「陽葵、移動教室一緒に行こ」
「うん」
結月の言葉に陽葵は頷く。
「次は音楽か〜、やっと楽な教科だよ」
「でも音楽室遠いよ」
「うわそうだった」
音楽室は四階にあって教室は一階。三回も階段を上らなければいけない。
「落としたよ」
二人が廊下を歩いていると、後ろから樹が声をかけてきた。どうやら陽葵がヘアピンを落としたらしい。
「ありがと、樹」
そのまま樹は無言で去っていった。樹がどこかへ行ったのを確認して結月は言った。
「絶対樹は陽葵のこと好きだよ」
「それは無いって」
「絶対そうだよ。だってあいつ女子は陽葵にしか話しかけないし、陽葵可愛いもん」
「そんなことないよ、たまたま他の女子と話さないだけでしょ。それに私そんな可愛くはないし」
「そんなことあるよ」
二人が後ろを振り返ると、澪が立っていた。
「澪どこに行ってたの?」
「先生に呼ばれた。志望校いい加減決めろってさ」
「もう中三だもんね」
「私今日も塾だもん」
「そんなことより!」
澪が大袈裟に言う。
「樹は絶対陽葵のこと好きだから。だって樹はよく授業中陽葵のこと見てるもん」
陽葵は複雑な顔をした。
陽葵と樹は小学校のときから仲は良かったが、成長するにつれ異性と話すのが恥ずかしくなり、またクラスが離れたこともあってお互いあまり話す機会は無くなり、次第に距離ができていた。しかし、去年からまた同じクラスになってから樹から話しかけてくることが多くなった。
陽葵は樹のことをあくまで友達として見ているだけで、恋愛感情などは全くなかった。それでもよく話している二人は特別な関係に見えるらしく、陽葵は少々うんざりしていた。
「ねえ結月、こんなに可愛い子が小学生の時からの友達だったら絶対好きになるよね?」
「そうよ。それに樹はいい人じゃない」
「まあそれはそうだけどさ」
樹はサッカー部のキャプテンで学級委員もやっている。爽やかで誰にでも親切な女子にも人気の男子だが、陽葵にとって恋愛対象かと言われると少し違う気がする。
「そんなんなら彼と話すのやめてくれない?」
三人の前に彩乃が立ち塞がった。
「別に好きではないんなら樹と話さないで」
「何それ、あんたが言うことじゃないでしょ。彼女でもないのに」
「そうよ、自分が話せないからって陽葵に当たんないでよ」
二人に押され、彩乃は陽葵を睨みつけてから歩いていった。どうやら彩乃は樹のことが好きらしい。
彩乃は樹と同じ学級委員で友達も多く、話し上手ないわゆる陽キャだ。今まであまり話すことはなかったけれど、樹によく話しかけられるようになってから突っかかって来ることが多くなった。
「気にしなくていいわよ、あんな女」
「うんうん」
そんなことを話していたらいつの間にか音楽室に着いていた。
午後の授業が終わり、今日は部活が休みなのでそのまま家に帰る。
家への帰り道が陽葵はとても憂鬱だった。
(家に帰りたくない)
何度もそう思った。でもそう思っていても他に行くあてはない。
アパートの階段を上り、ドアの前でバッグの中のマスクと伊達メガネをつける。つけなければ母がうるさいのだ。
ため息を一つついてからドアを開ける。
「ただいま」
母はおかえりとも言わず、黙ってこっちを見る。
「ご飯作るね」
「さっさとやりなさい。あなたの仕事でしょう」
母は何もしようとしないくせに文句だけは言ってくる。
最近は苛立ちすらおぼえることが無くなり聞き流している。
陽葵の父は陽葵が物心つく前に出ていったらしく一度も会ったことがない。父が出ていってから、母は昼間に飲食店、夜はスナックで働いている。そのため、陽葵が掃除や洗濯や料理などをやっている。
