[完結]『其の九 恋をしてはならない』(ホラー/ハピエン)

 次の日になって、二人は朝早く満仔神社に赴いた。受付の満ばあちゃんに話をして、神主である祝部静弥(はふりべしずや)を呼んでもらう。
 社務所に通された二人が事情を説明すると、静弥は頭を抱えて唸った。

「ああクソッ、もう少し早く気がついていれば……!」

 静弥の様子にただならぬものを感じて、嫌な予感に身体が強張る。ブツブツ呟きながら人差し指でトントンと畳を叩く静弥に、意を決して侑斗が声を上げた。

「静弥さん、この痣ってやっぱり……」

「ああ、間違いない。斑目童子の呪印だ」

 予想していたことだが、事実として突きつけられるとやはりショックだった。

「おっちゃん……これって、お祓いとかできないの?」

 震えそうになる身体を叱咤して、なんとか言葉を絞り出す。そんな彰良に対して、静弥はグッと言葉に詰まった。

「………………できない。少なくとも、俺には無理だ」

 少しだけ時間を空けて、苦虫を噛み潰すように静弥はそう言った。信じたくない。けれど、その目は嘘を言っていなかった。

「じゃあ、彰良はこのまま……!」

「待て、待て、確かに解呪はできない。だが、直ぐに死ぬわけでもない」

 侑斗が静弥に掴みかからんばかりの勢いで迫っている。それに静弥は、どうどうと鎮めるように肩を叩いた。

「でも、この間死んだ人いるだろ?」

「……お前ら、もしかして見たのか」

 その言葉に、静弥が咎めるような視線を二人に向けた。一瞬やってしまったと思ったが、こうなった今、隠しておく事でもないだろう。

「森の中に……倒れてたから」

「あ〜そうか、子どもたちの遊び場の近くだったな」

 今でも鮮明に思い出せる。鬱蒼と茂った緑の匂い。咽せるような暑さの中、大量の汗が身体を伝った。頭上から降り注ぐ蝉の鳴き声がひどくうるさくて。
 掴んだ侑斗の手のひらが、不安そうに彰良の手を握りしめていた。

「あの人は誰なの?」

「バカ、個人情報だ。言えねえよ」

 そう言われて、驚いて変な声が出る。人の噂話が秒で広まるこの町にも、コンプライアンスというものが存在したらしい。

「いつもはプライバシー丸無視の癖に、こういう時だけコンプラを盾にすんな」

「アホ、何言われても言わねーよ」

 そこまで言われたら、彰良も引くしかない。ちゃらんぽらんに見えるが、静弥は意外にしっかりしている。

「ただ言えるのは……死ぬまで呪いが進行する人間は、数で言えばそこまで多くないってことだ」

「えーと、つまり……?」

「一応、呪いの進行を止める方法はある。痣持ったまま90歳過ぎて老衰した爺さんもいるからな。まあ、それが出来るかは彰良次第だが……」

 その話に、侑斗と彰良は顔を見合わせた。
 どうやら諦めなくてもいいらしい。正座していた足を崩して、二人はドッと座り込んだ。

「なんだよ、びっくりさせんなよ」

「マジそれなー」

 大きく息を吐いてから、出された麦茶を一気に流し込む。冷たい飲み物で喉を潤したら、久しぶりに身体が生き返った気がした。

「いやお前ら、大変なことには変わりねーんだからな!」

 一気に気を緩めて畳で寛ぐ二人を見て、静弥がバンバンと畳を叩く。そんな姿を見ながら、彰良はずっと疑問に思っていたことを口にした。

「つーか静弥のおっさんは洞窟に入っても大丈夫なワケ?」

「大丈夫じゃねーっつーの!」

 静弥が立ち上がり、羽織っていた上着をバサリと翻す。その裏地に、びっしりとお札が縫い付けられている様を見て、彰良たちは目を丸くした。

「今年の肝試し第一号が来たっていうから見に行ったら、それが彰良だって聞いて、こっちは心臓止まるかと思ったんだぞ! しかも、しっかり呪われてやがるし」

「いや、それはマジでごめん」

 どうやら神主の静弥にとっても、洞窟の中に入るのは危険な行為だったらしい。彰良たちのために危険を犯してまで助けに来てくれたことを察して、素直に謝罪の言葉を口にした。

