戦は三年生チームで行う最後の試合だ。水を差すわけにもいかないので、またも自分の感情は心にしまっておいた。
「あっそう。まあ引退後もおれが面倒みるから来なくていいよ」
はい。と返事をし、疑問が浮かんだ。
「先輩、進路大丈夫なんですか?」
「おれ、これでも頭いいんだよ。大学受験は余裕あるから大丈夫だよ」
「そうなんですね。じゃあまた顔出します」
「じゃあな」
先輩たちに頭を下げて、今日は帰ることにした。先輩たちの最後の夏を台無しにしてしまったのに、全然怒られなった。むしろ元気づけられたことに驚いた。どこまでも優しい先輩たちだったなと思いつつ、グラウンドを後にした。
うちの高校には、立ち入り禁止区域が存在している。校舎の南側にグラウンドがあり、そのもっと南側にいくと、その禁止区域がある。
そこには旧校舎が立っており、入学当初からその存在は知っていた。取り壊しが決まっているらしいが、工事をしている様子は一度も見たことがなかった。
本来なら校舎の北側にある校門から出入りをしているが、実は最寄りの駅に行くには旧校舎の南側にある校門から出たほうが早いのだ。野球部の中にはその校門を頻繁に利用するものもいたくらい有名なルートだ。
旧校舎の脇をひたすら突き進むと校門が見えてくる。校門は施錠されているが、門は軽々と飛び越えることができるので、問題なかった。
正直、わざわざグラウンドまで来たのに、また校門までもどって駅を目指すのはかなり遠回りだ。俺も今日はこっちを使わせてもらおうと、南門へと進んだ。
しかし相変わらずボロボロだなと校門から旧校舎を見上げる。木造でできているこの校舎は、おそらく何十年もまえに作られたのだろう、立ち入り禁止にしているのは、どこもかしこもボロボロで、いつ倒壊してもおかしくないからだそうだ。いつ壊されるんだろうと旧校舎を見上げると、そこには女の子の姿が見えた。うちの高校の制服を着ている彼女は、いまにも飛び込むんではないかと思わせるほど、策に手を置き体重を外側にかけている。
なんであんなところに・・・。
まずい、このままではあの人・・・
気が付いたら走り出していた。旧校舎の昇降口はすぐそこにあったので、とにかくがむしゃらに走り出した。
話には聞いていたが、リハビリはかなりきつかった。痛みとの闘い、脳はわかっているのに肘がいう通りに動いてくれず、むしゃくしゃしたりもした。
ケガに関しては順調に回復に進んでいるそうだ。二週間に一回診察とリハビリをすれば日常生活に支障はなくなるとのことだった。
朝一番に母親が迎えに来てくれたので、荷物を肩にかけ、総合受付へと歩いて行った。
先生には会えなかったが、たくさんお世話になった看護師さんは来てくれたので、深々とお時期をし、病院を後にした。
肘には包帯がまかれている。痛みはもうない。怪我など感じさせないくらいだった。
頑張ればまた投げれるのでは?怪我なんてしてなかったのでは?
