約束の日曜日。
「おーい、こっちこっち!」
駅前のロータリーで数人が手を振っていた。佐藤に女子が二人、そしてーー神楽の姿もある。
待ち合わせ時間にはまだ10分もあるのに早々に全員集合しているあたり、皆、神楽の家訪問が楽しみなのだろう。
北見が慌てて走っていくと、神楽が笑顔で言った。
「んじゃ、これで揃ったね。行こっか!」
くるりと背を向けた。案の定、北見には目を合わせない。
先日、流されるまま神楽家訪問メンバーに加えられた。
関わりたくないのに行くことにしたのは、神楽の「一人暮らし」に興味を持ってしまったからだ。
だが今は。
ーー神楽の母親は父親の愛人なのか?
北見は心の中で疑惑を反芻する。
神楽の家に行けば、何か確認できるものが出てくるかもしれない。
父やキョーコが神楽の面倒を見ている証拠。書類、郵便物、他に何がある。
二人が何を隠しているのか。愛人かどうかが分かれば、一つ前に進める。
神楽は佐藤と並んで歩きはじめる。手にはネギが飛び出したエコバッグを持っている。
北見はその後ろを、女子二人と話しながら歩いていた。
薄着になったせいか、神楽のすらっとした後ろ姿が、なんだか前より痩せてみえる。
そして相変わらず、北見もよく選ぶブランドの服を着ている。好みが一緒だということだ。取られたようで腹が立つ。
「うち、こっち」
駅から歩いて五分。神楽の住むマンションは、低層で緑に囲まれた家庭的な雰囲気だった。虫取り網を持った子供たちが駆け回り、玄関前には生協の宅配が並んでいる。
「ここです!」
神楽が笑顔でドアを差し、ガチャッと鍵を開けて皆を招き入れる。
北見は最後に入り、内側から鍵を閉めた。
「あ」
ありがとう、という言葉を飲み込んだ神楽と目が合った。
ーー言いたくないんだな。
神楽はふいと目をそらすが、行動を監視するように、北見がリビングに向かうのをじっと睨みつけている。北見は素知らぬ顔をした。
「おーきれい、広い!」
「よく掃除してるね。男の一人暮らしとは思えない!」
「人来るから必死に片付けた」
神楽は苦笑した。
突き当たりは南向きのリビングだった。12畳ほどのスペースに、ソファとテレビ。
私物と言えるようなものが出ておらず、モデルルームのようだった。
神楽に促され、北見と佐藤がソファに座る。神楽は女子にキッチンに引き摺られていく。
北見はそれとなく室内を観察した。
淡いブルーのカーテンがひらひらと風に揺れている。窓の向こうには公園の緑が広がっていて、開放感がある。
壁際には、積まれた未開梱の段ボール。
部屋に入ってくるときにちらっと確認したが、宛名ラベルは全て綺麗に剥がされていた。
玄関からリビングまでの間にあと二部屋あった。
この部屋以外をメインに使っているのだとしたら、生活感の薄いこの部屋もおかしくはない、が……。北見はなんとなく部屋を見回す。
一時間ほどして、エビの良い匂いがふわっと漂ってきた。
「パエリア作りましたー!お昼にしよ!」
女子がにこにこしながらキッチンから戻ってくる。手には大きな鉄製の鍋。
「おっうまそう! 一人暮らしの家にそんなデカい鍋あんの!?」
佐藤が聞くと、女子が『そうそう』と笑う。
「結構なんでもあってびっくりした。調味料も。神楽くんが買ったの? それともお母さん?」
神楽は「あー、まあそんな感じ……」と曖昧に笑っている。
「いただきます!」
全員で手を合わせてから、パエリアを食べる。北見が料理を取り分けると、女子がきゃっと喜んで写真を撮っていた。
「もっと写真撮ろうよ!」
女子の声に応じて「いいね」と北見はポーズをとる。リビングのソファで佐藤と絡んでぱしゃり。女子にリクエストされて、窓の外も入れてぱしゃり。
途中、女子が「神楽くんの個室は? 見たい!」と騒いだが、神楽に却下されていた。
そうしているうちに時間がたち、そろそろ帰ろうと佐藤が言い出した。
「お邪魔しましたー」
玄関で靴を履きながら、女子が笑顔で声を掛ける。
神楽も笑顔で小さく手を振り、見送りをする。北見と目があった瞬間だけ、案の定真顔になった。
「じゃ、…今日はどうも」
それでも、一応訪問はしたのだからと北見が礼を言う。神楽は無表情のまま黙って玄関に立っている。
靴を履き、外に出て玄関のドアを閉めようとしてーー
北見はふと、部屋の奥から音を聞いた気がした。
この家に来てから、なんとなく違和感を覚えていた。
綺麗すぎる部屋や、宛名ラベルの剥がされた段ボールじゃない。一人暮らしなのに大きな鍋があるとか、そういうことじゃない。
そうじゃない。
もっと根源的な違和感。
小さな音。行動を見張る神楽。……開けられなかった個室。
そうだ。
この家。オレたち以外に、誰かいる。
そう思った瞬間、目の前でドアをバタリと閉められた。
がちゃっと内鍵をかけられる。締め出されたドアの外で、北見は呆然と立ち尽くす。
ドアノブに手をのばしかけて、戻す。
* * *
神楽は、内鍵を締めて後ろを振り返った。
訪問の時には開けられなかった個室のドアが開く。
中からスーツ姿の背の高い男が現れた。
神楽は絶望して深く息を吐いた。
北見の、そして神楽にとっては義理のーー父親だった。
「おーい、こっちこっち!」
駅前のロータリーで数人が手を振っていた。佐藤に女子が二人、そしてーー神楽の姿もある。
待ち合わせ時間にはまだ10分もあるのに早々に全員集合しているあたり、皆、神楽の家訪問が楽しみなのだろう。
北見が慌てて走っていくと、神楽が笑顔で言った。
「んじゃ、これで揃ったね。行こっか!」
くるりと背を向けた。案の定、北見には目を合わせない。
先日、流されるまま神楽家訪問メンバーに加えられた。
関わりたくないのに行くことにしたのは、神楽の「一人暮らし」に興味を持ってしまったからだ。
だが今は。
ーー神楽の母親は父親の愛人なのか?
