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「私、大川先輩のことが好きなんです」
教室の入り口で突然そう言われて、あたしは戸惑った。
一年生だろう。リボンの色でわかった。
「そうなんだ」
淡々とあたしがそう答えると、彼女は意外そうに目を細めた。
その子は、大川くんの部活の後輩だそうだ。大川くんは剣道部に所属していた。あたしは美術部だからだいたい剣道部より早く部活が終わるので、少し自分の教室で時間を潰していることが多かった。今日もここで大川くんの部活が終わるのを待っていた。
「あの、私、大川先輩のことが好きなんです」
彼女は繰り返した。
一年生が二年の教室までやってくるのは勇気がいったことだろう。現に、彼女の頬は緊張からか強張っていた。
あたしは首を傾げた。
「えーと、なんでそれをあたしに言うの?」
聞いてから気付いた。これは彼女なりの宣戦布告だろうと。
聞くまで気付かなかったのは、自分の心がもう大川くんからは離れてしまっていたからだろう。
「町田先輩が大川先輩の彼女だからです」
案の定、彼女はそう答えた。だからあたしもそれに応えた。
「ごめんね」
言った瞬間、彼女は悔しそうにきゅっと口を引き結んだ。あたしは慌てて「違う違う」と手を振った。
「そうじゃなくて。あたし、もう大川くんの彼女じゃなくなる予定だから」
そう言うと、彼女は目をまんまるにした。
「別れるんですか……?」
「うん。今日切り出すつもりだった」
あれから一週間。大川くんとはぎくしゃくしている。帰り道の会話も弾まない。理想の彼氏をつかまえたと思ったばかりの時は、彼に気に入られようと必死に会話をしていたが。もう、会話を弾ませようという気持ちもおきなかった。
多分大川くんはすんなりと別れを受け入れるだろう。大川くんにとっても、あたしは理想の彼女ではなかっただろうから。
すると彼女は突然怒りだした。
「町田先輩のほうから振るんですか!? あんなに素敵な人なのに!」
あたしにキレられても困る。が、仕方ない。説明しようと試みる。
「ん-。素敵な人だけど、なんていうか」
考えながらそう言って、あたしはふと気付いて尋ねてみた。
「あなたは大川くんのどこがそんなに素敵だと思うの?」
その質問には深い意味はなかった。
彼女はぽっと頬を赤くして答えた。
「どこって、優しいし、正義感があるし……」
彼女は、あたしも同意する大川くんの素敵なところを挙げた。
「だから前々から気になってはいました。でも、恋に落ちたのは最近です」
彼女はうっとりとしたような目をした。
「先輩のクラスメイトが万引きしましたよね。一年生にもその噂は届いてましたよ。その時の大川先輩の強い正義感に惹かれました。先輩はとってもその犯罪に腹を立てていて。私も同感でした。事なかれ主義というか、なあなあにしている先生たちにムカついていたんです。あれじゃあ、万引きする人がいなくならないと思います。普通に生活している私たちがあんな人たちと同じ土俵で受験戦争戦うとか、ありえない。私、犯罪者に甘い社会って、よくないと思うんです!」
「なるほどね」
あたしは頷いた。
彼女の言葉があたしのここ数日のもやもやを晴らしてくれた気がした。
あたしの考えは少し甘いのだ。大川くんやこの子の基準で考えると。
「性格が良い」の「良い」の考え方は人それぞれだ。
大事なのは「性格が良い」ではなく「性格が合う」だった。少なくともあたしはそうだった。
「顔が良い」だけで彼氏を選ぶのはバカバカしい。そう思っていた。
けれど、「性格が良い」だけで彼氏を選んだあたしには、それをバカにする資格があるのか。結局失敗したくせに。
ーーというか。
何を基準に彼氏を選ぼうと、人それぞれでいいのではないか。
それが吉と出るか凶と出るか、そんなのはきっと、誰にもわからない。
あたしは性格が合う人じゃないと一緒にいるのは耐えられないと気付いたけれど。
目の前で顔を赤くしている彼女に、あたしは微笑んだ。
「きっとあなたと大川くんは合うと思うよ」
でも「性格が合う」人と付き合うことが、成功への道なのか。
それも、やってみないと誰にもわからないだろうけれど。



