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見慣れた商店街が、一年のうちでもこの日だけは様変わりする。
普段は夜八時にもなればあらかた店が閉まり、しんとした穏やかな夜の静寂の中に溶け込んでしまうこの商店街も、この日――未八祭りの夜だけは煌々と活気づく。
この長い商店街を抜けた先に祭りの中心地となる大きな神社があるため、祭りの日は商店街も通行止めとなり、道脇にたくさんの屋台が並ぶ。商店街に立ち並ぶ店も、普段の閉店時間を大きく過ぎても、この日ばかりは店を開けている。
綾人たちの待ち合わせ場所となったのは、その商店街の中でも端の方にある、一軒の駄菓子屋だった。小学生の頃は、遠足の前日に友人たちとここで駄菓子を買い漁ったな、と懐かしく思う。今も、店の中を覗いてみると、複数の子どもたちが楽しげに駄菓子を見て声を上げている。店主の老婦は綾人が小学生の時分にもうかなりの高齢だったように思うが、今でも健在のようで、シワの刻まれた顔ににこにこと朗らかな笑みを浮かべて子どもたちの応対をしている。
その光景を微笑ましい気持ちで眺めた後、スマートフォンに視線を落とす。集合時間より十分も早く着いてしまったため、まだ綾人の他には誰も到着していない。だが、グループトークの画面には「もうすぐ着く!」「時間ぴったりになりそう」というメッセージが並んでいるので、今のところ遅刻してくる者はいなさそうだった。
八月の上旬ともなれば、夜とはいえ暑さはなかなか和らぐことがない。せいぜい「昼間よりマシ」という程度だ。
襟元を指で掴み、首元にパタパタと風を送っていると、聞き慣れた声に名前を呼ばれた。
「おーっす! お前相変わらず早いなー」
声の方を振り向くと、千羽哉が片手を上げてこちらに近付いてくるところだった。私服姿の彼を見るのは久々な気がする。柄入りのシャツは自分なら絶対に着ないと思うような派手さだったが、和の雰囲気をあしらったものであるためか、祭りの夜には妙に馴染んでいるようにも思えた。
「ギリギリになって焦るより早めに来て待ってる方が、気持ち的に楽だからな」
「そういうところ、意外ときっちりしてるっつーかなんつーか」
そう言いつつも、時計を見るとまだ五分前だ。回数は少ないが、これまでに待ち合わせをしたときも、千羽哉は数分前には到着していた印象がある。適当な印象があるが、なんだかんだで彼自身も「意外ときっちりしてる」のだろう。
「女子ふたりは、時間ぴったりらしいけど」
「女の子は準備に時間かかるよなー。なにせ今日は浴衣! だし!」
両手に握りこぶしを作り、千羽哉がうっとりと夢見心地の顔になる。大方、静の浴衣姿にでも思いを馳せているのだろう。
今日、静は一足先に茉白の家に行き、そこで着付けをしてからふたり一緒に来ることになると聞いている。性格の正反対そうなふたりがどのようなコミュニケーションを築いているのか、いささか気になるところではあるのだが。
などと考えていたところに、「おーい!」と声がかかる。
ふたりして声の方を見ると、見慣れたふたりが見慣れない姿でこちらに近付いてくるところだった。カラコロと、下駄の歯が涼しげな音を鳴らす。
「おお……」と傍らから小さく歓喜の声が上がる。
茉白は、白地に青と紫の百合の花柄をあしらった浴衣だった。太さの違う黒のストライプが間隔を空けて交互に入っており、紺色の帯も相まって引き締まった大人っぽい印象に仕上がっている。髪は後ろでひとつにまとめてあり、白い花のかんざしが留められていた。
一方、静は紺地に赤とピンクの牡丹という華やかな柄の浴衣だ。帯も赤色で、カジュアルな雰囲気が不思議ととても似合っていた。茉白と比べると短いボブカットの髪にもアレンジがほどこされており、片側を編み込んでピンクと黄色の花を模したヘアアクセサリーで飾っている。