北見は心の中で疑惑を反芻する。
神楽の家に行けば、何か確認できるものが出てくるかもしれない。
父やキョーコが神楽の面倒を見ている証拠。書類、郵便物、他に何がある。
二人が何を隠しているのか。愛人かどうかが分かれば、一つ前に進める。
神楽は佐藤と並んで歩きはじめる。手にはネギが飛び出したエコバッグを持っている。
北見はその後ろを、女子二人と話しながら歩いていた。
薄着になったせいか、神楽のすらっとした後ろ姿が、なんだか前より痩せてみえる。
そして相変わらず、北見もよく選ぶブランドの服を着ている。好みが一緒だということだ。取られたようで腹が立つ。
「うち、こっち」
駅から歩いて五分。神楽の住むマンションは、低層で緑に囲まれた家庭的な雰囲気だった。虫取り網を持った子供たちが駆け回り、玄関前には生協の宅配が並んでいる。
「ここです!」
神楽が笑顔でドアを差し、ガチャッと鍵を開けて皆を招き入れる。
北見は最後に入り、内側から鍵を閉めた。
「あ」
ありがとう、という言葉を飲み込んだ神楽と目が合った。
ーー言いたくないんだな。
神楽はふいと目をそらすが、行動を監視するように、北見がリビングに向かうのをじっと睨みつけている。北見は素知らぬ顔をした。
「おーきれい、広い!」
「よく掃除してるね。男の一人暮らしとは思えない!」
「人来るから必死に片付けた」
神楽は苦笑した。
突き当たりは南向きのリビングだった。12畳ほどのスペースに、ソファとテレビ。
私物と言えるようなものが出ておらず、モデルルームのようだった。
神楽に促され、北見と佐藤がソファに座る。神楽は女子にキッチンに引き摺られていく。
北見はそれとなく室内を観察した。
淡いブルーのカーテンがひらひらと風に揺れている。窓の向こうには公園の緑が広がっていて、開放感がある。
壁際には、積まれた未開梱の段ボール。
部屋に入ってくるときにちらっと確認したが、宛名ラベルは全て綺麗に剥がされていた。
玄関からリビングまでの間にあと二部屋あった。
この部屋以外をメインに使っているのだとしたら、生活感の薄いこの部屋もおかしくはない、が……。北見はなんとなく部屋を見回す。
一時間ほどして、エビの良い匂いがふわっと漂ってきた。
「パエリア作りましたー!お昼にしよ!」
女子がにこにこしながらキッチンから戻ってくる。手には大きな鉄製の鍋。
「おっうまそう! 一人暮らしの家にそんなデカい鍋あんの!?」
佐藤が聞くと、女子が『そうそう』と笑う。
「結構なんでもあってびっくりした。調味料も。神楽くんが買ったの? それともお母さん?」
神楽は「あー、まあそんな感じ……」と曖昧に笑っている。
「いただきます!」
全員で手を合わせてから、パエリアを食べる。北見が料理を取り分けると、女子がきゃっと喜んで写真を撮っていた。
「もっと写真撮ろうよ!」
女子の声に応じて「いいね」と北見はポーズをとる。リビングのソファで佐藤と絡んでぱしゃり。女子にリクエストされて、窓の外も入れてぱしゃり。
途中、女子が「神楽くんの個室は? 見たい!」と騒いだが、神楽に却下されていた。
そうしているうちに時間がたち、そろそろ帰ろうと佐藤が言い出した。
「お邪魔しましたー」
玄関で靴を履きながら、女子が笑顔で声を掛ける。
神楽も笑顔で小さく手を振り、見送りをする。北見と目があった瞬間だけ、案の定真顔になった。
「じゃ、…今日はどうも」
それでも、一応訪問はしたのだからと北見が礼を言う。神楽は無表情のまま黙って玄関に立っている。
靴を履き、外に出て玄関のドアを閉めようとしてーー
北見はふと、部屋の奥から音を聞いた気がした。
この家に来てから、なんとなく違和感を覚えていた。
綺麗すぎる部屋や、宛名ラベルの剥がされた段ボールじゃない。一人暮らしなのに大きな鍋があるとか、そういうことじゃない。
そうじゃない。
もっと根源的な違和感。
小さな音。行動を見張る神楽。……開けられなかった個室。
そうだ。
この家。オレたち以外に、誰かいる。
そう思った瞬間、目の前でドアをバタリと閉められた。
がちゃっと内鍵をかけられる。締め出されたドアの外で、北見は呆然と立ち尽くす。
ドアノブに手をのばしかけて、戻す。
* * *
神楽は、内鍵を締めて後ろを振り返った。
訪問の時には開けられなかった個室のドアが開く。
中からスーツ姿の背の高い男が現れた。
神楽は絶望して深く息を吐いた。
北見の、そして神楽にとっては義理のーー父親だった。



