「桃音? まーた零衣くんのこと考えてるでしょ」
「ひゃっ!?」
ぽんっと肩に置かれた手に、身体が跳ねた。
同時に耳に押し寄せてきたのは教室のざわめき。
「おはよ!」
川田紗季が、目の前で手をひらひらと振っている。
「お、おはよう。紗季」
そうだ。ここは蔦宮市。
特産品は伝統工芸品の蔦宮染、それにトマト。
そんなのどかな地方都市にある蔦宮南高校。二年四組の窓際、後ろから三番目の席。
……に座っていたのだけど。零衣くんのことを想うがあまり、わたしはどうやらまた「あちらの世界」に行っていたらしい。
いつものことだって思っているのはわたしだけではないらしい。紗季はいたずらっぽく笑うと、まだ空っぽの隣の席に座る。席の主である西田さんは、大抵ホームルームギリギリ、もしくは数分遅刻で登校してくる。
「今朝も目の下にくまさんがいますねぇ。美容に良くないぞー?」
紗季がわたしのほっぺたをぷにぷにとつつく。
「わたしが零衣くんを推したい気持ちは一生成長期だもん。美容もだけど、今はそっちの方が大事」
「ふふ。でも確かに、昨日の零衣くんは特別良かったね」
「でしょっ!?」
思わず声のボリュームが十段階中の八くらいになってしまい、ぶわっとほっぺたが熱を帯びる音がする。
少し離れた席で談笑している男子たちがちらりとこちらを見やったのがわかった。唇をきゅっと結んで、気付かないふりをする。
「それで、今日もそんな零衣くんは一緒に来てくれているの?」
「もちろん。見てみて」
わたしはペンポーチのファスナーをゆっくり引っ張る。色はお気に入りの、くすみピンク。
その中の内ポケット。
そこで、彼はわたしを見守ってくれている。厳密には、彼の分身が。
――わたしは恋をしている。
「改めて見てもかっこいいね、この零衣くん」
「うん。最近発売した子の中では一番のお気に入りなの。ちなみにこの零衣くんね、家にあと二人いるんだ」
「二人も!?」
「お小遣い貯めておいたの。この子と、部屋に飾ってる子と、未開封のままの子」
単なるプラスチックの板と侮るなかれ。
アクスタはわたしをいつでもどこでもきゅんきゅんさせてくれる、魔法のアイテムなのだ。
そう。たとえ彼に一生会えなくても。話せなくても。触れられなくても。
一方的に見ているだけの存在だとしても。
――大好きな彼が暮らすのは、わたしの住むこの小さな街からずっとずっと遠く離れた、大きな街。
そう、彼が住むのは二次元の世界。
空に向かって伸びる高層ビルが群れる、永遠に星の光が届かないと言われる〝コスモトウキョウ〟。
大人気漫画『めいよに』こと、『冥夜の縁士』の登場人物の一人、来栖零衣くん。
人の感情から生まれた魔獣が蔓延るあの街で、彼は今日も「縁士」として、高校生活を送りつつ魔獣退治をしている。
主人公である水無瀬累くんの良きライバル兼サポート役として、彼は累くんと同じくらい、絶大な人気を誇る。
「ね、桃音。昨日の紋章が浮かび上がったシーン、作画気合い入ってたよね」
「うんうん! 累くんと背中合わせになって……原作の一枚絵も見開きで大迫力だったけど、アニメになるとよりアングルが良かった!」
紗季は高校で美術部に入って知り合った、大切な親友。面倒見が良いお姉さんみたいな存在で、趣味の話も合う。漫画とか、アニメとか。
わたしほどグッズを集めたりしているわけではないのだけれど、アニメのオリジナル展開が解釈一致だったとか、意外だったとか、そういう話をしても首を傾げずにいてくれる数少ない存在。だから、一緒にいると安心できる。
「眠かったけど、やっぱアニメはリアタイするに限るよね。録画と配信とで三度おいしいし」
紗季がきらきらと輝かせたその目の下にも、よく見るとうっすらくまができている。ファンデでうまく隠せているから、気付かなかった。
「だよね! CMも込みでわくわくするもん」
「あたし、おまけのミニアニメもかわいくて好き」
「明後日の少年コミカ、巻頭カラーだよね。日付が変わったらすぐ電子で読んで、放課後本屋さんで雑誌を買って……」
零衣くんと累くんのこととなると、わたしたちの話はエンドレスだ。時間が何分あっても足りない。
「あ。ところでさ、桃音」
「ん?」
急に声を潜めた紗季に、わたしは思わずぱちぱちとまばたきをした。
「知ってた? 陽向ね、同じ二組の半田くんに絶賛片思い中なんだって!」
