君のシャッターが俺の終わりを止めるまで

夏の予選、うだるような暑さの中、30歳手前になった晴馬は、母校の野球部にいた。
「今年はもしかしたら行けるかもしれないな。甲子園に」
 観客席の隣には健吾がいた。彼は高校卒業後に大学に進学し、教員免許を取得し、今は母校とは別の高校で野球部の監督をしている。自身の高校は初戦で敗退してしまったらしく、今日の応援に駆け込んできたようだ。
「ああ、俺が面倒見てるんだ。当たり前だろ」
 晴馬は高校卒業後、大学に進学し、理学療法士つまりリハビリの専門家になる道へと進んだ。今は地域の整形外科クリニックに務める傍ら、母校のチームのコーチ兼トレーナーを務めていた。
 かつてのように自分が投げることはできないが、選手たちの体とメンタルのケアをチェックし怪我を未然に防ぐ彼の眼差しは現役時代よりも鋭く、そして温かい。
「君たちは野球のことで頭がいっぱいだね。少しはかまってよ」
健吾とは反対側の隣にはあかりがいた。
 あかりの視力は文化祭が終わって間もなくして、全盲となった。いまでは光を感じることしかできないそうだ。
 かつてのように街を歩き回って写真を撮ることはできない。
 けれど、彼女の手には今もカメラがある。
 彼女は今、『音と気配で撮る写真家』として、視覚障碍者やリハビリ中のアスリートを被写体にした写真を撮っている。この夏にはそれらを載せた写真集も販売していた。
 かつて晴馬があかりに『音』を教えられたように、今は晴馬があかりの『目』となり、光の方向を指し示す役割を担っている。
晴馬の右手は、もう重いボールを投げるための道具ではない。 選手の肘をケアし、あかりの細い指をとり、段差がある場所で彼女を導くための、優しく力強い「支え」になっている。
「あかり、あそこに入道雲がある。あの夏の日と同じやつだ」
「撮って。晴馬がシャッターを切って。私の代わりに、今の光を記録して」
あかりからカメラを受け取り、晴馬はファインダーを覗く。 かつては自分を追い詰める象徴だった「野球場」が、今は二人にとって、一番心安らぐ、光に満ちた仕事場になっていた。
カメラのシャッター音が、一回。 それは過去を惜しむ音ではなく、今の幸せを確認する音。
「……ねえ、晴馬。野球を辞めたあの日の自分に、なんて言ってあげたい?」 晴馬は少し考え、あかりの肩を抱き寄せて笑う。 「『お前の右腕が壊れたおかげで、俺は世界で一番美しい光を見つけられた』って、胸を張って言うよ」
二人の前では、新しい世代の球児たちが、泥にまみれて白球を追いかけている。 失ったものは二度と戻らない。けれど、失ったからこそ手に入れた「新しい視界」が、二人の未来をどこまでも明るく照らし続けていた。