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今日はお母さんの誕生日だ。
あたしはプレゼントを買いに一人街へと繰り出していた。お母さんに欲しいとリクエストされたお花のアレンジメントを受け取りに行くのだ。
昨日実は大川くんにデートに誘われたが、こちらの予定が先に入っていたので断った。断れたことにどこかほっとしている自分がいた。
お花屋さんできれいなアレンジメントを受け取って街を歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「お、凪じゃん」
振り返ると、百合亜が手を大きく振っていた。隣には知らない男の子がいる。
「凪、買い物? 何買ったの?」
百合亜があたしの手の中の紙袋を覗き込んだ。あたしは「お花だよー」と紙袋を掲げて見せた。
「百合亜は?」
「デート?」と聞こうと思ったが、やめておいた。隣にいる男の子は例のイケメン彼氏ではない。しかし。
「デート!」
百合亜が嬉しそうにそう答えたのであたしは肩すかしをくらった。
「えっ。あの彼氏と別れたの?」
言ってからしまったと思った。元カレの話など出して欲しくなかったかもしれない。
しかし、そんな心配は杞憂だった。
「うん、別れた-。やっぱりちょっとやんちゃが過ぎてたからやめといた」
「そうなんだ」
「そのほうがいいよ」と思ったが、言っていいものかわからないのでそこで口を閉ざした。「こちら、凪。あたしの友達だよ」
百合亜が新しい彼氏にあたしを紹介した。次に自分の彼氏に手の平を向けて「こちら、彼氏!」とあたしに紹介してくれた。シャープな感じのするイケメンだった。
「あのね、元カレの従兄弟だよ。大学一年生」
「ええっ」
あたしはびっくりして声を上げた。
親戚だったのか。どうりで似た感じのイケメンだと思った。
百合亜は続けた。
「あの万引きした日にさ。元彼の両親海外出張中でさ、代わりに伯父さんが来たの。そんで彼も一緒に店に来て。そこで知り合った」
「そう、だったんだ……」
彼氏さんは苦笑した。
「ほんとあいつ、昔っからやんちゃで。でも、万引きとかするとは思わなかった。『高校生にもなって、万引きとか、恥ずかしくないのか!』って、きつく叱ったよ」
「そう! でね、その姿にきゅん! てきちゃった。元カレに似てイケメンだし」
「いやいや、百合亜ちゃん。どんだけこの顔が好きなんだよ」
「だって-。この顔見てるだけで幸せになれるっていうか-」
ーーえ、ちょっと軽すぎない?
あたしは二人のノリに戸惑った。そしてちょっともやっとした。
万引き騒ぎ起こして彼氏と別れたばかりなんだよね? 今カレのほうも「高校生にもなって」って、普通小学生でも万引きとか恥ずかしいよね?
わずかに二人に引きつつも。
まあ、いっか。二人が幸せなら。あたしには関係ないし。
それほどひどく不快な気分ではなかった。
二人が楽しそうに会話しているのを眺めながら、あたしはふと大川くんのことを思い出した。
「そんな簡単に幸せになっていいはずがない」大川くんはそう言っていた。
いいのかな? ダメなのかな?
大川くんは正義感が強い。その性格の良さを好きになった。
ーーでも、正義って正しいのかな?
あたしは頭がこんがらがってよくわからなくなった。
「町田さん。話がある」
放課後の誰もいない教室。大川くんが真面目な顔でそう切り出してきた。
「え、な、何?」
あたしはびくびくしながら大川くんの次の言葉を待った。なんで彼氏相手にびくびくしなければならないのかと心の片隅で思いながら。
大川くんはふーっと深いため息をついた後、あたしに向き直った。
「町田さん。付き合う友達は選んだほうがいい」
そう言われて、すぐにぴんと来た。
「それって、百合亜のこと?」
「当たり前だよ」
大川くんは再びためいきをついた。あたしは弁解した。
「誤解だよ、大川くん。あたし百合亜とはそれほど仲良くないよ」
クラスメイトだからしゃべるし、たまには一緒にお昼を食べたりはする。けれど、あたしがよくつるんでいる友達の中に百合亜は入っていない。百合亜とは別のグループだ。
しかし、大川くんは首を横に振った。
「まあ、見てればわかるよ。町田さんは別のグループだよね。でも、多少は仲がいいだろう? この間の休み、一緒にいるのを見かけたよ」
あたしはぎくりとした。見られていたのか。あの後、三人で軽くお茶を飲んだのだ。あたしはさらに弁明した。
「違うの。デート断ったのは、本当にお母さんの誕生日だからで」
「それは別にいいんだ」
大川くんはあたしの言葉を遮った。どうやら嘘をつかれたとは思っていないらしい。
となると、やはり百合亜と一緒にいたことが気にくわないのだろう。あたしは昨日のいきさつを説明しようとした。
「百合亜とはたまたま会ったから一緒にいただけで。だってそんなに仲良くないし」
あたしは何を言っているのだろう。大川くんはあたしの親か。「あの子と遊んじゃいけません」的な。
大川くんは「過ぎたことはいいんだ」と小さく呟いてから続けた。
「昨日、彼氏も一緒だったろ。万引きするようなカップルと今後は接触しないほうがいい」
「あ。あの彼氏は新しい彼氏で、万引きした彼氏じゃないよ」
フォローのつもりだった。しかし大川くんはさらに目をいからせた。
「別の男なの!? でもまあ、万引きしたばっかりの女と付き合うような彼氏じゃ、彼氏もろくでもないだろうね」
「い、いや、彼氏は万引きはダメだって言って……」
あたしは何故か百合亜たちをフォローしてしまった。別に本当に百合亜とはたいして仲良くない。大川くんに百合亜がどう思われようと関係ないのに。
すると大川くんは「そんなの当たり前だよ」と肩を落として、首を左右に振った。
「なんで町田さんは彼女をそんなにかばうの」
言われてはっとした。あたしは何を必死になっているのだろう。
あたしは何をしているのか。
「町田さんって、思ってたより頑固だね……」
呆れたように大川くんが呟いた。
確かにそうだ。
自分が何故百合亜をフォローしているのか、なにをここまで必死になっているのか、わからない。
でも、わかることはある。
あたしは俯いて口ごもりながら呟いた。
「お、大川くん、ちょっときびしすぎないかな……」
「厳しい」とは違う気がしたが、その単語しか思い浮かばなかった。
しばらく顔を上げないでいると、頭上からためいきが聞こえた。大川くんのため息だ。
「……わかった。ちょっと俺も熱くなりすぎたかも。お互い冷静になったほうがいいかもね」
あたしは冷静だよ。
そう言おうと口を開きかけたが、それは言葉にならなかった。大川くんがこちらを軽蔑するような目で見ていたから。
「じゃあ、また明日」
大川くんはそう言って、静かに去って行った。あたしは何も答えられなかった。
大川くんがいた場所が、赤く夕焼けに照らされていた。
あたしはその床を見つめながら考えた。
ううん、今は確かに大川くんの言うとおり熱くなってるのかもしれない。
けれど、冷静になってもきっと同じように感じると思うよ。
ーー大川くんについていけない。



