キュンキュンしてよ


 颯とマンションのエントランスで別れた。

 そのまま廊下を歩きながら、今日きちんと伊吹と話をしよう。そう決めた。

 部屋の鍵を開けて、真っ暗な部屋。
 一回玄関から出て伊吹のドアの前に行ってみる。

 中に入ろうか……。

 (いやでも……買い物行ってたらまだ帰ってないかも)

 そう思い直して自分に部屋に戻る。

 リビングにそのまま進み、テーブルにカバンを置く。

 ドンっ。

 静かに部屋にカバンを置いた音が響いた。

 テーブルに手をつき大きく息を吐く。

 まず……伊吹に連絡をしてみよう。
 そこからだ。

 ポケットに入れてあるスマホを取り出す。

 伊吹から連絡は来てない。

 ため息をつきたくなるのを抑えて、冷静になろうとキッチンに向かう。

 冷蔵庫を開けて、麦茶を取り出しグラスに注ぐ。
 そのまま冷凍庫から氷を取り出し、グラスに追加する。

 キッチンでそのまま一息に飲む。
 キンキンの冷たさが喉から全身に伝わる。


 テーブルまで戻り椅子に座る。

『伊吹今どこ?買い物終わった』

 それだけ送り、スマホをテーブルに置く。


 普段の伊吹なら買い物に行ったら絶対に連絡がくる。
 それがない。


 壁の時計を確認する。


 (10分経った……)

 未だにスマホの画面は黒いまま。

 伊吹が帰ってるからどうかも分からない。

 でも。

 これは、家で待とう。

 そう思って立ち上がり玄関に向かった。

 伊吹の部屋を開ける。

 中から光が漏れてる。家に伊吹はいる。

 (良かった……)

 安堵の息が漏れる。

 リビングに進みドアを開ける。ソファーに寝っ転がってる伊吹がいた。
 良かった。

 声にならない小さな音が口からこぼれ落ちる。


 ソファーから顔を上げてぼくをみる伊吹。

 そのまま伊吹の元に近づいて、床に腰をおろす。

 じ――っと伊吹の顔を見つめた。


 ぼくの顔を見てもニコリともしない伊吹。
 嫌なざわめきが胸の中に小さく広がっていく。

「どうしたの?体調悪い?」

 伊吹の顔を覗き込むながらそう聞いた。


 黙ってる伊吹の目から次々に涙が溢れて出て来た。

 (伊吹が泣いてる……)

 心臓が突き刺されたみたいに痛い。
 
「伊吹?どうしたの?ぼくに話せないの?」

 テーブルの上にあるティッシュを取り伊吹に渡す。
 
 伊吹が起き上がって、ぼくに隣に座るように声をかけてくれた。

 隣よりもここの方が伊吹の顔がよく見える。
 今は、どんな伊吹だって見逃したくない。

 ポロポロ……。
 とめどなく伊吹の目から涙が溢れ出てくる。
 
 伊吹がゆっくり口を開いた。

「いぶき……最低なの。玲衣くんに嫌わ……」
「ぼくが伊吹嫌うことは絶対ないから。それだけはない」

 伊吹の言葉を遮るようにぼくは言った。

 伊吹にほんの少しでも誤解をされたくなかった。


 伊吹の手をそっと包み込む。

「伊吹。ぼくが伊吹を嫌う日は来ない。絶対ない」

 伊吹の目をみて、一音一音はっきりと伝わるように言い切った。

 伊吹が櫂くんの存在を不安に思ってくれることをポツリ、ポツリと話してくれた。

 (やっと……伊吹の本音が聞けた……)

 話しながらも涙が止まらない伊吹。

 早くこの涙を止めたい。そう思ったら、伊吹をしっかり抱きしめてた。

 
「ぼくはね、伊吹の前だけ。伊吹の前だけ本当のぼくになれるんだよ。だから無理なんてしてない」
 伊吹の背中を優しく撫でながら、ぼくの本心を伊吹に伝える。

「ぼくが伊吹と一緒にいたいからいるんだよ。櫂くんがいる時に不機嫌になったのは、伊吹との時間を邪魔されたから。それだけ。ぼくにとって伊吹は誰の代わりにもならない。伊吹しかダメなんだよ」


 (ぼくには、伊吹しかいない)
 
 (ねぇ伊吹これがぼくの本心だよ。伊吹以外いらないんだから)


 伊吹がぼくから離れる。そしてぼくの顔をしっかりと見てくれた。
 

「伊吹はこれからも玲衣くんと一緒にいていいの?」

 少しだけ震える声でそう聞く伊吹。
 伊吹の手をしっかり握って口を開いた。
 
「一緒にいて。ぼくが伊吹と一緒にいたいんだ」

 (伊吹……これはぼくからの告白だよ。伊吹受け取って)
 
「いぶき、これからも玲衣くんと一緒にいたい」
 伊吹はそう言ってぼくに抱きついて来た。

「当たり前。ぼくが伊吹といたい。これを忘れないで」

 
 (伊吹がぼくの告白を受け取ってくれた)

 少しだけ息を吐き出す。そして伊吹に語りかけた。

「それに伊吹」
「隣に伊吹がいなくて寂しかったよ。これからは不安になったらすぐにぼくに話して」

 隠すことなく、ぼくの本音を伊吹に伝えた。
 これからは、もう少し伊吹に伝えていこう。
  
「玲衣くんごめんね。今度からそうする。いぶきが大切な人は玲衣くんだから。離れたくない」
「うん。ぼくの大切も伊吹だよ。ぼくも離れる気はないよ」

 ぼくがそう言ったら伊吹は「嬉しい」そう小さく呟いてまたぼくをしっかりと抱きしめてくれた。

 ぼくたちの関係に今日から新しい名前が付いた。