と感じることもあるが、包帯を外すと、確かに肘にはしっかりと手術痕が残っていた。
退院したものの、予選大会で敗退した俺は絶賛夏休み中だ。もちろん他の部員はいまごろきつい練習をこなしているころだろう。
夏休み中、チームメイトからは何回もお誘いや励ましのメッセージをもらっていたが、返す勇気はわかなかった。みんなはあの大会以降も練習を懸命に続けている。先輩たちはあの試合が最後の試合となってしまったので、引退はしているが、夏休み中は何度か顔をだして、練習のサポートなどをしているらしい。
桜井先輩は一切連絡してこない俺に対しても、毎日のようにいろいろと報告をしてくれている。ありがたいはずなのに、俺がいなくてもチームが円滑に始動していることに無性に腹が立った。
やることがない。俺は練習やら試合やらで家では常にくたくただったから、部屋に娯楽と呼ばれるものはほとんどなかった。
テレビをぼーっとみたり、スマホで新しいアプリをとってみたりしたけど、夏休みはまだまだ余っていた。
あまりにもやることがないので近所を散歩したり、たまにランニングしたりして、自分の住んでいる町内をたくさん見て回ったりもした。
何かをしていないと落ち着かなかった。野球のことで頭がいっぱいになってしまう。
そんな夏休みも今日で終わる。結局チームには一度も顔を見せなかった。桜井先輩からは何度も顔だけでも出してほしいとメッセージが来ていたが、みんなが野球をしている姿を見ていると発狂してしまうと思い、メッセージは返さなかった。
母親はあの日以来何度か監督と電話をしているようだった、時たま廊下から俺の名前を呼ぶ声や、野球に関しては~なんて電話しているのが聞こえたりしていた。
だが父と母は決して俺に対して野球のことを話さなかった。
腐りきった俺を見ても、特段何も変わらず見守ってくれていた。
ただ、夕方になるとバットをケースに入れて、家からすぐ近くにある公園へ行った。素振りをするためだ、俺はバッティングのセンスは並程度だったが、肘の怪我でもバッティングくらいなら、もしかしたらまだできるかもしれないと、毎日毎日夕方になると金属バットを振り続けていた。
自分でもわかる。俺はもう野球ができない。素振りをするも、フォームもスイングスピードもお粗末なものだった。
それもそのはず、怪我をした右肘をかばう癖がついてしまっていて。ちゃんとしたスイングなどできなかった。それでもあきらめきれず、毎日素振りを行っていた。
両親も俺のここ最近の精神状態を鑑みて、学校はしばらく休んでいいといわれたが、ここでいかなければ、たぶんもういけるタイミングがなくなると思い、行くことにした。
あれだけさんざん迷惑をかけたんだ、怒られるつもりで明日はみんなに謝りに行こう。
顧問の北島先生にも申し訳ない。謝らなければ気が済まない。その思いだけで、俺は学校へと行くことにした。
俺の横を通り過ぎる人たちの目が怖かった。みんなおれに失望してるんじゃないか?と嫌な妄想を繰り返してしまう。学校へは普段から歩いて行っていた。最寄駅から一駅隣が俺の通う高校の最寄りで、そこからあるいて十分ほどでつくが、スタミナをつけるために家から学校までおよそ40分ほどかけて歩いていた。
今日も例外ではない。家から学校まで歩いていくと、学校の最寄駅を過ぎたあたりから俺と同じ制服を着た生徒たちと頻繁に会った。
頼むから知り合いに会うことなく、学校につけますようにと心の中で願いながらひたすらに歩き続けた。
幸い、知り合いに会うことなく学校につくことができた。昇降口から学校に入ると、廊下でチームメイトの健吾が教室に向かい歩いている後姿を発見した。
戸田健吾は野球部の中では一番仲の良かった奴だ。ポジションは俺と同じピッチャー
俺よりかは登板回数は少ないが、三年生に交じってベンチ入りをしていた選手の一人だ あの日は、途中代打で出て結果を残せずそのまま交代となっていたな。
夏休み中もたくさんのメッセージをもらっていた。もちろん一回も返していないが。
桜井先輩の話だと、引退した後エースとして練習に励んでいるらしい。友達として祝福するべきなのはわかっているが、俺の心はそこまで大人じゃない。俺が立つはずだったマウンドなのにと、悔しさがにじみ出てしまう。
何となく気まずさを感じたので、声をかけるのはやめておいた。
昇降口から歩くこと2分ほどで職員室に到着する。扉をノックし開けると、すぐに北島先生を発見した。小走りで先生のもとに行くと、先生もこちらに気づいたようだ。こちらに体を向けて、静かに頭を下げた。