母が陽葵にこんな態度なのは陽葵が出ていった父に似ているかららしい。前に仕事のイライラが最高潮だった母に、その顔がムカつくと殴られてから家ではマスクと伊達メガネを必ず着けるようにしている。だから友達に可愛いと言われてもあまり喜べなかった。
母は文句や嫌味を毎日のように言ってくる。
「あんたはただの居候だから。家事はあんたがやるの。だからって勉強手抜いたら承知しないよ」
どうやら母にとって世間体は大切なものらしく、私は勉強ができる優等生でいなければいけない。昔からそんなのだから陽葵ももう何も言わなくなった。
夕飯ができたが母はソファの上で眠っている。起きていると面倒なので、起こさないように陽葵は自分の部屋に戻った。
一時間ほど経った後、宿題を終えてリビングに戻ると母はもう出かけていた。おそらく夕飯を食べて仕事に行ったのだろう。シンクには母が使った食器が放置されていた。
陽葵も夕飯を食べて塾に行く準備をした。塾は週に四回、九時まである。勉強にうるさい母が入れたのだ。
陽葵はバッグを持って家を出ると、外はもう日が暮れようとしていた。
陽葵は少し遠回りして海岸近くの道を通る。海を見て、波の音に耳をすませると不思議と気分が落ち着く。
「気持ちいい」
心地よい海風が頬を掠める。
家ではあまり話さない分学校では明るくしようと思っているが、学校は学校で嫌なこともある。陽葵は今日の彩乃からの嫌味を思い出したが、そんな暗い気持ちを海風は奪い去ってくれる気がした。
すると、浜辺に誰かが座っているのが見えた。おそらく高校生の男子だった。
彼の茶髪と雫のように澄んだ瞳が海に落ちていく夕日に照らされて輝いていた。
思わずその横顔に見惚れたが、陽葵は塾があったことを思い出し早歩きで去っていった。
(誰だったんだろう。いつもはいない人だったよな)
塾に行っても陽葵はその人のことが気になってその日は授業に集中できなかった。
「うん」
結月の言葉に陽葵は頷く。
「次は音楽か〜、やっと楽な教科だよ」
「でも音楽室遠いよ」
「うわそうだった」
音楽室は四階にあって教室は一階。三回も階段を上らなければいけない。
「落としたよ」
二人が廊下を歩いていると、後ろから樹が声をかけてきた。どうやら陽葵がヘアピンを落としたらしい。
「ありがと、樹」
そのまま樹は無言で去っていった。樹がどこかへ行ったのを確認して結月は言った。
「絶対樹は陽葵のこと好きだよ」
「それは無いって」
「絶対そうだよ。だってあいつ女子は陽葵にしか話しかけないし、陽葵可愛いもん」
「そんなことないよ、たまたま他の女子と話さないだけでしょ。それに私そんな可愛くはないし」
「そんなことあるよ」
二人が後ろを振り返ると、澪が立っていた。
「澪どこに行ってたの?」
「先生に呼ばれた。志望校いい加減決めろってさ」
「もう中三だもんね」
「私今日も塾だもん」
「そんなことより!」
澪が大袈裟に言う。
「樹は絶対陽葵のこと好きだから。だって樹はよく授業中陽葵のこと見てるもん」
陽葵は複雑な顔をした。
陽葵と樹は小学校のときから仲は良かったが、成長するにつれ異性と話すのが恥ずかしくなり、またクラスが離れたこともあってお互いあまり話す機会は無くなり、次第に距離ができていた。しかし、去年からまた同じクラスになってから樹から話しかけてくることが多くなった。
陽葵は樹のことをあくまで友達として見ているだけで、恋愛感情などは全くなかった。それでもよく話している二人は特別な関係に見えるらしく、陽葵は少々うんざりしていた。
「ねえ結月、こんなに可愛い子が小学生の時からの友達だったら絶対好きになるよね?」
「そうよ。それに樹はいい人じゃない」
「まあそれはそうだけどさ」
