講義が終わり、カバン肩にかけ、そのまま腕時計をみる。
レッスンまでは時間がある。
家に帰るには微妙な時間というなんとも中途半端な時間。
文字盤を見ながら少し悩む。
窓から吹く風が体に当たった。
よし、このまま校内で散歩しよう。大学を何時に出たらいいか確認し、そのまま講義室を出た。
風に当たりながらあてもなく、フラフラ歩いてみる。
あれ?
少し遠目からでもわかる見知った顔。
今日は普段と違い不機嫌を幾重にも纏ってる玲衣がそこにいた。
(おやおや。ぼくでもあんな玲衣見るのは初めてだ)
数日前に会った伊吹が頭中を駆け巡る。
(原因は間違いない)
1人頷き、玲衣の元に近寄る。
今の玲衣はあまり刺激しない方が良さそうだ。
意識的に普段より軽めの声を出して声をかける。
(おぉ……こわっ)
静かにぼくを見てる、いやあれはもう睨みつけてる、そんな顔をした玲衣。
玲衣に核心を突いた質問をして更なる冷たい視線を浴びることになった。
(これは……完全にキテるな)
ふっ。と佇まいをいつもより真面目にした。
チラリと腕だけを見る。
うん。マンションに帰ってからレッスン行くで間に合う。
予定変更だ。
玲衣と肩を並べてマンションまでの道のりを進む。
予想通り、伊吹が不安になってる理由は櫂くん。
彼はパワフルで周りを巻き込む力がある。
しかも彼は自然とそれをしてる。
でも……玲衣の隣に彼がいる姿をみた伊吹なら、身を引く方を選ぶだろう。
彼とは共通の授業があるから、彼のことは知ってる。
ぼくにも「玲衣の友達だよね?よろしく」と声かけてきた。
「玲衣と仲良いの?君が?」
あの玲衣が彼と仲良くなるはずないと思い、ちょっと失礼だけど聞いてみた。
「いやー玲衣は友達と思ってるから知らないけど、俺たちが一方的に話しかけてるって感じ」
あはっはっ。と豪快に笑う彼。
彼は、玲衣が冷たくあしらっても負けないだろそう思った。
「ぼくたち?」
「そうそう。夏輝と晴翔の俺が一方的に玲衣に話しかけてる。いやー面白いやつだよな。授業聞いてなくてノートコピー頼んだら断られてさ、それから面白い奴と思って3人で玲衣にくっついて回ってる」
くっくっくっ。と屈託なく笑う彼。
これはまた厄介そうに人物に玲衣は目をつけられたなと思った。
ただ、玲衣が彼のペースに巻き込まれることはないだろう。そう思ってた。
これまでも玲衣はうまく彼を交わしてきてるだろう。
ただ……、玲衣の誤算は伊吹といる時に彼が来たことだろう。
(伊吹だと……彼に対する態度が特別なように、見えるだろうな)
玲衣は綺麗に周りと一線引いてる。
誰も玲衣の中にある線の中には入れない。
ただし、伊吹を除いて。
伊吹は、ずっと玲衣の内側の入ってる。
玲衣が伊吹以外をあの線の中に入れる日は。
きっと来ない。
玲衣はぼくの手助けはいらない。
伊吹の隣を離す気もない。
静かに、でも決意を持った目でぼくにそう言った玲衣。
(これこそ、ぼくが気に入ってる玲衣だ)
マンションの入り口で玲衣と別れた。
腕時計をみる。部屋に入る時間は……無さそうだ。
そのまま、入り口から出ようと体の向きをかえた。
なんと。
伊吹が入ってきた。
タイミングの良さに思わず顔が緩んだ。
時計を見る。
ここで立ち止まったら……。
レッスンに遅刻するかな。
(まぁ……走れば間に合うか)
「おっ。伊吹今帰り?」
今日もまた下を向いて歩いてる伊吹。
ぼくの声にビクッとしつつ顔をあげた。
「あっ……。うん。」
「下向いてたら危ないよ」
伊吹に優しく伝えてみる。固い顔をした伊吹。
「はーくん、今からレッスン?」
「そうだよ。伊吹今日遅かったんだね」
そう言いながら伊吹を見る。
手ぶらだ。
「あっ……うん。ちょっと伊吹お出かけしてたの」
「そうなんだ。友達と?」
「うん……。」
そう言って黙る伊吹。
確実にこれは違う。
普段の伊吹なら、嬉しそうに買ったもの、見たものを教えてくれる。
(伊吹はわかりやすい)
「玲衣は?今日先に帰った?」
わざと玲衣の名前を出せばビクッとする伊吹。
「お友達とお買い物行くから今日は別々なんだ」
それだけ言って下を向く伊吹。
静かに伊吹が声を出すのを待ってみる。
「あのね……はーくん。玲衣のお友達わかる?」
ゆっくり伊吹が口を開いた。
「玲衣の友達?同じ学部の?」
「うん。櫂くんって人」
「あぁ。パワフルで元気いいよね。彼すごいよね」
初めて伊吹から櫂くんの名前が出てきた。
「あのね……。玲衣くんぼくといるよりも、あの櫂くんといる方がいいのかな?」
顔をあげてぼくを見てくる。
(伊吹の本音が……聞ける?)
肩に持ったカバンの紐を手で握る。
「伊吹はなんでそう感じたの?」
優しい声を出して聞いてみる。
「玲衣くんね、伊吹の前ではいつもニコニコしてるの。不機嫌になったり怒ったりしたことない。でも……あの人の前でそうだった……。伊吹無理させてるのかも」
そう言ってまた下を向いた。
(いぶきぃ……)
頭の中にずっこけたぼくが浮かんでくる。
「伊吹はそのうち玲衣が伊吹より櫂くんと一緒にいることが増えるかもと心配してるのかい?」
怖がらせないように聞いてみる。
「うん。いぶきね、いきなり玲衣くんがいなくなったら、耐えれないから……」
口を開いては閉じて、を繰り返す伊吹。
「だからね……。今少しずつ玲衣くんがいない時間に慣れるようにしてみてるの」
目にはうっすらと涙が浮かんでる。
そんな顔をしてて、離れるは無理だろうに……。
「玲衣と離れられそう?」
下を向いてる伊吹に目線を合わせて、聞いてみる。
「ううん。伊吹は玲衣くんいないとダメなの。何も楽しくないの」
涙がこぼれ落ちそうになってる。
「玲衣と1回話してごらん。櫂くんのこと、伊吹が今思ってること、伝えてごらん」
ね。と伊吹の顔を見ながら頭をポンポンと撫でる。
(やっぱり伊吹は、可愛い弟みたい)
うん。うん。とうなずく伊吹。
「……。それでもし伊吹泣いちゃったらはーくんお話聞いてね」
ぼくの目をまっすぐ見てそう静かに言った。
「もちろん。いつでもおいで。ぼくはいつでも伊吹の味方だからね」
頭を撫でてたのをぐしゃぐしゃとなでる。
伊吹がようやく笑顔になって「髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃう」と声を出して笑った。
(伊吹の笑顔、久々に見たな)
やっぱり伊吹には笑顔が似合う。
「はーくんレッスン前にごめんねぇ。伊吹のために遅くなっちゃった?」
笑ったあと、少しだけ顔つきが変わって。
そしてぼくのことを心配してくれてる。
「まだ時間あるし大丈夫。それに久々伊吹の笑顔を見られてぼくも安心したよ」
伊吹は安心したように笑って、両手でガッツポーズした。
「練習頑張ってね」
そう言った伊吹に、「ありがとう」と言いながら手を上げてマンションを出る。
そして、
そのまま全速力で走り出した。


