キュンキュンしてよ


 部屋のドアを開ける。

「真っ暗……」
「しずか……」

 寂しい部屋。
 
 なんだか、今のぼくの心の中みたい。

「ただいま」とちいさく呟いてリビングに行く。

 玲衣くんのお部屋に行かなきゃ。そう思うのに……。

 ずるずるとソファーに雪崩れ込む。



 ぼくは弱虫。

 玲衣くんから櫂くんと一緒の方が楽しい。そう言われてそばに入れなくなるなら……その前に練習しなきゃと思った。

 玲衣くんと離れる。

 練習すると言いながら、隣に玲衣くんがいないのを想像したら胸がギュッと詰まる。
 まずは学校にいる間だけ、そう自分を誤魔化してお昼に用事を作ってみたり帰る時間をずらしたりした。


 (櫂くんの顔を見るのが怖くて……逃げた)

「伊吹ちゃんお箸止まってるよ」
「うん。なんだか味しなくて」
「また?どうかある?」
 そんなやり取りが続いてる。

 頭の中では、玲衣くんは櫂くんと一緒?そんなことばかりがぐるぐると回る。
 いつもなら空を見たり、外を見ても新作のネイルデザインが浮かんでくる。

 今はちっとも浮かんで来ない。

 (何も……楽しめない……)
 
 今日も街をぶらぶらしてみたけど、何をみても浮かぶのは玲衣くんのことばかり。
 結局足を疲れさせただけでマンションに帰ってきたら。 

 入り口ではーくんと出会った。

 最近、はーくんには暗い顔して見せてない気がする。
 はーくんの声が優しくて、はーくんなら!と思ってお話を聞いてもらった。

 ソファーでぬいぐるみをぎゅーと抱きしめる。

 (いぶきは、隣に玲衣くんがいないと……ダメみたい)

 玲衣くんときちんと話してみよう。そう思ってソファーから体を起こす。

 (でも……やっぱり怖い。)

 壁に掛けてる時計をみる。
 玲衣くんもう帰ってる頃だ。普段ならぼくも、玲衣くんの部屋にいる時間だ。


 スマホを取り出さなきゃ。

 玲衣くんに連絡しなきゃ。
 そう思うのに……体が重くて動かない。
 

「伊吹?何してるの?どうしたの?」
 ドアがガチャと開いて、玲衣くんの声がした。

 声をした方に顔を向けると玲衣くんが立ってた。

「玲衣くんどうしたの?」
 座ったまま玲衣くんを見る。なんだか今日の玲衣くんの顔ちょっと怖い。

「伊吹に連絡しても、返事ないし既読にならないし、電話しても出ないし、心配してたんだよ」
 玲衣くんはぼくの前まで歩いてきた。

 そして、床に座ってぼくを見上げてる。

 玲衣くんの目が心配そうにしてる。


 (玲衣くん……ごめん)
 
「どうしたの?体調悪い?」
 ぼくの顔を覗き込みながら聞く玲衣くん。

 なんだか玲衣くんが泣きそうな顔をしてるように見える。
 ぼく……。
 玲衣くんにこんな顔させたい訳じゃないのに……。

(なにしてるの……)
 
 涙が溢れてきた。

「伊吹?どうしたの?ぼくに話せないの?」
 玲衣くんがテーブルの上からテッシュを取ってぼくに渡してくれる。

 玲衣くんの顔が痛そうに歪んでる。

 (玲衣くん……ごめんね……)

 玲衣くんにこんな顔させたいわけじゃない。
 させるつもりないのに……。

 (きちんと……話そう)

 ぬいぐるみを隣において、姿勢を整える。
 
「玲衣くんも座ろう?」
 玲衣くんそう声をかける。

「ぼくはここでいいよ。伊吹の顔きちんとみてたい。なんで泣いてたの?何があった?」
 痛みを堪えた顔してる玲衣くん。

 泣いてちゃダメだ。そう思うのに……。

 涙が溢れてくる。
 それでも口を開いた。

「いぶき……最低なの。玲衣くんに嫌わ……」
「ぼくが伊吹嫌うことは絶対ないから。それだけはない」

 ぼくの言葉に被せるように玲衣くんはそう言った。
 そのまま玲衣くんは、ぼくの手をしっかりと握った。

「伊吹。ぼくが伊吹を嫌う日は来ない。絶対ない」
 もう一度ぼくの目をみて、一言一言ゆっくり、でもしっかり言ってくれた。
 
「いぶきね、櫂くんが怖いと思ったの。櫂くんの前にいる玲衣くんが本当なのかなって。いぶきは玲衣くんに我慢させてたのかなって」

 話しながらもどんどん涙が溢れてくる。

「伊吹」
 玲衣くんはぼくの名前をそっと呼んで、そのままぼくを抱きしめてくれた。

「ぼくはね、伊吹の前だけ。伊吹の前だけ本当のぼくになれるんだよ。だから無理なんてしてない」
 泣いてるぼくを落ち着かせてくれるように優しく背中をさすってくれる玲衣くん。

「ぼくが伊吹と一緒にいたいからいるんだよ。櫂くんがいる時に不機嫌になったのは、伊吹との時間を邪魔されたから。それだけ。ぼくにとって伊吹は誰の代わりにもならない。伊吹しかダメなんだよ」

 背中に玲衣くんの温かさを感じる。耳元では玲衣くんの優しい声が聞こえる。
 
 (玲衣くんに包まれてるみたい)

 気持ちが、ゆっくりと落ち着いてきた。
 涙も止まり始めた。
 
 そっと玲衣くんから体を離す。
 そして玲衣くんをみる。

「伊吹はこれからも玲衣くんと一緒にいていいの?」
 それだけ聞いた。

「伊吹」

 玲衣くんがまたぼくの名前を呼んだ。

 ぼくの目をしっかりみて、ぼくの手をしっかり握ってくれてる。
 
「一緒にいて。ぼくが伊吹と一緒にいたいんだ」
 玲衣くんの真剣な眼差し。
 
「いぶき、これからも玲衣くんと一緒にいたい」
 言いながら玲衣くんにぼくから抱きついた。

 玲衣くんの胸に飛び込んだぼくをしっかりと抱き止めて、そのまま抱きしめてくれた。

「当たり前。ぼくが伊吹といたい。これを忘れないで」
 玲衣くんがそう力強くぼくに言った。
 
「それに伊吹」
 玲衣くんがまたぼくの名前を呼んだ。

「隣に伊吹がいなくて寂しかったよ。これからは不安になったらすぐにぼくに話して」
 玲衣くんはそう言った。

「玲衣くんごめんね。今度からそうする。いぶきが大切な人は玲衣くんだから。離れたくない」
「うん。ぼくの大切も伊吹だよ。ぼくも離れる気はないよ」

 玲衣くんがそう言ってたから、嬉しくなってまたぎゅーっと玲衣くんを抱きしめた。
 
 玲衣くんの体温は、玲衣くんの心みたい。