「めっっっちゃくちゃかわいい! ふたりとも!」
堪えきれないといった様子の千羽哉が声を上げると、茉白はにこやかに笑う。
「ほんと? ありがとう!」
こういうときに照れることなくすぐさま感想を述べられるのは、何気にすごいと思う。
茉白が千羽哉に向けていた視線を、ちらりとこちらに移してくる。自分もなにか言った方がいいだろうか、と考えていると、女子ふたりからは見えない位置で千羽哉に肘で小突かれた。
「うん……似合ってる、と思う」
我ながら月並みな言葉しか出てこなかったが、それは決して取り繕ったものではなく、本心からだった。
いつもの溌剌とした茉白の印象とは違い、しとやかで落ち着いた印象の浴衣をまとった彼女は、なんだか自分の知っている人物ではないようで、変にどぎまぎしてしまう。
大した感想も述べられなかった綾人だが、それでも茉白は嬉しそうに、
「ふふ、良かった」
と笑って僅かに頬を染めた。
「ヨネ、髪結ってるの珍しいな。初めて見たかも」
千羽哉がそう言うので目を向けると、静が編み込みのあたりをちょいちょいと指先で触る。
「小浜にやってもらったんだ。自分じゃこんなの出来ない」
確かによく見てみると、サイドの編み込みだけでなく頭頂部と後頭部の間あたりの髪もねじってピンで止められているなど、凝ったアレンジが施されている。静が出来ないというのなら、日頃から雑なヘアセットしかしていない綾人など、再現してみろと言われても完全にお手上げだろう。
「へぇ。器用だな」
素直に関心してみせると、茉白は得意気に胸を張る。
「こういうの好きなんだよね! 特に今日は滅多にない浴衣ってことで、いつもより頑張ってみました」
ピースサインを作ってみせる茉白に、何故か千羽哉が「グッジョブ、小浜!」と盛り上がっている。
さて、賑やかなのは良いが、いつまでも駄菓子屋の前で屯していては、店に迷惑だろう。
「行くか」
と綾人が声をかけると、他の三人も頷き、祭りの夜が始まった。
神社へと続く道は、この町にこんなに人が住んでいたのかと驚かされるほど、賑わっている。金魚すくいにスーパーボールすくい、焼きそばにたこ焼きにかき氷と、祭りといえばこれ、というようなラインナップの屋台が、ずらりと軒を連ねている。ただ、綿あめの袋やお面に印刷されているアニメのキャラクターは、綾人たちが子どもの頃に見たものとは違う顔に変わっていた。
「めちゃくちゃ腹減ったわ〜。何食べる?」
「まずは飯系じゃないか? 焼きそばとか、たこ焼きとか」
「屋台で売ってる串焼きってなんか妙に惹かれちゃうんだよねぇ」
「あたしは甘いものがいいな」
口々に食べたいものを言い合いながら、屋台を渡り歩く。各々が好きなものを買って、両手がどんんどん塞がっていく。ジャンルのばらばらな食べ物が次々に集まっていく様は、あまりにも自由だった。
「小浜、お前結構がっつり食うんだな」
茉白が両手に持った牛串と棒状の揚げ物のようなものを見て言うと、後ろから小さく静の「デリカシー……」という呆れたような声が聞こえた。しかし当の本人は全く気にする様子もなく、
「今日はね、お祭りだから特別にカロリーとか気にしなくていいことにしてるんだ!」
そう言って彼女は揚げ物にかぶりつく。と、中から白いものがみょーんと伸び出てきた。
「なんだ、それ?」
「チーズハットグ。知らない?」
口をもごもごさせながら尋ね返す彼女に、首を横に振る。
「韓国のアメリカンドッグみたいなやつで、ソーセージの代わりにチーズが入ってるの。美味しいよ」
「へぇ」
「食べる?」
そう言って半分ほどかじられたそれを、ひょいとこちらに向けられる。思わず怯んでしまうと、「あ、食べかけは嫌だよね」と彼女はそれを引っ込めた。
「いや、その……」
