君のシャッターが俺の終わりを止めるまで

あの試合から一週間がたった。俺はいま校門であいつのことを待っている。
 あの試合の日に、とうとういい写真が撮れたと喜んでいた。俺の事を救えたと喜んでいた。
 この一週間、あかりとは一切会えなかった。彼女が文化祭で披露する作品展の準備をするためだ。実を言うと、一週間前の試合を見ていた段階で、まだなにも手付かずの状態だったらしい。毎日夜遅くまで残って作品展の準備をしていたらしい。
 手伝おうかと申し出たが、断られた。準備段階で見てほしくないのだそうだ。そんな声をどこからか聞いてきた桜井先輩が、引退したほかの先輩部員を誘って手伝ってくれたらしい。一度差し入れを持って行ったときに、入り口であかりにそう説明された。もちろん中は見せてもらえなかったが、楽しそうに準備をしている先輩たちの声色を聞いていたらなんだか焼きもちまで焼いてきた。だが、あかりには君のための作品展でもあるからと、絶対に入れてもらえなかった。
 昨日は美術の先生と夜遅くまで準備に追われていたそうだ。
 数日前から異彩を放っている華やかにデコレーションされた校門では、外で飲食店を出店するクラスが、わいわいがやがやと楽しそうに準備をしている声が聞こえてきた。
 うちのクラスは、結局休憩室を作った。休憩室と言っても、クラスの女子がメイドの格好をしてきちんと接客をする。簡単な軽食やドリンクを男子が作るといった感じで、一応はクラスとしても満足できる出来で本番を迎えることができた。
 はじめは、飲食もなくただ椅子を並べて無人の休憩室を作ろうなんて案が採用されていた。うちのクラスは運動部が多く、準備に使える時間も少なかったからだ。だが、文化祭実行委員がその案を白紙にし、検討を重ねてせめてみんなの思い出になるようにと今の形にすることにした。
 毎回クラスでの話し合いには参加していたが、意見はなかったし、それどころでもなかった俺は、どうでもいいやとさじを投げていた。クラスの男子がほとんどそんな状況だったが、実行委委員が提案したメイド服というワードに、ほぼすべての男子が手のひらを反すのだった。
 女子の方はというと、反発するものが多少なりともいたことは事実だが、大半の女子がその意見に賛成していた。手芸部を務める実行委員の女の子が書き上げてきた、メイド服がかなり好評だったのだ。
 その後実行委員を中心に、衣装や内装を女子が担当し、飲食に関することは男子が担当し、準備を進めた。
 幸い、予定通りに事が進んだので、俺らのクラスは焦ることなく今日を迎えることができた。ちなみに俺は、健吾と同じ時間帯に調理をするグループに入っている。
 一方のあかりがいる1組は、演劇を披露するそうだ。
目の状態もあるし、あかりは裏方だろうかと思っていたが、あかりは個人展をやるということもあり、演劇には関与をしていないらしい。
 そうこうしてるうちにあかりが校門までやってきた。
「おはよう」
「やあ、おはよう」
 あかりの目の下は少し黒くなっていた。見るからに疲れ切っていた。
「大丈夫か?」
「うん。エナドリたくさん飲んできた」
「それはそれで心配だな」
 くすくす笑いながら答えると
「晴馬君は笑顔が似合うね」と手に持ったスマホで撮影してきた。
「一眼レフで撮らないの?」
「一眼レフは作品として撮るの、今のは私の思い出としてとってるからいいの」
 すこし、ほんの少しこっぱずかしくて照れていると。
「朝から校門前でいちゃつくなよ」
 健吾が俺の右肩をパーンと叩いてきた。
 あの試合の次の日、学校で健吾に怒られた。
「おまえ、試合中に叫ぶとか恥ずかしくないのか?」
「しかたないだろ。エースがだらしない投球してるんだから」
「しかもよく見たら、飯島も隣にいたよな?デートでくんなし」
