ノンバイナリー

「お母さん、どこぉ!」
私は八歳の夏、母に連れられて行った大型ショッピングモールで迷子になった。
リューアルオープンしたからか、夏休みだからか、室内は賑わっていて探し人を見つけるのは困難だったように感じる。
母を呼ぶ声も虚しく、店内に響く曲と店員の声、それに劣らぬように張り上げる客の声でかき消されてしまっていた。
慣れない場所ということもあり私の体力は緊張のあまり消耗されていった。
元来の正確が人見知りなこともあり、私はなすすべなく大人しく壁の方でダンゴムシのように丸くなった。
「お母さん、、」
ずっとそう呟いていた。

「どうしたんだい?こんな所で」
私を覆うように影が重なる。
恐る恐る顔をあげると、線の細く肌の白さが目につく青年が私を見下ろしていた。
青年は膝をおり、私と目線を合わせて頭を撫でた。
その手は少し冷たくて、でも優しくて、撫でられると自然と安らぐのを感じた。
「お母さん、、、」
「お母さん、、か、迷子かな?迷子センターは、、、場所分からないや。しょうがない。おいで」
そう言われて連れていかれたのは店の裏の方。
もう少し歳を重ねていたら関係者以外立ち入り禁止の札を読めていたのだろうが、当時の私には知るよしもなく青年に手を引かれるがまま入って行った。
「少しここで待っててね」
そう言って青年は戸を開け入って奥の部屋へ入って行った。
他に誰かいるのか、扉の中では話声が聞こえる。
しばらくすると、女の人が顔を覗かせる。
「ごめん、待たせたね」
そう言って私の頭を撫でた。
その手には覚えがある、そう、それはつい先程体験したものだ。
「お兄さん、、?」
「ふふっ、当たり。さぁ、行きましょうか」
そう言ってお兄さんは再び私の手を引いた。

「やぁ、待たせたね」
「やぁ、じゃねぇよ!!どれだけ待たせたら気がすむんだ、よ?」
どうやらお兄さん以外にも仲間がいたらしい。同じく
綺麗な格好をしたお姉さんが目に入る。
お姉さんはお兄さんに怒りをぶつけていたが、私の姿が目に入ると不思議そうな顔をした。
「てめぇ!どこで拾ってきた!返してこい!!」
しばらく呆然としてまじまじと私を見つめていたが、それが長く続くことはなく、憤慨したお姉さんは
お兄さんを睨んだ。
しかしお兄さんは悪びれる様子もなく。
「迷子をそのままにしとくわけに行かねーだろ?
それに俺たちのステージで探したらすぐ親が見つかると思って」
と軽口を叩いた。
「なっ、、、はぁ!こう言うのは今日限りにしろよ!、、おいガキ、騒ぐんじゃねぇぞ!」
お姉さんはまだ怒りが収まらないようだったが、毎度のことなのか諦めたように言った。
「大丈夫だよ、、ね?」
お兄さんは私の目を見て聞いてくる。私は頷いた。
すると、お兄さんは満足気に笑って、じゃあ行くよ。と目の前にある戸を引いた。

「きゃあああああ!!」
視界より先に黄色い歓声が耳に入ってくる。
眩い光に思わず目を細め、恐る恐る開いた。
「!」
目の前にはうちわを持った女の人、タオルを持った男の人。中には子連れの親もいた。そして目に映るその人たちは笑顔でこれから起こることを心待ちにしていたようだった。
「はいはーい。いつも応援ありがとう!」
そう言ってお兄さん達はステージに上がる。
私は目の前の光景に戸惑いステージの下で身を潜めつつ二人の様子を伺った。
「さーてと忘れないうちに、、、ってどこ行った!?」
「ったく大人しくしとけって言ったのに。」

二人は慌てて辺りを見渡す。
やがて、観客の一人が私を見つけた。
「あ!」
その声につられるように、何人もの人が私を見る。
そして、その視線が一斉に私へ集まった。

怖い。
逃げたい。
でも、足が動かない。
胸がぎゅっと苦しくなって、涙が溢れた。

「いた!」

お兄さんが私を見つける。
そして、私のところまで来ると、手を差し出した。

「おいで」

私はその手を握った。
そのままステージの前まで連れていかれる。
会場がざわめいた。
たくさんの目が私を見ている。
怖くなって、私は一歩後ろへ下がった。
すると、背中に誰かがぶつかる。

「ごめっ……なさ……」

振り返ると、お姉さんがいた。
「ったく!この子の親、もしくは関係者いるだったら早く出てきなさい!」
会場がお姉さんの声に気圧されるように周囲が一瞬静まると。
私の名前を呼ぶ母の姿が目に入る。
「お母さん!!!」
「お、お母さんいた?どれどれ?」
お兄さんは私の視線を追って母親を見つける。
「舜斗!」
「その名前で呼ぶなっての!!」
お兄さんに呼応するようにお姉さんは駆け出す、あっと言う間に母親に追いつくと何やら説明を始める。
そしてお姉さんが、ステージ上を指さすと私を見つけて安堵したような表情を浮かべた。
「葵!」
そう言って母はステージに駆け寄る。
「良かったわね」
お兄さんはそう言って私の頭を撫でた。
「ありがとうございました!」
母はお兄さんとお姉さんに頭を下げた。
「良いのよ、気にしないで、私も幼い時の兄弟に会えたみたいで楽しかったわ」
「本当になんてお礼を言えばいいのか」
「お礼はいいんで、気をつけてくださいね。」
「全く舜斗ったら、、」
「えぇ、全く仰る通りで、、ほんとご迷惑をおかけしました。」
そう言って母は強く私の手を引いた。
「葵、行くわよ」
そう言ってもらえて振り返った母の声は冷たく、私を握る手は痛いほど強かったのを今でも覚えている。
「、、お母さん、私お兄さんとお姉さん二人とも優しくてね、かっこいいし!」
私は母に会えた安堵から今までの経緯を興奮気味に話した。
その間母は何も答えなかったから私は一人で身振り手振り説明する。
「また、会えたらいいなー」
「だめよ!!」
お母さんは強く否定した。
声が大きく辺りの人の視線を集める。
母はハッとして、息を整えると声を潜めて言った。
「いい?あー言う人と関わっちゃダメよ!あんな可笑しな人たちとなんて。
男が女装するなんて、気持ち悪い。」
それは誰かに向けて言ったのか、はたまた独り言だったのか真偽の程は分からないが。
その言葉は私の心に根深く住み着いた。