「じゃあ、こっち食べる?」
そう言ってもう片方の手に握られた、牛串の方を差し向けてくる。
……まあ、こっちの方がまだ、直接かじっていない分、なんというか。
妙な気まずさを感じているのが自分だけのようで、余計にいたたまれなくなるが、ここで頑なに固辞すれば、さらに変な空気になるだろう。密かに緊張しながら、彼女に差し出された牛串にかぶりつき、ひとつもらった。
正直、味は今ひとつよくわからなかった。おそらく、特別うまいわけでもまずいわけでもない、普通の肉なのだろう。
それでも、茉白の「美味しい?」と問いかけてくる笑顔を見ると、頷く以外の選択肢はなかった。
「……もらったし、お前もひとつ食えよ。たこ焼き」
そう言って片手に持っているたこ焼きを差し出すと、彼女は顔を輝かせた。
「やった! 実は、ちょっと狙ってたんだよね」
「さてはお前、最初から交換条件持ちかけるつもりだったな」
「そんなことないよ~」
いただきます、と言って使っていない方のつまようじを手に取ると、プラスチック容器に並んだ大ぶりのたこ焼きのひとつを刺し、口を開けて頬張った。
「ん、美味しい!」
「そりゃ良かった」
頬を膨らませて満足気にしている彼女の飾らなさに、思わず笑みがこぼれる。
使用したつまようじを容器の空いている箇所に戻したところで、彼女は前方を見て「あっ」と声を上げた。
「静ちゃんが見てるのなんだろう、チョコバナナかな?」
そう言って小走りで寄っていく茉白の後を、「甘いもんは別腹ってやつか」と思いながらゆっくり追っていく。
「青春だなぁ……」
突然ぬっと横から出てきた千羽哉に、思わず肩を跳ねさせる。
「っと、びっくりした。気配消して近付くんじゃねぇよ」
「いやー、なんつーかさ。高校最後の夏にマジで良い思い出ができたなって」
そのように語る千羽哉の瞳は思いのほか穏やかで、その視線はチョコバナナの屋台に並んでいる女子ふたりへと向けられている。色とりどりのチョコバナナを顔を寄せ合って眺めながら、どれにするか相談しているようだ。
「お前が誘いに乗ってくれたおかげだよ。サンキューな」
そう言って綾人に笑いかけた後、彼は手に持った焼きそばをずぞぞぞっとすすった。
「……誘いに乗ったっつーか、半ば土下座する勢いだったからな」
「なはは」
口をもごもごと動かしながら、千羽哉が笑う。
相変わらず能天気そうに見えるが、彼なりに色々と頑張っていることは、この前の大会で知ったつもりだ。
「……俺はせいぜいお膳立てぐらいしか出来ねぇからな。後は自分で頑張れよ」
「わーかってるよ」
咀嚼していたものを飲み込み、ふ、と息を吐くように笑った千羽哉に、
「で、お前は?」
と問いかけられる。
てっきりこのまま会話が終了するものだと思っていたので、思わぬ矛先を向けられたことに、一瞬反応が遅れた。
「……何が?」
「小浜のこと」
つい、と千羽哉が顎先で、少し離れた屋台のところにいる茉白を示す。
「まだ付き合ってねぇんだろ? でも、これからどうするつもりなのかなーと思って」
「……いや、俺は」
どうするも何も、茉白とはそういう関係ではない。
すぐさまそう言い返せず、口ごもってしまったのは、なぜなのか。
「ねえ、見て! かわいい!」
少し離れたところから、茉白がこちらを振り返って笑う。
その手には、買ったばかりのチョコバナナ。パステルブルーにコーティングされ、カラフルなチョコスプレーをまぶしたそれを掲げて、屋台の明かりよりもきらめいた笑顔を、彼女はこちらに向けている。
どうするつもりなのか。どうしたいのか。
過ぎていく夏に、そして高校最後のこの年に。自分はなにかを残すことができるのか。
心の中に生まれた小さな困惑とわだかまり、そしてむず痒いような気持ちを引き連れて、綾人は呼びかけてくる茉白の方へと、足を踏み出したのだった。