「でも、おかげで助かっただろう?」
「調子に乗るなよ。でも、ありがとう。助かった」
とまあこんな感じだ。
 俺も文化祭が終わったら、練習にちょこちょこ顔を出そうかと思っている。
 健吾とあかりと一緒に昇降口へと向かった。不思議ちゃんと呼ばれていたあかりは、い
まだにそう呼ぶ生徒もいるが、俺と話している姿を見ているからだろうか、案外普通の女の子であることが浸透しつつある。健吾もその一人だ。
 昇降口で上履きに履き替えると、健吾はクラスへと向かっていった。
俺とあかりはまっすぐあかりの作品展の会場である美術質へ向かった。
「私の成果を晴馬君に一番に見てもらいたいんだ」
「そっか。たのしみだな」
「でも君は芸術がわからないだろう?」
「わかんない。でもあかりが撮った写真ってだけで見る価値はあるだろ」
 美術室と書かれた教室の前は、あかりが以前撮ったであろう風景の作品がきれいに張られていた。
「これ・・・」
 オレンジ色に染まった夕焼けをバックに撮られた黄金色の稲穂。
 どこかさみし気なさびれた廃線路。
 忘れ去られた旧校舎からの風景。
 イチョウがずらりと並ぶイチョウ並木。
 アーケードが昭和味をさらけ出す商店街。
 ここ最近で撮られた写真もしっかりと展示されていた。
 こっちこっちと促されて教室の中に入ると、過去に撮ったものだろうか。
様々な風景を縁取られた写真が教室に貼られていた。
教室の前方。本来黒板があるその位置に展示された写真に目が泳いだ。
そこには、大きく印刷された作品が展示されていた。
「これが今回の作品展の目玉だよ」
 タイトル:エースの再生
 そこには秋の少し肌寒い中、熱い戦いをしているかつての戦友にエースの魂を叫び終わり、少し口角を上げている俺の口元の写真があった。役目を終えて、未練もきえて、新たな道へと進もうとしている覚悟の現れでもあった。
「なんだこれ、はずかしいじゃんか」
「君は私と長い時間を過ごしたってのに、いまだに芸術がわからんのかね」
「芸術はわからん。でももがいてたお前が懸命に撮った一枚だ。きっと素晴らしい作品なんだろうし、俺は誇らしいよ」
「そうだね。人生最高傑作だよ」
 あかりは写真をなでるように触っていた。
 しばらくあかりの作品を眺めていると。
「何をしているのかね?」
 と美術の先生が入ってきた。
「きみが例の、再生少年だね?」
「坂本です。そんな呼び方しないでください」
 隣であかりがクスクス笑っていた。
「すまない。すまない。君はいい被写体だね」
 エースの再生、その作品を目の前に先生は感無量といった表情で作品を見ていた。
「私ちょっとトイレに行ってくるね」
 あかりが教室からいなくなってしまった。今初めて喋った先生と二人きりになってしまった。
「坂本君は、飯島さんのことは知っているのかい?」
「声の事ですか?それとも・・・」
「うむ。知っているんだね。彼女にも話したが芸術を愛するものにはたまに現れるのだ。彼女のようにハンデを背負うものが。いや、ハンデがあるからこそこれほどまでに素晴らしい作品を生めたのかもしれない」
「もう、あまり時間がないみたいです」
「そうなのか・・・。それは残念だが、彼女なら大丈夫だろう。強い子だ」
「そうでもないですよ。だから、俺がついてます」
「そうか。なら心配いらないね。彼女は視力を失っても、声が聞こえる限り作品を生みだせるだろう。その時は君が隣にいてあげなさい」
 先生は言い終わると、じゃあと言って教室から出て行った。
 あかりが視力を失った後も写真を撮るかはわからない。それでも、俺はあいつの為になりたい。あいつが俺の為に頑張ってくれたから。
「ただいまー。あれ?先生は?」
「もう行っちゃったよ」
「そっか。私たちも行こうか」

