わたしたちは公園のすみっこにあるベンチに並んだ。どちらともなく、もうひとり座れるくらい間を空けて。
グレー混じりのオレンジは赤みを帯びてきて、航くんの顔をほんのり照らす。
「俺さ。まだ高原のことが本当に好きかどうか、わからないんだよな……だから『友達から』って」
わたしは目がまんまるになったのがわかった。
「でも、まんざらじゃないって聞いたよ?」
「だから誰からそんなこと。まぁ、うん。これから好きになる予定。……だと思う」
「予定……」
「嫌いなんかじゃなかったし、好きって言われたのはすごくうれしかった。でも、俺なんかでいいのかなって迷いがあって……高原、やさしくて良い子だから」
そこまで言うと、航くんは、ほっぺたを軽く掻いた。
「知ってる。去年同じクラスだったもん。頭も良くて気配り上手で、足も速くて、完璧女子だよね」
「めっちゃ褒めるじゃん」
「事実だもん」
航くんが、小さく息を吐く。
「『友達からでいい』って、高原の方から言ってくれたんだ。俺、都合が良すぎるかもしれないと思ったけど……でも、その気遣いも大切にしたかったというか」
気さくだけど真面目。航くんらしいって、思った。なのにわたしは「そうなんだ」という平べったい返答を口にしかできなくて……しばらく沈黙が続いた。
「……桃は、好きなやつとかいるの?」
「わたし……?」
トートバッグを、思わずぎゅっと抱きしめる。
わたしの好きなひと。今は抱きしめたその中に、アクスタとして存在しているひと。
正直に打ち明けていいのかな。変じゃないかな。確かに航くんは二次元に対して理解がある。でも。
頭の中がぐるんぐるん回る。空色のサイダーが、からからと氷の音を立てながらしゅわしゅわと……また濁っていく。
「わかった! 『めいよに』の来栖零衣だろ? 前に漫画貸したときめちゃくちゃ推してたもんな。ほら、最近アニメも始まったし」
航くんが、にいっと笑った。
――あ。
全身が一瞬にして真っ赤に染まったのがわかった。夕暮れの空よりも早く。
酷く身体が熱い。それに何だろう。このどうしようもない恥ずかしさと気まずさと居心地のなさが入り混じった感情は。
「あ、えっと。アニメ化したの、知ってたんだ」
答えになっていない答えがこぼれる。
「うん。部活が忙しくて昔ほどは追えなくなったけど。今も毎週コミカ買ってるし、単行本も全巻初版で集めてるよ……って、こういう話するのも久々だな」
「零衣くんは」
「ん?」
「零衣くんは、永遠の片思いの相手なの……推し、とかじゃない。本気で好きだと、思ってる」
声を振り絞って打ち明けた声は、微かに震えていた。
嘘なんてついていないはずのに、心の色は混濁して、一気に透明度を失っていった。
そうだ。目の前の幼なじみは、現実の女の子と向き合おうとしている。なのにわたしは……。
やっぱり、違う。彼もまた、もうわたしとは次元が違う。
「そっか。なんか、桃が変わってなくて良かった。来栖零衣は俺から見てもいい男だと思うぞ」
それなのに。
航くんはそれをあっさり受け入れるかのように、もう一度笑った。
どうして。どうしてそんな反応をするの?
「……あのね! 彼女候補もできたことだし、これからはもう、『航くん』って呼ぶの、やめる。だから航く……八代くんもわたしのこと『桃音』……ううん、『宮野』って呼ぶようにして」
咄嗟に、そんな提案をしていた。
「なんで急に距離取るんだ? 別にそのくらい良くないか?」
「良くないよ。高原さんに申し訳ないもん」
「高原、そんなこと気にしないと思うけど」
あぁ。だめだ。だめだよ航くん。あなたはわたしとはもう違う。違うの。
漫画の話で盛り上がっていたあの頃なんて、幻だったのかもしれない。いっそのこと幻にしておきたい。
「……八代くん。二次元と三次元の間には何があると思う?」
「八代って慣れないよ……ええと、二.五次元? あぁほら、舞台とかの」
「それもあるけど……! そうじゃなくて『絶対的な壁』だよ」
わたしは恋をしている。恋を知っている。
零衣くんの一挙手一投足に、胸の高鳴りがトクトクと止まらなくなる。
――それは間違いない、はずだった。
なのに、わからない。もうわからなくなってしまった。
だって今、自分で言ったでしょう。大きな壁があるって。今のわたしには越えられない、分厚くて高い壁が。
「どうしたんだよ。久々に会ったと思ったら、桃、なんか変だぞ」
「そう。わたし、変なんだよ」
目が合わせられないけれど、押し黙った航くんの顔はきっと、強張っているのだろうと思った。
