彼氏の裏アカウントを見付けてしまった。
SNSなどほとんど利用しない私だけど、芸能ニュースで有名人がSNSで何かを発表したとかの記事を見ていると、知らないうちにそのページに飛ばされていた。本当にどうでもいい。芸能人が何か不用意な発言をしただとか、キレイすぎる何とかや、カワイすぎる何とかだとか、「すぎる」という言葉が軽すぎる気がしすぎる。本当にもう、良すぎる私の頭脳が、混乱しすぎるわ。
まあ、そんなこんなで、久し振りにSNSを覗いてみた。
特に気にしていることもないし、AIネコの有り得ない動画を見て癒されるしかない。いや、そのタイミングで「ごにゃん」と鳴いて、両手を合わせてスリスリとかしないから!!
新着に上がっているそんな動画や画像を眺めていると、ふとある画像が目についた。その画像は、SNSが大キライだと言っていた彼氏が、堂々と箸を掲げて写っていた。「隠れ家的なメシ屋を探せ!!~でも、誰にも教えない~」という何とも言えないネーミングセンス。というか、教える気がないなら、こっそり日記でもつければ良いと思う。
でも、食べ歩きのブログや記事であれば、私に内緒でやらなくても、一緒に行って、一緒に食べて、一緒に記事を上げれば良いのに。わざわざ「オレSNSキライなんだ」とか呪文のように呟く必要もないだろうに。
半年ほど前に開設された食べ歩きの記録は、毎週更新されていて結構数が多い。
パラパラと確認していくが思い当たる場所が一箇所もない。
店名や住所は記載されていない。
知らない場所。
画像も机に並んだ食べ物の画像がメインで、周囲の様子も伺い知ることができない。毎週必ず1枚は増えている画像。
私が知らないお店。
たまに、彼氏が食べているシーンが挟まれている。
それ、誰が撮っているの?
「ネットの特定班と呼ばれる人たちが使うスキルがある」と、怪しげなその道のプロという人が、自慢げに説明していた方法。画像をアップして、その眼球に写っている情報を特定するために利用する。何それ?「レインボーブリッジ閉鎖できません!!」とか、テレビの見すぎなんじゃないの。悪態をつきながらも適当に画像をアップしていみると、見事にスマホを構える女性が写っていた。しかも、片手はピースサインをしている。間違いなく、捜査の撹乱、いや彼女に対する煽りだ。いつか、裏アカウントをみつけた私に対する悪意だ。というかさ、普通の人は絶対気付かないと思う。私も一週間以内に、警察のイメージアップ24時を見ていなければ、華麗にスルーしていたと思う。この浮気相手、チャレンジがすぎる。もう、すぎるが多すぎる。
でも、全部の画像を確認して分かったけれど、彼氏の眼球に写っている女性は、すべて同一人物だった。
彼氏とは3年近い付き合いで、ケンカをすることもあったけど、それなりに上手くいっていたと思う。就職して2年目になり、お互いに任される仕事が増えてきて、平日の夜に会うなんて元気もなくなっていた。話しをする時間も短くなり、口を開けば上司の愚痴が大半を占めるようになった。ゴマすり男がうざいとか、お局社員って本当にいるんだよとか。「愛している」とか、食べられないし、お金にもならない。残業の代わりもしてくれない。
だからなのかな。
だから、私を誘ってくれなかったのかな。
でも、どんな理由があっても、浮気は赦せない。
浮気をするなら、ちゃんと別れ話をして欲しい。
浮気は絶対に赦さない。
だから、23時をすぎた頃に電話をして、きっぱりとお別れした。
翌日、いつも通りに起床し、いつもの電車に乗り、いつもの時間に出社した。
自分のデスクに座ると、途中のコンビニで買ったカップのアイスコーヒーにストローを挿す。
「おはよう。あれ、珍しいねブラックとか飲んでるの。いつもはカフェオレなのに、ちょっと大人のオンナぽく見せてる?」
「おはよう。なに言ってるの―――よ―――」
ミルクもシロップも入っていなかった・・・
「なに?入れ忘れただけ?そうだよね。今さら大人のオンナなんて」
「今さらって何?今から、なるんだけど!!」
別れ話をしたら、あっさり「うん、分かったよ」だって。
もう、思い知らせてやる!!
もう、激おこプンプン丸だよ!!
アンタが誰にも知られたくないという裏アカウントに載せてる秘密のお店。全世界に公表してやる!!検索の女王、サーチ・クイーン、といつか呼ばれたい私の力を見せてやる!!