「大体の話はご両親からきている。もういい。はやく教室に行きなさい」
顔を上げた北島先生は少し涙ぐんでいた。練習は厳しいし、礼儀作法については人一倍口うるさいが、生徒一人一人に寄り添う優しい先生だ。
「いえ、そんな・・・。申し訳ありませんでした」
怪我の報告をしなかったこと、自分への慢心でチームを敗北させてしまったこと、これまでに何の報告もせず、すべて親に任せてしまったこと。すべてをひっくるめて申し訳ありませんでしたという言葉に乗せて謝った。
先生はすべてを悟っているように少し微笑み頭を下げる僕の両肩をガシッとつかんだ。
「それよりどうする?野球部は。そのけがでやるわけじゃないよな?」
やや様子を伺う形で僕の顔を見上げながら聞いてきた。
「いや、俺もう投げれないんで、いてもしょうがないっすよ」
正確には、健全に野球を楽しむみんなの姿を見てられない。だけどそれは心の中にしまっておく。
「そうだな、こなくてもいいぞ。そのけがなら無理だもんな」
「わかりました。考えてみます」
「それじゃあもういきなさい」
先生に一礼し、職員室を後にした。右肘はもう痛みはないが、心が不安定になるとときたまずきずき痛くなる。気がする。
右肘を抑え込むのが癖になってしまっている俺は、今も右肘を抑え込みながら、教室へと歩いて行った。
教室に入ると、みんなが一瞬こちらを同情したような目で見てきたような気がした。大会で起きたことはもうみんな知っているのだろう。自分の席にカバンを置き教壇の真ん前の席まで歩いていく、そこは健吾の席だ。
「晴馬。久しぶりだな」
こちらに気づき、体を反転させて俺と目を合わせてきた。その目は、みんなと同じ哀れみの目だった。そうか、お前もか・・・。
でもそれは仕方ないだろう。そんな目しか向けれないよな。俺哀れだもんな。
俺がここで健吾に向かって八つ当たりするのはよくないし、きっと健吾は健吾なりに色々気を使っているのも感じた。
それがわかるように健吾の顔は引きつった笑顔を披露していた。
「久しぶり。連絡できなくて悪かったな。精神崩壊してた」少し冗談っぽく吐露してみた
「なんだそれ、それよりけがは大丈夫か?」僕の顔色を見れば、その精神崩壊ぶりはいやでもわかるだろう。軽く流してくれるところは、さすが友人といったところだ。
俺の肘を指さしながら、聞いてきたので嘘つくわけにもいかないと思い、
「ああ、もう投げれないんだ。ごめん」
「監督から聞いたよ。手術したんだろ?」
「うん。めっちゃこわかったわ」
わざとへらへらした態度をとって見せた。
「そうだよな、まじ大変だったな」
「まあもう大丈夫だよ」
ケガをした右肘をさすりながら答えた。
「部活は辞めちゃうのか?」
「監督には、サポートとかしてくれないかって言われた」
「だろうな。監督結構抱え込んでたっぽいし」
監督はなにも悪くないのに、勝手に俺がふさぎ込んだせいで、監督にはかなり迷惑をかけてしまったんだと、そこで初めて気づいた。
「じゃあ、今日から復帰する感じ?みんな待ってるぜ」
「いや、今日も病院だからさ、行くかわかんない」
とっさに口から嘘が出た。病院に行く予定はなかった。でも、自分の弱いところをなんとなく見せるのが嫌だった。
「そうか、俺にできることがあったら、何でも言ってね」
「まあ、体育とか肘に負担かかりそうなときは頼むかも」
リハビリはしているものの、まだまだ肘に違和感はあるし、動かしづらい。正直この申し出には助けられた。
「おう。まかせとけ」
「ありがとう。困ったときは頼むわ」
あれだけ連絡を絶っていたのに、何事もなく接してくれる事に感謝しつつ、自分の席に戻った。
授業中はもちろん肘に負担のかかるようなことはなかったが、気づけば右肘をさすっていた。休み時間になると、ほかの部員たちも俺の席に来てくれた。テンプレのような
「ごめん」と「ありがとう」を繰り返し、適当にあしらっていたが、もれなくみんな憐みの目を向けてきていた。仕方のないことと思いつつも、少し苛立ちすら感じていた。
その日の放課後、まっすぐ家に帰ろうと思っていたが、引退した先輩たちと新チームの紅白戦をやると健吾が言っていたので、顔だけ出すことにした。今日を逃すと先輩たちに頭を下げる機会がなくなってしまうと思ったからだ。
