「味がしない」
お箸を置いた。
さっきまで美味しかった唐揚げをなんとか無理やり飲み込む。
お皿に残ってる唐揚げにごめんねと謝り、トレーを返し食堂を出る。
午後からは三号館だ。
行きはあんなに軽やかに動いてた足が、今は重い。
廊下を歩きながら窓の外をみる。
普段なら風に揺れてる木が気持ちよさそうにみえるのに……今日はなんだか、葉っぱが痛そうに揺れてる。
午後からの授業……。
あんまり集中できないまま終わってた。
周りからも「今日どうしたの?」「調子悪いじゃん」なんて心配されてしまった。
みんなに分かっちゃうぐらい、態度に出ちゃってるダメだ。そう思うのに……。
頭の中では玲衣くんと櫂くんが肩を並べて楽しそうに座ってる姿が浮かんでは消える。
その度に心の中にひとつ、またひとつ石が乗っていく。
カバンからスマホを取り出す。
(玲衣くんに……いつもみたいに連絡……)
そう頭では思うのに、スマホを持つ手がすこしだけ震える。
(玲衣くんから……櫂くんと帰るとか言われたら……)
頭の中に浮かんだその考えが消えない。
玲衣くんの画面を開いて、そのまま指が止まる。
画面を閉じてそのままスマホをカバンに戻した。
玲衣くんの会いたいのに、顔を見たいのに……。
そっと深く息を吐く。
(いまは……怖い……)
友達にバイバイして講義室を出る。
カバンを肩にかける。
なんだか、今日はカバンが重たく感じる。
そのまま足を動かそうときて、立ち止まる。
肩からカバンをおろしてスマホを取り出す。
(やっぱり……帰るって連絡はしよう)
スマホを取り出し、玲衣くんの画面にする。
『お友達と偶然出会ったから先に帰るね』
それだけ打ってスマホをまたカバンに戻した。
肩にカバンをかけて、そのまま歩き出す。
講義室を出て、マンションまでの帰り道を歩く。
なんだか今日は、外の景色が眩しすぎて顔をあげてられなくて、コンクリートを見ながら歩く。
灰色の地面がなんだか似合うそんな気分。
いつもなら、講義室の前か図書館前で待ち合わせをして一緒に帰る。
1人で、帰り道を歩くのは変な感じがする。
肩を並べて話しながら帰ると近く感じるマンションが今日は歩いても歩いても辿り着かない。
(こんなに……遠かったっけ……)
ぼくはネイルとかメイクとか大好きでずっとそんな勉強したりしたいと思ってた。
最初にネイルを爪に塗った時のワクワク感とキラキラした気持ちが忘れられなかった。
もっと知りたい。もっと勉強したい。その気持ちが膨らんでいってた。
でも……もしも反対されたら?好きなものを否定されたら?そう思うと怖くてなかなか言い出せなかった。
玲衣くんはぼくの気持ちを笑うことも否定することもなかった。
「いぶきは好きなことをしてる姿が1番輝いてるよ」
「いぶきはいぶきだから男だからしたらダメとかないよ。ぼくはいぶきがネイルやメイクしてキラキラしてる姿好きだよ。ずっといぶきが好きなことしてる姿をみてたいよ」
そんな風に言ってぼくの背中を押してくれた。
玲衣くんのその言葉に勇気をもらえた。
ぼくは、勇気出してパパとママに話したら2人とも反対することなくぼくのやりたいことを応援してくれた。
だからぼくは今ここにいることができてる。
玲衣くんのことは、ず――っと大好きだった。
でも……あの時玲衣くんの言葉で……。
玲衣くんはぼくのたった1人の大切な人に変わった。
玲衣くんとぼく。
ずっと一緒にいた。
だから、新しいお友達ができる。
そんかこと考えたこともなかった。
ようやくマンションの入り口に着いた。
「あれ?珍しい。伊吹1人?」
上から声がしてびっくりして顔をあげる。
「あっ、はーくん」
目の前には、颯くんがいた。
「今日玲衣は?」
「いぶき1人で帰ってきたの」
「よく玲衣がいぶき1人で帰るの何も言わなかったね」
目をまんまるくして驚くはーくん。
はーくんは、二重の目が大きくて可愛らしいお顔さんをした、ぼくと玲衣くんと中学から一緒のお友達。
玲衣くんと同じぐらいの身長で2人が並びと美人で凛とした雰囲気な玲衣くんと可愛い話しかけやすい雰囲気のはーくんで人目を惹く。
大学も同じで、マンションも階は違うけど同じところに住んでる。
「ううん。玲衣くんにはお友達と会ったから先に帰るねと連絡したの」
はーくんもともと大きなをもっとおっきくしてびっくりした顔をする。
はーくんが驚いてるから、ぼくもびくっとなる。
「えっ。いぶきが?何あったんだい?玲衣と絶対離れないいぶきが」
「まぁそれよりも、よく玲衣が黙って1人でいぶきを返してることに驚きだけど」
独り言を言ってるはーくん。
「ん……」
ぼくは、黙ってしまった。
(はーくんに相談する?今日のこと話す?)
はーくんに話そう。
そう思って口を開くこうとした。
(玲衣くんに新しい友達がいたのが嫌で胸がざわついて……と話すの変かな?)
