キュンキュンしてよ


 朝、授業が始まる前の気怠い時間。
 机に座ってスマホをぼーっと眺めてた。

「あ——!玲衣——」

 隣から大声が聞こえてきてビクッとなる。
 振り返ると櫂くんが玲衣を指さしてる。
 
 (また櫂くんか……)
 
 朝から元気だな。と思いながら口を開く。

「櫂くん朝からうるさいよ。なに?」
「晴翔!見ろよ!玲衣の指」

 玲衣の左手に触れようとして、玲衣はさっと手を握り指を隠してぼくに隣に座った。

「玲衣!お前何があったんだ」

 まだ玲衣に近寄ろうとする櫂くん。
 これは止めるべきかなと口を開こうとした。

「櫂。もう授業始まるから座れって。一限の教授は準備できてないとうるさいよ」

 夏輝がそう言って櫂くんを椅子に座らせてる。
 櫂くんも「やべっ」と慌てて必要なものを机の上に並べはじめた。


 夏輝と目配せする。

 ぼくの隣に座った玲衣は、顔色ひとつ変えることなく淡々と授業の準備を始めてる。

 ちらっと玲衣を見てた。
 が。
 思わず眉だけが上がった。

 (これは、櫂くんが騒ぐわけだ)

 ノートを確認する振りして、笑いを噛み殺す。

 玲衣の左手の小指に青いネイル。
 綺麗な澄んだ青。

 (これは玲衣じゃないな)

 頭の中で、まだ見たことのない玲衣の幼なじみを思い浮かべる。

オレンジのガラス玉のストラップの次は小指にネイルとはやるねぇ。

 (ついに幼なじみとの関係が一歩進んだな)

 そう当たりをつける。

 授業が終わって櫂くんが玲衣の元に行こうとしたら、先に玲衣が部屋を出た。

 さすが危機管理能力はピカイチだ。
 思わず笑ってしまう。

「夏輝、晴翔やばい!」

 ぼくたちの元にやってきて騒ぎ出す櫂くん。
 また始まった。と夏輝と目配せして笑う。

「櫂。玲衣にそこまでかまわなくていいんだよ」
 夏輝がいつもの様子で櫂くんに伝える。

「いやでも。玲衣が変だし、何かあったら心配だし」

「櫂くん。あの玲衣だよ?心配しなくていいから」

「でも。悩みとかあるのかも。オレンジのストラップにネイルに。玲衣の話を聞く方が」
 心配そうな顔をしてる櫂くん。

 櫂くんが純粋に玲衣の心配をしてるのは知ってる。
 でも。
 櫂くんが立ち入るべき場所ではない
 
 そう思って口を開いた。

「櫂くん。玲衣は大丈夫だよ」
「櫂。玲衣は大丈夫」

 夏輝と声が重なり、思わず2人で笑う。

「ほら。櫂くん。ぼくも夏輝も玲衣は大丈夫だと言ってるんだから心配しなくていいよ。玲衣は何かあったら頼ってくるやつだよ」

 そう言って櫂くんの肩を叩く。

「おう!その時は俺たちで力になろうぜ!」
 そう言って教室の外に出ていく櫂くん。

 夏輝と目を合わせる。

「まぁ。櫂くんは裏表ないからね」

 そういうと夏輝も頷く。

 玲衣が教室に戻ってきて、ぼくの隣に座った。

 少しだけ体を玲衣に近づける。

「櫂くんには、うまいこと話したよ」
 ちらっとぼくを見る玲衣。

 感情がこもってないこの目。

 (この目に感情が入るのは幼なじみが絡んだ時だけ)

「ありがとう」
「玲衣をよくわかってる人にしか出せない色だね」

 目線で小指を示してそう伝える。

 今日初めて玲衣がぼくのことを見た。

「そう思う?」

 すこしだけ嬉しそうな顔をしてる。

「うん。その青、冷たくない。温かさが混じった色だね」
 思った感想をそのまま伝える。

「ありがとう」
 さっきとは違う心のこもった弾んだ声。

 (あの幼なじみが絡むとこんな声も出せるんだ)

 驚きで目を少しだけ見開く。

 ぼくのその顔をみて玲衣が笑う。

「別にぼくは感情がないわけじゃないからね」
 そんな風に言ってきた。

 思わず声を出して笑ってしまった。

「うん。分かってる。幼なじみの時だけがわかりやすいんだよ」
 ぼくもそう言ったら、玲衣も声を出して笑った。

 (玲衣が少し変わったな)

「まぁ。櫂くんの暴走はなるべく止めるよ。悪気はないからね」
「うん。それは知ってる。だけどめんどくさい」

 玲衣らしい物言いにまた笑った。

「ちゃんと櫂くんのことは、ガードするから。いつか、偶然でも会える日が来ると嬉しいな」

 小指を見ながらそう伝えてみる。
 
 (断られるだろうな)

 口を開かない玲衣。
 無言で断るのも玲衣らしい。

「……。まぁ晴翔なら」

 ほんとうに小さな、聞き漏らしそうな声で玲衣が言った。

 思わず小指から勢いよく顔を上げて玲衣みた。

「何その驚きかた」

 少し眉を細めて冷たい声を出してくる玲衣。

「まさか玲衣からその言葉が出ると思ってなかったからさ」

 そう言うと玲衣は「ふっ」と笑った。

「晴翔なら、伊吹に気を使わせることはしないだろうから」

(いぶき……なんだ)

 玲衣が名前を教えてくれたことも驚きだった。

「もちろん。そんなことして玲衣の不協を買いたくないからね。もしも、いつか会えたとしても優しい玲衣くんのお友達でいるよ」

 そう言って2人で顔を見合わせて笑った。

「晴翔のことも夏輝のことも信用してるよ」
 静かにそう言った。

「それは純粋に嬉しいな」
 するっとぼくの口から言葉が溢れる。

「まぁ、櫂くんは超要注意人物だけどね。笑」
 そう言って笑う玲衣。

「それはぼくも認める。悪い奴じゃないけどね。笑」

 2人で顔を見合わせて笑った。

 (玲衣にこんな顔をさせるいぶき君。会いたいな)

 玲衣の左手の小指が光に当たって青が反射した。