 午前中は健吾と一緒に店番をしていた。
 やることは単純。ドリンクの注文はグラスに注ぐだけ、食べ物の注文は作り置きしてあるものをチンするだけ。そんな単純作業を健吾と他数名で回していた。あきらかに女子の方が大変だなと思ったが、かわいいメイド服にテンションが上がっているのか、彼女たちから文句は一つも出なかった。
 昼時にはすこしピークが来たが、事前のオペレーションが功をなし、難なくこなすことができた。
 午後はあかりと合流し、あかりのクラスの演劇を見に行った。演劇を見つつ、あかりが隣であれは水泳部の子とかあれは図書委員の子とか、いちいち説明をしてくれた。
 俺以外にもちゃんと交流しているんだなと思っていたが、今回の作品展をきっかけにクラスの連中が積極的に話しかけてくるようになったらしい。行動は不思議ちゃんかもしれないが、話せば普通の女の子であることがみんなに浸透したのだろう。
 喜ばしいことのはずなのに、俺だけが知っていたあかりがみんなのものにもなってしまうことに少し寂しさすら感じてしまった。
 演劇を見終わった後、ほかのクラスを回ろうかといろいろ考えていたが、あかりから提案をされた。
「私、行きたいところあるんだよね」
「どこのクラス?」
「ついてきて」
 あかりに手を引かれついていく。
 なんとなく予想はついていたが、黙ってついていくことにした。

 昇降口で靴に履き替え、校舎を抜け、グラウンドを抜け、やってきたのは旧校舎。
 俺たちが初めて話したとこだ。
 ここに来るのは久しぶりな気がする。埃臭いこの感じが懐かしい。あかりと二人で屋上までやってきた。そういえば前回ここのドアノブは壊れていたはずでは?と思ったが、俺がドアの隙間に外れたドアノブを置きっぱなしにしておいたおかげで、今も少し隙間を開けていた。
 ドアを開けると空気が一気に流れ込む。新鮮な空気が肺いっぱいに広がる。
 ドアが閉まりきらないように気を付けながら、屋上に出た。グラウンドの向こう側ではみんなが文化祭を楽しんでいる音がする。
 するとあかりがいきなりフェンスから身をのりだし始めた。
「お、おい。なにしてるの」
「君こそ何をしているのかね?ここは立ち入り禁止だよ?」
 彼女はニタニタしながら俺の方へ振り返った。俺たちの初めての会話の再現だ。しょうがないから付き合うとしよう。
「下から見て、君が飛び降りるんじゃないかと思って」
「いま集中したいから少し待ってくれるかな?」
 あかりはポケットからスマホを取り出し、ポカンとしている俺の写真を撮りだした。
「ここから見える夕焼けはかなり絵になるんだよ」
「まだ夕日が見えるような時間じゃないだろう」
「ちょっと、ちゃんと再現してよ」
 あかりはすこしおどけた顔をして、グラウンド側へ振り返った。
「最初、君が来たときは心底驚いたよ。本当に。でも、君でよかった。ありがとう」
「何言ってんだよ、こちらこそだよ」
「私のわがままにもたくさん付き合ってもらっちゃった。君はいやな顔はしてけれど、それでも私のわがままに付き合ってくれた。ありがとう」
「こちらこそだよ」
「君は私に救われたと思っているのかもしれない。でもね、君も私をたくさん救っていたんだよ?ありがとうね」
「こちらこそ」
「私の目はもう時間の問題みたい。自分で撮った最高傑作すらぼやけてしまっている。それでも、まだ目が見えるうちに、君と出会えてよかったよ」
 手ぶらになっているあかりの左手をぎゅっと握った。
「あかりが、俺のモノクロだった心に色を与えてくれた。今度は俺が、お前の人生に色をあたえる番だな」
「君は・・・それでいいのかい?」
「大好きな人の為だ。あたりまえだろ」
 あかりの体をそっと寄せて、軽く唇を重ねた。
 秋の風が体を突き抜ける中、しばらく二人は抱き合った。