泣いたら井戸に入れられた

テスト結果発表の翌日。

北見が教室に入ると、すでに神楽は席でクラスメイト達に囲まれていた。中には、佐藤もいる。

「お前すっげーじゃん。オレの目に狂いはなかったね!」と佐藤。
「いやサトー、あんたどの立場?」
「いいじゃん。転校初日から神楽を見抜いたオレすげーってことで」
「すごいのは神楽くんでしょ。よく頑張ったね!」

女子がわしゃわしゃと神楽の髪を撫でまわす。
神楽は苦笑しながらされるがままになっている。

北見が席にカバンを置くと、クラスメイトたちの輪が北見の席まで広がった。

「来た、ツートップの片割れ」
「顔面偏差値ツートップ!」
「いや成績の話よ」 

うるせぇ。だが、そのおかげで、神楽と二人きりの空気に耐えなくて済むのはありがたい。神楽も笑顔ではいるが、こちらを見てはこない。まあ、

『オレに関わるな』

なんて言った手前、どう接すればいいのか迷っているのかもしれない。
少なくとも表面上は、これまで通り「仲は普通のクラスメイト」という状態を保つしかない。自分も。

「でも神楽くん、もう大丈夫なの? 体調」

女子が言うと、神楽はぱっと笑った。

「だいじょーぶ。つか、腹痛くて転がりまわってただけだから。もう死んだわ」

あはは、と笑いが起きる。

ーーテストん時の体調不良は腹痛って感じじゃなかったけどな。

そう思いつつも口には出さない。

「神楽くん、一人暮らしなんでしょ。変なもん食べたんじゃないの? 私、作りにいこっか? 料理教えてあげるよ」
「それいい! わたしも行きたい!」

成績の話から離れて神楽の一人暮らしの話になる。
北見は複雑な思いでそれを見ていた。

自分は成績のことばかり考え、悔しさやプレッシャーでいっぱいになっていた。
誰かが「数学と物理がなければ、神楽が一位」と言い始めるのではと恐れていた。

けれど、皆、あっさりと次の話題にいってしまった。神楽もにこにこ笑っているだけ。

自分が成績に囚われるのは、結局父親のせいなのか? 
いや、違う。

ーーあの時はただ、屈辱しかなかった。

北見は成績表を見たときの恥ずかしさを思い出し、拳をぐっと握りしめた。

「じゃー次の日曜ね! 北見くんも、11時〇×駅集合」

「えっ?」

女子につつかれて、北見は、はっとして顔を上げた。11時? 何の話?

「だから、神楽くんち遊びいくの。このメンツね。あとでLINEグループ作っとくから!」

「あー」

とっさに反応出来なかった。
正直、いくばくかの興味があったのは事実だ。
神楽がなぜ一人暮らしをしているのか、どんな暮らしをしているのか。

一人暮らしというのは、どれだけ自由なものなのか。

嫌いな奴のはずなのに、気が付いたら

「分かった。11時ね」

と、答えていた。

それを見た神楽が、驚いたように北見を振り返った。
まさか行くと言うとは思わなかったのか。

チャイムが鳴り、担任が入ってくる。
佐藤も、女子たちも自分の席に慌てて戻っていく。
北見は教科書とノートを出し、シャープペンをノックした。ふと、隣から視線を感じた。

神楽が、こちらを睨みつけていた。
目があうと、ふいと反らして頬杖をつき、外を見ている。

ああ、『オレに関わるな』ってことか。

あのとき、一方的に叩きつけられた感情に驚きーー言い返せなかった。

関わるなと言うなら、関わってやる。
どうするかを決めるのはオレだ。

北見は、対抗するように睨みつけた。

神楽は、睨みつけてきたくせに反撃されるとおびえるのか、長いまつ毛をぱちぱちと震わせていた。