「ひゃっ!?」
ぽんっと肩に置かれた手に、身体が跳ねた。
同時に耳に押し寄せてきたのは教室のざわめき。
「おはよ!」
川田紗季が、目の前で手をひらひらと振っている。
「お、おはよう。紗季」
そうだ。ここは蔦宮市。
特産品は伝統工芸品の蔦宮染、それにトマト。
そんなのどかな地方都市にある蔦宮南高校。二年四組の窓際、後ろから三番目の席。
……に座っていたのだけど。零衣くんのことを想うがあまり、わたしはどうやらまた「あちらの世界」に行っていたらしい。
いつものことだって思っているのはわたしだけではないらしい。紗季はいたずらっぽく笑うと、まだ空っぽの隣の席に座る。席の主である西田さんは、大抵ホームルームギリギリ、もしくは数分遅刻で登校してくる。
「今朝も目の下にくまさんがいますねぇ。美容に良くないぞー?」
紗季がわたしのほっぺたをぷにぷにとつつく。
「わたしが零衣くんを推したい気持ちは一生成長期だもん。美容もだけど、今はそっちの方が大事」
「ふふ。でも確かに、昨日の零衣くんは特別良かったね」
「でしょっ!?」
思わず声のボリュームが十段階中の八くらいになってしまい、ぶわっとほっぺたが熱を帯びる音がする。
少し離れた席で談笑している男子たちがちらりとこちらを見やったのがわかった。唇をきゅっと結んで、気付かないふりをする。
「それで、今日もそんな零衣くんは一緒に来てくれているの?」
「もちろん。見てみて」
わたしはペンポーチのファスナーをゆっくり引っ張る。色はお気に入りの、くすみピンク。
その中の内ポケット。
そこで、彼はわたしを見守ってくれている。厳密には、彼の分身が。
――わたしは恋をしている。
「改めて見てもかっこいいね、この零衣くん」
「うん。最近発売した子の中では一番のお気に入りなの。ちなみにこの零衣くんね、家にあと二人いるんだ」
「二人も!?」
「お小遣い貯めておいたの。この子と、部屋に飾ってる子と、未開封のままの子」
単なるプラスチックの板と侮るなかれ。
アクスタはわたしをいつでもどこでもきゅんきゅんさせてくれる、魔法のアイテムなのだ。
そう。たとえ彼に一生会えなくても。話せなくても。触れられなくても。
一方的に見ているだけの存在だとしても。
――大好きな彼が暮らすのは、わたしの住むこの小さな街からずっとずっと遠く離れた、大きな街。
そう、彼が住むのは二次元の世界。
空に向かって伸びる高層ビルが群れる、永遠に星の光が届かないと言われる〝コスモトウキョウ〟。
大人気漫画『めいよに』こと、『冥夜の縁士』の登場人物の一人、来栖零衣くん。
人の感情から生まれた魔獣が蔓延るあの街で、彼は今日も「縁士」として、高校生活を送りつつ魔獣退治をしている。
主人公である水無瀬累くんの良きライバル兼サポート役として、彼は累くんと同じくらい、絶大な人気を誇る。
「ね、桃音。昨日の紋章が浮かび上がったシーン、作画気合い入ってたよね」
「うんうん! 累くんと背中合わせになって……原作の一枚絵も見開きで大迫力だったけど、アニメになるとよりアングルが良かった!」
紗季は高校で美術部に入って知り合った、大切な親友。面倒見が良いお姉さんみたいな存在で、趣味の話も合う。漫画とか、アニメとか。
わたしほどグッズを集めたりしているわけではないのだけれど、アニメのオリジナル展開が解釈一致だったとか、意外だったとか、そういう話をしても首を傾げずにいてくれる数少ない存在。だから、一緒にいると安心できる。
「眠かったけど、やっぱアニメはリアタイするに限るよね。録画と配信とで三度おいしいし」
紗季がきらきらと輝かせたその目の下にも、よく見るとうっすらくまができている。ファンデでうまく隠せているから、気付かなかった。
「だよね! CMも込みでわくわくするもん」
「あたし、おまけのミニアニメもかわいくて好き」
「明後日の少年コミカ、巻頭カラーだよね。日付が変わったらすぐ電子で読んで、放課後本屋さんで雑誌を買って……」
零衣くんと累くんのこととなると、わたしたちの話はエンドレスだ。時間が何分あっても足りない。
「あ。ところでさ、桃音」
「ん?」
急に声を潜めた紗季に、わたしは思わずぱちぱちとまばたきをした。
「知ってた? 陽向ね、同じ二組の半田くんに絶賛片思い中なんだって!」