それから午前中を使い、業務用のスペックが高いパソコンを駆使して、僅かな情報を元にアップされていたお店のうち90パーセント以上を特定した。しかも、お店の名前、所在地、電話番号、営業時間を一覧表にした。我ながら、素晴らしい仕事ぶりだと思う。
一覧表を見詰めながらウンウンと頷いていると、不敵な笑みを浮かべた上司に呼ばれた。
「キミ、午後から取引先に出張ね。社用車で行ってね。先に言っておくけど、日帰り扱いだから宿泊費とか出ないよ。ああ、直帰でオッケーだから」
「は?」
行き先の名前と住所を確認した私は、思わず素で反応をしてしまう。
確かに私は営業担当ではある。しかし、基本的には近距離のルート営業で、呼ばれない限りは会社で事務仕事をしている。だから、ほとんど遠隔地に行くことはない。しかも取引先がある場所は電車が通っていない山間部で、高速道路を利用しても3時間以上とかいう地獄の一人旅。雲が近い県境の峠。遭難するかも知れない、が冗談に思えない。あ、クマスプレーは経費で落とせるのだろうか?
明日は金曜日だし遅くなっても問題がない、とは言えるけれど。こんな1年に1回注文があるかどうかの取引先に、わざわざ出向く必要があるのだろうか。
不満全開で文句を言おうと口を開けた瞬間、課長が先にニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「ここは、1年に1回程度の注文しかないが、大口先だ。毎年誰かが挨拶に行っている。いつもなら、係長が行くのではあるが」
「あるが?」
「その一覧表。業務ではないよな?ペナルティということだ。業務用パソコンで食事処を探すんじゃない」
あ・・・
「喜んで、行かせて頂きます」
こうして、私の一人旅は確定した。
準備ができれば直ぐにでも出発しなければならない。
「課長、それでは行って参ります」
社用車のキーを取り、直帰することになるため課長に挨拶をする。
「おお、そうか。気を付けて行ってこい。スピードを出し過ぎないようにな。ちゃんと先方の社長にも挨拶するんだぞ。手土産は持ったな?知らない人について行くなよ。ああ、クマスプレーは経費で落ちないからな。それと―――」
そんなに心配なら課長が行って下さい。マジで、お願いします。
ナビで確認すると、高速道路を利用しても国道を走り続けても3時間であった。そのため、気分転換を兼ねて国道を進むことにした。それに、訪問先に向かう国道沿いに、裏アカウントに掲載されていたお店があった。手始めに、そのお店を血祭り、ではなくて全世界に公開して客を増やそうと思う。いつ行っても座れない、というようなお店にしてやるぞ。思い知れ!!
車に乗ると豹変する、という人がいるが、私もそれに漏れることなく人が変わるようだ。いつもは可愛い標準語なのに、車に乗ると行ったこともない広島弁になる。文太が悪い。
自分の車を持っていないため、こうして長時間車に乗ることがない。以前は元彼が色んな場所に連れて行ってくれた。だから、県内で行ったことがないデートスポットは無いと思う。
でも、いつ頃からか、私の部屋でゲームをすることが増えた。
外食することが無くなり、弁当で済ませることが多くなった。
メッセージのやり取りが減った。
既読がスルーどころか、既読にならないこともあった。
電話とか、待ち合わせ以外でしたことがない。
「ふう」と、大きなため息が出る。
ため息を吐くと幸せが逃げる、とか言うけど。それが本当なら、人類は全員幸せにはなれない。だって、1人では生きていけないのだから、人間は愛する生き物なのだから、ため息を吐かずにはいられない。
道の駅で小休止を取りながら走ること2時間40分。取引先まで残り5キロという時点に目的地はあった。いや、ゴールは取引先だけど。時刻は午後2時55分。閉店は午後3時。ぎりぎり間に合った。当然のことながら、取引先に訪問するのは後回し。
まだ赤色灯がクルクル回っている駐車場に車を停め、のれんが掛かっている引き戸を開けた。
「セーフ」
のれんを潜ると同時に両手を広げると、カウンターの中にいた老齢の夫婦が同時に笑った。
「いらっしゃい」
「もう閉めようと思っていたが、開けておこうか」
「あ、すいません。盛り蕎麦をお願いします」
店内にはお客さんの姿は無かったものの、思い切り注目されたため顔が熱くなった。この年になって「セーフ」とか、他人がやったらニヘラと笑うしかない。
