泣いたら井戸に入れられた

北見はスマホを眺めていた。
足を組み、椅子をぐるりと回転させる。

ーーここまでか。

動画が削除されたところで、新しい投稿は途絶えた。
単に満足したのか、もしかしたら皆「取り消しました」を見て何か察したのかもしれない。

まあいい。
収穫は十分だ。後でじっくりパソコンで見よう。

『おやすみ』

北見はスタンプを押して、スマホを机に置く。
立ち上がり、風呂に入るためにクローゼットの扉を開けた。


*  *  *


神楽は、スマホに表示されたサムネイルを見て青ざめていた。
動画を再生したいのに、手が震える。

ーーなんで動画撮るのを止めなかった!

送信元の女子から電話がかかってきて心臓が跳ね上がった。
明るい声を意識しながらでると、突然

「神楽くん、ごめん!」

と謝られた。

「え、ごめんって?」

とぼけて言うと、女子が申し訳なさそうに言った。

「あの、写真のこと……。嬉しくてついスマホで撮っちゃって。本当に本当にごめんなさい」

「写真?」

意表をつかれた。心あたりがない。

ーーどういうことだ?

聞こうとした途端、女子に遮られる。

「あー折り返し来た。ごめん、一旦切るね。〇子にも電話してて、さっき出なかったから。佐藤と北見にも電話して、ちゃんと消してって言っとくから。元データも消すね。本当にごめんなさい」

……電話を切られてしまった。
神楽の心に不穏な影が広がっていく。

自分が気づかない間にどこかに写真が飾られていたとか?
さすがにそれはないだろう。
動画を見れば分かる。

神楽はスマホを置いて、PCを起動した。
同期された動画をPCの大画面でしっかり確認するつもりだ。
息を詰めて、再生ボタンを押す。

一瞬ベランダのオリーブの木が映ったあと、包丁を持つ手元が映った。
サラダ用のキュウリを切っている。トントントン、トン、と不規則な音が続いている。

『オレ下手すぎ?大丈夫?』
『口に入れば同じだよー』
『キビシー』

何気ない女子との会話も録音されている。
新婚っぽい会話だが、これがタイトルの「新婚」なんだろうか。

映像が切り替わる。
コンロと、その横の調理台の奥に置かれたスマホが映っている。
そのスマホに、神楽は一瞬声を上げそうになった。

オレのスマホ……!

そうだ。

女子に「パエリアのレシピ探してくれない?」と言われて、スマホでレシピを出した。そのレシピを表示させた状態で料理をしていた。

心臓がドクン、ドクンと脈打つ。冷や汗が出る。

……スマホが鳴った瞬間が映っているかもしれない。

そのとき自分はその場にいなかった。

動画の中のスマホは、まだ鳴らない。調理台の奥におかれ、時折画面が消えないようにタップされている。

『コンソメって、チキンとビーフどっちがいいの?両方買ってきたよ』
『顆粒のほうが楽じゃない?』

他愛のない会話が続いている。
神楽は息を詰めてPC画面を見つめる。

また画面が切り替わった。

『もうすぐ出来上がりでーす。蓋を開けてみましょう!』

女子のアップが映る。自分がいないときだ。
洗面所にタオルを取りに行って……戻ってきたら、父からの着信が残っていた。
覚悟を決めて画面を見つめる。

ピピピ

動画の中でスマホの鳴る音がした。

『神楽くんの鳴ってるぅ』

そんな声が入った、次の瞬間

「きゃ、これ、何っ。結婚式の写真?!」
「このちっちゃい子、神楽くんじゃない? 可愛い!」
「隣の子も可愛い!」

女子がカメラを向けたのだろう。PCの大画面に、女子が撮った神楽のスマホの着信画面が大きく映しだされた。

そこには、父から着信した時に表示される画像がーー

教会の前で、タキシードに身を包んだ北見の父親とウェディングドレス姿の神楽の母親、小さな神楽と北見が一緒に映った写真が表示されていた。

ーー最悪だ!

結婚式なんて出たこともないのに。
勝手に作られた合成写真。それを着信画面に設定された。北見の目の前で鳴ったらまずいと変更しようとしたが、パスワードがかけられていて出来なかった。

あのとき、自分が洗面所から戻ると、女子二人は既にリビングにいた。

『着信画面を女子に見られたかもしれない』と思わなかったわけじゃない。

でも、女子は「神楽くんのスマホ鳴ってたよ」と、リビングで音だけ聞いたような言い方をしていた。

それに、もし見られたとしても顔も鮮明ではない。そんなに興味を引くこともないだろうと……そう思って…。

きっと女子たちは、この動画を撮ったことを黙っているつもりだったんだろう。
それを、北見が引きずり出した。


*  *  *


風呂を出た北見は、キッチンに寄りペットボトルの水を冷蔵庫から出す。
冷たいシャワーを浴びて、深夜ではあるが頭を冴えさせた。

ーー少し丁寧に動画を確認するか。

そう思いながら自室のドアを開け、思わずペットボトルを落とした。

「…………!!」

水がごろごろと床を転がっていく。
驚きと恐怖のあまり、数歩後ずさる。

北見の椅子には父が座り、足を組んでいた。手には北見のスマホを持っている。

そしてPCには、これから見ようと思っていた動画ーー神楽の、包丁を持った白い手が表示されていた。