開いた口を閉じる。
ぼくが迷って黙ってたらはーくんは、ぼくに近付いて察頭をぽんぽんと叩いてくれた。
ぼくの方が身長は高いのに、はーくんは何かあるといつと頭をぽんぽんしてくれる。
「まぁ。相談したり話したくなったらいつでもおいで。じゃあぼくはピアノレッスン行ってくるよ」
手をふりふりしながらマンションから出ていく、はーくん。
はーくんはぼくのことを「身長は高いけど伊吹弟みたいで可愛いね」と言う。
玲衣くんは、1番大切な好きな人。
はーくんは、頼りになるお兄さんみたいなお友達。
はーくんの背中を見つめる。
(はーくん、いつもありがとう。練習頑張ってね)
とエールを送った。
今日は、ぼくがご飯を作る担当だから、いつもなら玲衣くんの部屋に一目散に向かう。
今日は部屋の前で足が止まった。
ぼくが友達帰ると言ったから……。
玲衣くんもそうするかもしれない。
櫂くんとご飯いくかもしれない。
根拠もないのにそんなことがどんどん頭に浮かび上がる。
玲衣くん返事くれてるかな?
スマホ鳴ってない気がする……。
カバンからスマホを取り出して確認すればいいのに……。
今日は手が……動かない。
ようやく一歩踏み出す。
玲衣くんの部屋の前を通り過ぎて自分の部屋の鍵を開けた。
(部屋が明るい……)
なんだか……こんな時間に部屋にいるの変な感じ。
「疲れた……」
ソファーにズルズルと座る。
隣のぬいぐるみさんをぎゅっと抱きしめる。
カバンも部屋に置きに行かなきゃいけない。
そう思うのに体が動かない。
ソファーにそのまま横になる。
櫂くん……男らしくて明るくて、笑顔が素敵な人だった。
食堂で見た櫂くんの姿が頭の奥にちらついて離れない。
2人が並んで食堂を出ていく姿が浮かんでは消える。
(胸が……なんだか……心細い……)
しんっとした、音のない部屋が余計に寂しい。
ぬいぐるみさん抱きしめてそうしてた。
ガチャガチャ。
ぼくの部屋の鍵が開いてるような音がする。
バタバタと激しい足音が聞こえる。
「伊吹?どうしたの?」
玲衣くんの声だ。
ソファーから顔だけ玲衣くんの方を向く。
なんだかちょっと焦った顔をしてる玲衣くん。
ぼくが寝転んでる、ソファーにくる玲衣くん。
ぼくの足元にしゃがんで、ぼくの顔をのぞきこむ。
「返事返ってこないし、既読にもならないから何かあったかと心配になったよ」
ぼくの顔をみて安心したように息を吐いてる玲衣くん。
(玲衣くん……心配してくれたの?)
不謹慎なのに、その事実が嬉しい。
「玲衣くんごめんねぇ。ちょっぴり疲れて休んでたの」
玲衣くんにちいさな嘘をつく。
「体調悪い?大丈夫?」
玲衣くんの手がぼくのおでこに置かれる。
「熱はないみたいだね」
ほっとした顔の玲衣くん。
「ごめんねぇ。午後からのお勉強でちょっぴり疲れちゃたみたい」
「それならいいんだけど……。いぶき友達と帰るって言ってたけど、友達って誰?」
玲衣くんが立ち上がってぼくの隣に座る。
ぼくも起き上がって玲衣くんが座りやすいようにする。
玲衣くんは、ぼくの顔を覗き込んで静かにそう聞いた。
玲衣くんの目が怖いぐらいに真剣だった。
「はーくん。帰りに会ったんだぁ。玲衣くんもしかしてお友達とレポートとかあるかなと思って、いぶき玲衣くんの勉強邪魔しちゃわないように、はーくんと帰ったの」
ぼくは、少しだけ玲衣くんから視線を外してこたえる。
(はーくんごめんね。お名前かしてね)
「颯のことだったんだ。友達なんて言うからぼくの知らない人かと思ってびっくりしたよ」
「それに昼間はごめん。いぶきとのご飯の邪魔する形になって。あの後ちゃんと講義室いけた?間に合った?」
重たい心配そうな真剣な声。
ぼくも玲衣くんに視線を戻す。
玲衣は、ぼくを見つめながら頭を下げてる。
玲衣くんにそんなことさせたいわけじゃない。
そう思うのに……玲衣くんが、ぼくのことを気にしてくれ田。その事実が嬉しい。
さっきまで沈んでた心が少しずつ上がってくるのがわかる。
「いぶきは大丈夫だよぉ。講義室にも間に合ったよ。玲衣くんのお友達元気いいね」
すこし勇気を出して櫂くんのことを聞いてみた。
「いきなりびっくりしたよね。伊吹ごめんね。今度から海君には直前に慌てないようしっかり言っておくから。もうあんなこと絶対させないから。いぶきを1人にさせないから」
玲衣くんが真剣な目でぼくをみる。
玲衣くんが目を逸らさずに話してくれるから、ぼくも同じように玲衣くんの目をみる。
たったこれだけのことなのに……。
あれだけ冷たくて沈んでた心は、胸は一気に暖かくなる。
(ぼくのこと……きちんと思ってくれてた!)
(そっかぁ……)
「ありがとう。でもお友達も大切だから優先する時はしてネ」
思ってもないことを口にする。
「いぶきより優先するものはないよ」
ぼくを見つめながら力強く一言一言強くそう言った。
「へへっ。ありがとう」
玲衣くんの真剣な目に見つめられ、体が熱くなる。
嬉しさ半分、見つめられて恥ずかしい半分のくすぐったい気持ちになる。
ぼくのほっぺはきっと今真っ赤になってる。
「玲衣くんお腹すいた?今日ぼくが作る日だから、今から準備するね」
ソファーから立ち上がる。
ぼくの腕を掴む玲衣くん。
「伊吹体調は?今日はぼくが作るかお弁当買ってくるよ」
「ううん。体調は大丈夫だよぉ。それにいぶきが作りたいの」
「それならうどん一緒に作ろう。いぶきは食べたら今日は早めに休んで」
そう言って玲衣くんも立ち上がった。