窓際の4人席に1人で座り、注文した蕎麦が運ばれてくるまで待つ。
元彼曰く、この蕎麦屋は知る人ぞ知る名店で、宣伝など一切しないものの土日ともなれ県外からも通ってくる人がいるらしい。その記事の説明によると、お店を経営しているご夫婦は全国各地を移動しながら蕎麦を打ち続けてきたそうだ。そして、やっと満足できる蕎麦粉と湧き水をこの地で見付け、永住することにしたと。だから、このお店の蕎麦が食べたくて、全国各地からファンが追いかけてきているという。
しばらく待つと、目の前に見たころがある、盛り蕎麦が置かれた。
「どうぞ。食べ終わったら、蕎麦湯をつゆに入れて飲んでね」
「いただきます」
市販の蕎麦とは違い全体的に白っぽく所々に黒い点がある。確か、星とか呼ばれる蕎麦の実や皮が混ざっている部分だ。自然なコントラストとバランスが白々しくなく、手打ちだということを主張している。向こう側が見える訳ではないのに透明感があり、顔を近付けると微かに鼻を通り抜ける香りがする。
まず、つゆにつけず、蕎麦をそのまま口に運ぶ。
箸で掴んでも簡単に切れることはなく、そのまま口の中に入る。その瞬間、口の中に蕎麦の香りが広がった。腰があり、噛むと適度な圧力でプチプチと切れる。噛み締めると、再び少し青臭い蕎麦の香りが鼻を抜けていく。
もう、手が止まらない。今度はつゆにつけて一気に啜った。上品とはいえないが、蕎麦を食べるということはこういうものだ。白いブラウスが汚れないように、カバンからハンカチを取り出して首に装着した。準備万端。これでもう、私を止めるものは何もない。
リミッター解除です!!
ズルズルと音を立てながら思い切り啜る。
美味しい。いや、美味いと言った方が気持ちが乗りそうだ。
美味い!!
そして、ズルイ。
こんな美味しいものを、アイツは独り占めしてきたなんて。
あ、2人だった。
そうか、そうだ。
私は一度も美味しいお店に連れて行って貰ったことがない。
仕事が忙しいとか、家族が急病になったとか、湿度が高いとか。様々な理由で日曜日に会うことを断られ続けてきた。
これ、だったんだ。
そうか、浮気相手は私の方だったのかも知れない。
一心不乱にズルズルと蕎麦を啜る。
3年も一緒にいたのに。
何度もケンカしては仲直りしてきたのに。
「好きだよ」って何百回も言ってくれたのに。
誕生日に貰った指輪をずっとつけていたのに。
会社の飲み会も全部断ってきたのに。
でも、去年のクリスマスは仕事だって。
バレンタインデーは熱が出たって。
貴方の誕生日は既読すらつかなかった。
盛られていた蕎麦が無くなった。
「蕎麦湯を入れるね」
タイミングを見計らい蕎麦湯がたされた。
ひとくち啜る。
熱い。
微かな蕎麦の香りと口の中に広がる甘味。
とろりとした独特な口ざわりがなぜか安心する。
美味しかったな。
もう食べ終わってしまった。
ああ、終わってしまったんだ。
終わったのか。
いつのまに味変したのか、甘かった蕎麦湯が少し変わった気がする。
蕎麦屋を後にし、いざ取引先に向けて出発する。
のんびり食べていたため、もう16時になろうとしている。一般的に会社の営業時間は17時までだ。大丈夫だとは思うが、ドキドキしながら取引先の来客用スペースに駐車した。
大きな事務所ではないが、窓ガラス越しに10人余りの従業員の姿が見える。私は急いで正面のドアの前に駆け寄り、自動ドアが開くと同時に中に飛び込んだ。
「セーフ!! あ」
仕事をしていた従業員が振り返って私を見詰めている。その全員が、ニヘラと笑っていた。
無事に取引先に挨拶を済ませ、社用車に会社のカードでガソリンを満タンにすると、もう二度と「セーフ」はしないと心に誓って来た道を引き返す。
昼食を美味しく頂いた蕎麦屋の前を通りすぎるとき、写真を撮ることを忘れていたことに気付いて停車する。そして良い感じにお店の外観を撮影すると、そのまま店名と住所を記載してSNSにアップした。お店の人には了承してもらっているので何の問題もない。私の記事にどれだけの発信力があるのかは分からないが、一人でも来店客が増えれば、お店にとってもお客さんにとっても良いことだと思う。
そして何より、ざまあ!!と思う
これからも、あの裏アカウントに載っているお店に行き、どんどん情報を公開しようと思う。
そして、後悔させてやる。
さあ、課長、次はどこに出張を指示するの?
どこにでも行きますよ!!
~ fin ~



