幕間
昔々、村の浜辺にひとりの人間が流れ着いているのを、漁に出ようとしていた若者が発見しました。
しかし、それは人間というには奇妙な姿をしていました。上半身は確かに人間の女の身体なのですが、下半身には鱗が生え、尾びれがついており、魚そのものだったのです。
最初は驚いた若者でしたが、どうにも弱っているその人魚を放っておけず、こっそりと家に連れて帰り、看病することにしました。
やがて人魚は意識を取り戻し、若者に礼を言いました。聞くと、彼女は仲間たちとともに沖で暮らしていたものの、数日前の嵐によって流されてしまったそうです。
一人ぼっちで見知らぬ土地に流れ着いてしまった人魚のことを哀れに思った若者は、彼女にずっとこの家にいても構わないと言いました。若者の家族は数年前に流行り病で亡くなっており、今はひとりで暮らしているので、誰かに人魚の姿を見られることもありません。
若者の優しさに胸を打たれた人魚は、彼のもとで過ごすことにしました。
彼はとても親切にしてくれて、自宅裏の池を広げて人魚が水浴びできるようにしてくれたり、漁で取れた小魚や海藻を分け与えてくれたりしました。
ふたりはやがて、惹かれ合うようになりました。
こうして、誰にも知られずともふたりは仲睦まじく暮らしていくのだろうと思っていたある日。
若者の家族を奪った病が、再び村を襲いました。
以前はその病魔の手を逃れた若者でしたが、今回は違いました。
床に伏し、漁にも出られなくなった若者は、日々弱っていきます。人魚は必死に彼の看病をしますが、若者の命がそう長くないことを察してしまいました。
その時、人魚はあることを思い出します。
それは、仲間たちの間で古くから言い伝えられている、とある伝説。
人間が人魚の肉を食べると、不老不死になるというものでした。
人魚は、どうしても若者に助かってほしいと思いました。
そうして、意を決して自らの肉を彼に与えることにしたのです。
意識が朦朧としている若者に、人魚の肉を一口与えると、彼の顔色はみるみる良くなっていきました。
もう一口与えると、なんと身体を起こせるまでになりました。
若者が人魚に礼を言い、何の魚を食べさせてくれたのかと尋ねても、人魚は微笑むだけで、答えてはくれませんでした。
すっかり身体を動かせるようになった若者のもとへ、ひとりの村人が尋ねてきました。
どうやら、若者の病状が回復したことを知って、その方法を教えてほしいと乞いに来たようでした。村人の家族もまた、病に伏していたのです。
しかし若者自身にも、何の魚を食べたのかわかりません。ひとまず村人の家族のもとへ行ってみることにしたのですが、そこで不思議なことが起きました。
若者が病人の身体に何気なく触れたところ、みるみるうちに快復したのです。どういうわけか、若者は病を治す力を手に入れていたのでした。
しかしそれと同時に、若者は自身の身体が重くなっていくのを感じます。
まるで、若者から病人へと生命力が受け渡されているような感覚でした。
村人とその家族から感謝されつつも、若者は気だるい身体を奮い立たせて急いで自宅へと戻りました。この力も、あの時人魚が食べさせてくれたものが原因に違いない。そう思ったからです。
ところが、家の中を探しても彼女は見つかりません。家の裏の池を覗いても、人魚の姿はありませんでした。
もしやと思い、若者ははじめて彼女と出会った浜辺へと向かいました。
果たして、そこには力尽きたように横たわる人魚の姿があったのです。
若者は驚いて彼女に駆け寄ります。そして、そこで初めて気が付きました。彼女の下半身が、途中から切断されていることに。
看病してもらっている間は気付かなかったその痛ましい姿に、若者はようやく、自分が何を口にしたのかを知ります。
抱き起こした人魚は、不老不死の言い伝えを彼に教えます。どうしても若者に生きてほしかったのだと、そう告げる人魚は息も絶え絶えでした。
おそらく、切断した面からどんどん生命力が流れ出ていってしまい、自身の命は尽きようとしているのだろうと、彼女は言います。
本当は若者に見つかる前にひとりで海に還ろうとしていたのだけれど、尾びれがない状態ではなかなか動くのが難しかった、と人魚は困ったように笑いました。
若者は最後に人魚を抱きしめると、彼女を海へと還してやりました。
人魚は長い時間をかけて、沖へ沖へと流されていきました。
若者は、人魚が言っていたような不老不死の身体にはなりませんでした。しかし彼女の肉を食べ、その血を身体に巡らせた彼には、触れたものに生命力を分け与える癒やしの力が備わりました。
病だけでなく怪我も治すことができるようになった彼は、医者として村人たちから崇められるようになりました。
それでも、彼は漁師として海に出ることを、生涯やめませんでした。
まるで何かを探すように、海に出ては遠い彼方を見つめていたといいます。
終わり