昇降口で靴に履き替えて、校門と逆の方向へ歩き始めた。校舎を横切るとグラウンドがある。グラウンドのバックネットがある方へ目線を向けると、三年生はもうかなりの人数集まっているようだ。アップ前に雑談をしているのが見えた。新チームの面々はすでにアップを始めていたので、いまなら先輩たちに謝ってそのまま帰れそうだと思い、ベンチの方へ走っていった。
「ちわーす」大きな声であいさつをする。
皆一同こちらを振り返り、俺のことを囲んでいろいろと声をかけてきた。ここでもテンプレの「すみませんでした」と「ありがとうございます」をつかって、会話を適当に済ませた。ケガの具合を心配する声に囲まれていると、キャプテンの桜井先輩がこちらに近づいてくる。
「ケガのこと聞いたよ。ざまあねえな」
「今日は皆さんに謝りたいと思ってきました。本当にもうし・・・」
頭を下げようとした瞬間にキャプテンが俺の両肩をガッとつかみ謝罪を制止した。
「あやまんなくていいよ、二年生のお前に期待しすぎた俺らがばかだったよ。お前の将来つぶれたな。頼むから、そんな俺らに謝らないでくれ。まるで俺らが悪者みたいじゃないか」
キャプテンの後ろにいた三年生たちもキャプテンと同様に帽子を脱ぎ俺に一礼した。
「もうここにお前の居場所はないぞ」再び頭を下げる部長の頭を見つめ、改めて野球ができないことへの悔しさがこみあげてきた。
「すみません。俺・・・」
自分を攻め込むことで何とか保っていた理性がいまここで爆発した。辛い、きつい、しんどい。そのすべての負の感情を自分を責めることでなんとかたもってきたのに。みんなのやさしさに感情の波が荒波を立てていた。
それでもやっぱり、みんながうらやましかった。マウンドを見つめると、過去の自分の姿が見えるような気がした。あそこで懸命に投げ込む姿。でももうあそこは俺の場所じゃない。新チームがアップを始めたので、その掛け声が俺の心を乱していた。もうあそこに立てないんだな。
落ち着きを取り戻したころ、桜井先輩がこちらに聞いてきた。
「それで、今後はやっていくのか?そのけがで」
「顧問にも聞かれましたが、今の自分がここにいるのは、なんだか、みんなに気を使わせてしまう気もしますし、僕も少し居心地よくないっす。なので、しばらくはこないと思います」
感情を爆発させたいと思ったが、先輩たちにとっても今日の紅白戦は三年生チームで行う最後の試合だ。水を差すわけにもいかないので、またも自分の感情は心にしまっておいた。
「あっそう。まあ引退後もおれが面倒みるから来なくていいよ」
はい。と返事をし、疑問が浮かんだ。
「先輩、進路大丈夫なんですか?」
「おれ、これでも頭いいんだよ。大学受験は余裕あるから大丈夫だよ」
「そうなんですね。じゃあまた顔出します」
「じゃあな」
先輩たちに頭を下げて、今日は帰ることにした。先輩たちの最後の夏を台無しにしてしまったのに、全然怒られなった。むしろ元気づけられたことに驚いた。どこまでも優しい先輩たちだったなと思いつつ、グラウンドを後にした。
うちの高校には、立ち入り禁止区域が存在している。校舎の南側にグラウンドがあり、そのもっと南側にいくと、その禁止区域がある。
そこには旧校舎が立っており、入学当初からその存在は知っていた。取り壊しが決まっているらしいが、工事をしている様子は一度も見たことがなかった。
本来なら校舎の北側にある校門から出入りをしているが、実は最寄りの駅に行くには旧校舎の南側にある校門から出たほうが早いのだ。野球部の中にはその校門を頻繁に利用するものもいたくらい有名なルートだ。
旧校舎の脇をひたすら突き進むと校門が見えてくる。校門は施錠されているが、門は軽々と飛び越えることができるので、問題なかった。
正直、わざわざグラウンドまで来たのに、また校門までもどって駅を目指すのはかなり遠回りだ。俺も今日はこっちを使わせてもらおうと、南門へと進んだ。
しかし相変わらずボロボロだなと校門から旧校舎を見上げる。木造でできているこの校舎は、おそらく何十年もまえに作られたのだろう、立ち入り禁止にしているのは、どこもかしこもボロボロで、いつ倒壊してもおかしくないからだそうだ。いつ壊されるんだろうと旧校舎を見上げると、そこには女の子の姿が見えた。うちの高校の制服を着ている彼女は、いまにも飛び込むんではないかと思わせるほど、策に手を置き体重を外側にかけている。
なんであんなところに・・・。
まずい、このままではあの人・・・
気が付いたら走り出していた。旧校舎の昇降口はすぐそこにあったので、とにかくがむしゃらに走り出した。