 まったく最近の若者は、なんてぶちぶち言いながら静弥が歩き出す。何をするのか見ていると、戸棚から一枚の巻物を取り出してきた。

「一応、この神社の成り立ちから説明してやる」

 なんだか面倒くさそうだ。彰良としては、呪いを止める方法だけ聞ければいいのだが……そう思ったが、侑斗が興味津々な顔をしていたから、彰良は素直に座布団に座り直した。

 床に広げられたそれを、三人で覗き込む。全体は黄ばんでいて、とても古いものだということが分かる。巻物には、崖に並んでいる子どもの姿が描かれていた。

「この古い絵はなんの絵なの?」

「昔この村でやっていた口減(くちべ)らしの様子だよ」

 侑斗の顔が、明らかに強張った。どうやら理解していないのは彰良だけらしい。口減らし……というのがそもそも理解できない。
 そんな彰良の様子を察したのか、静弥が丁寧に説明してくれた。

「ここの町は結構古くてな。(さかのぼ)れば室町時代ぐらいからあったらしい。そうなると、飢饉(ききん)やら疫病やらも当然あるわけだ」

「それがこの絵とどう繋がるんだよ」

 なんだかよく分からない。静弥は崖の下をのぞいている赤い着物を着た女の子を、トントンと指で叩いた。

「飢饉がくれば口減らしとして子どもを殺す。疫病が流行れば生贄として子どもを殺す。直接殺すのは忍びないから、崖から落としていたんだろう。そうやって村は続いて来た」

「は……?」

 思いがけない言葉に、一瞬思考が止まる。大人がわざと子どもを殺すなんて、現代を生きる彰良からすれば、想像もできないことだった。

「いや、おかしいだろ。子どもを殺すって、なんか悪いことしたのかよ」

「なんの罪もないさ。どうしようもないことだ。弱い人間から犠牲になる」

「どうしようもないってなんだよ……!」

 カッとなり、彰良が静弥に向かい身を乗り出す。それを侑斗が言葉で制止した。

「彰良、落ち着け。百年以上昔のことだからな。だろー? 静弥さん」

「そうだ。もちろん今はこんな風習は残っていない」

「あ、そうか……」

 少し考えれば分かることだ。彰良は少しだけ恥ずかしくなって、顔を下に向けた。そんな彰良に、静弥が微笑ましいものを見る目を向けてくるのが鬱陶しい。

「まあ、つまりは、そうして殺された子どもたちの怨みが積み重なって、斑目童子は誕生したと言われている」

 この神社、そんなおどろおどろしい神を祀っていたのか。
 小さい頃から見知っていた神様の正体を今更知って、彰良は少しだけ背筋が寒くなった。

「それじゃあ、この神社って……」

「そうだ。殺された子どもたちの霊魂を慰めるために出来たんだ」

 その言葉に、境内にひしめくように飾られたおもちゃたちを思い出す。祠には、子どもを模したたくさんの人形が置かれていた。

「便宜上神と言ってはいるがな、実態はそんないいもんじゃない。斑目童子は、殺された子どもたちの怨みから発生した怨霊の類なんだ」

 呪われたのは彰良だが、斑目童子が怨霊になった理由を聞くと、なんだか素直に怒る気になれない。もにょる彰良の横で、何かに気がついたように侑斗が顔を上げた。

「もしかして、肝試しは何かしらの神事だったりします?」

「お、侑斗くんは誰かさんと違って優秀だねえ」

「おい」

 その誰かさんって誰のことだよ。そう思いを込めて睨みつければ、静弥はおー怖いと言って笑った。昔からの付き合いだからだろうが、完全に彰良をガキ扱いしている。

「子どもたちが蝋燭の光を頼りに決められた道順を歩く事で、印を結んで結界を強めているんだ。そのために、本来入ってはいけない場所を夏休みの間だけ、合法的に開放している」

「肝試しに意味なんかあったのか」

「あったんだよ。それもすっごく大事な意味がな」

 肝試しは町の子どもたちの娯楽の一つだ。小さな頃にした小さな冒険で、町を守っていたなんて……なんだか彰良は面映いような、不思議な気持ちになった。

「彰良が取り憑かれたのは、何かしらの罪悪感を斑目童子につけこまれたからだろう。斑目童子のつけた痣は、罪悪感を糧に成長する」

「罪悪感って……彰良、なんか思い当たる事あるか?」

「…………えーと、分かんねえ……かも」

 嘘だ。本当は分かっている。けれどこの時の彰良には、それを認めることができなかった。
 決まりが悪くて視線を逸らせば、静弥がそんな彰良を見てポリポリと頬を掻いた。

「まあ、言いたくないなら俺には言わなくていい。大事なのは、その罪悪感に飲み込まれないことだ。上手く付き合っていければ、痣が成長することはない」

 静弥は無いよりはマシだろうと言って、彰良と侑斗にお札を書いてくれた。それを持って、二人で並んで帰路に着く。

 大きな入道雲が空を覆って、ゴロゴロと不吉な音を鳴らしていた。