私が一人で歩いている時、隣の人も一人で歩いている。希望や野望を持ち歩む人も、いづれ私と同じような目をするのだろう。皆が下を向き続けている。その上、だれかが上を向いたとき、皆は下に引き吊り込もうおするからよりタチが悪い。皆は隠しているが、そういう罠を無意識に作動させる。何もなく一日が終わっていく。そうなるのは私のせいなのか。それとと、いや、考えるのをやめよう。ただ疲れるだけだ。
 そう言えば今の流行ってなんだろう。私は幼少期から流行を毛嫌いしている。人が使っているから自分も使う。友達が買ってるから私も買う。その品の本質的価値を見ずに、付加価値のみを判断して買う。彼らは生きてると言えるのかわからない。その逆も生きてると言えるのかな。個性を尊重したとて、まだ自分の個性を把握していない時にそれを行えば、付け焼刃、死んでいく。外的から付けられた個性は本当に個性なのか。一般的な個性とは程遠いものである。好きという理由でそれを使うのは安易すぎたのかな。まぁ、人の評価だから気にするに足らない。
 自分の本心すら気づけない。自分のことなのにだ。誰も本心を表だって生きる人はいない。今の時代、それが生きづらくさせている。そして、本心を出したら、悪用される。それが正しいかどうかはわからない。それが、わからないのか、。