樹はサッカー部のキャプテンで学級委員もやっている。爽やかで誰にでも親切な女子にも人気の男子だが、陽葵にとって恋愛対象かと言われると少し違う気がする。
「そんなんなら彼と話すのやめてくれない?」
三人の前に彩乃が立ち塞がった。
「別に好きではないんなら樹と話さないで」
「何それ、あんたが言うことじゃないでしょ。彼女でもないのに」
「そうよ、自分が話せないからって陽葵に当たんないでよ」
二人に押され、彩乃は陽葵を睨みつけてから歩いていった。どうやら彩乃は樹のことが好きらしい。
彩乃は樹と同じ学級委員で友達も多く、話し上手ないわゆる陽キャだ。今まであまり話すことはなかったけれど、樹によく話しかけられるようになってから突っかかって来ることが多くなった。
「気にしなくていいわよ、あんな女」
「うんうん」
そんなことを話していたらいつの間にか音楽室に着いていた。
午後の授業が終わり、今日は部活が休みなのでそのまま家に帰る。
家への帰り道が陽葵はとても憂鬱だった。
(家に帰りたくない)
何度もそう思った。でもそう思っていても他に行くあてはない。
アパートの階段を上り、ドアの前でバッグの中のマスクと伊達メガネをつける。つけなければ母がうるさいのだ。
ため息を一つついてからドアを開ける。
「ただいま」
母はおかえりとも言わず、黙ってこっちを見る。
「ご飯作るね」
「さっさとやりなさい。あなたの仕事でしょう」
母は何もしようとしないくせに文句だけは言ってくる。
最近は苛立ちすらおぼえることが無くなり聞き流している。
陽葵の父は陽葵が物心つく前に出ていったらしく一度も会ったことがない。父が出ていってから、母は昼間に飲食店、夜はスナックで働いている。そのため、陽葵が掃除や洗濯や料理などをやっている。
母が陽葵にこんな態度なのは陽葵が出ていった父に似ているかららしい。前に仕事のイライラが最高潮だった母に、その顔がムカつくと殴られてから家ではマスクと伊達メガネを必ず着けるようにしている。だから友達に可愛いと言われてもあまり喜べなかった。
母は文句や嫌味を毎日のように言ってくる。
「あんたはただの居候だから。家事はあんたがやるの。だからって勉強手抜いたら承知しないよ」
どうやら母にとって世間体は大切なものらしく、私は勉強ができる優等生でいなければいけない。昔からそんなのだから陽葵ももう何も言わなくなった。
夕飯ができたが母はソファの上で眠っている。起きていると面倒なので、起こさないように陽葵は自分の部屋に戻った。
一時間ほど経った後、宿題を終えてリビングに戻ると母はもう出かけていた。おそらく夕飯を食べて仕事に行ったのだろう。シンクには母が使った食器が放置されていた。
陽葵も夕飯を食べて塾に行く準備をした。塾は週に四回、九時まである。勉強にうるさい母が入れたのだ。
陽葵はバッグを持って家を出ると、外はもう日が暮れようとしていた。
陽葵は少し遠回りして海岸近くの道を通る。海を見て、波の音に耳をすませると不思議と気分が落ち着く。
「気持ちいい」
心地よい海風が頬を掠める。
家ではあまり話さない分学校では明るくしようと思っているが、学校は学校で嫌なこともある。陽葵は今日の彩乃からの嫌味を思い出したが、そんな暗い気持ちを海風は奪い去ってくれる気がした。
すると、浜辺に誰かが座っているのが見えた。おそらく高校生の男子だった。
彼の茶髪と雫のように澄んだ瞳が海に落ちていく夕日に照らされて輝いていた。
思わずその横顔に見惚れたが、陽葵は塾があったことを思い出し早歩きで去っていった。
(誰だったんだろう。いつもはいない人だったよな)
塾に行っても陽葵はその人のことが気になってその日は授業に集中できなかった。
