[完結]『其の九 恋をしてはならない』(ホラー/ハピエン)

「いってぇ〜」

 茹だる暑さの中、駄菓子屋でアイスを買ってむしゃぶりつく。洞窟を出た彰良と侑斗の頭には、大きなタンコブが出来上がっていた。

「マジであのおっさん、手加減しろって」

 謝ったのはその方が話が早いからだ。本当はちっとも反省なんかしていない。お気に入りのラムネアイスをしゃぶりながらぶーたれる彰良に、侑斗がぶはっと吹き出した。

「でも俺たちが悪いからな〜」

「侑斗って本当にいい子だよな」

「拗ねんなって」

 面白そうに笑っている侑斗に、ウリウリと頭を撫でられる。子ども扱いされているようで癪になり、その手をベシッと振り払った。

 その衝撃で、口に咥えていたアイスの下半分がずるりと溶けてくる。服に垂れそうになり、しまったと思った時には、侑斗の顔が近づいて来ていた。

 グイッと両頬を侑斗の大きな手に掴まれる。何をするのかと思いきや、侑斗は崩れて落ちかけているアイスの下半分に、勢いよくパクリとかぶりついた。
 瞬間、侑斗の柔らかな唇が彰良のそれに触れる感触がする。驚いて固まる彰良の顔を、用は済んだとばかりに侑斗の手がパッと離れた。

「な、なな、なにすんだよ……!」

「へへ、アイスいただき」

 心臓がバクバクしてうるさい。真っ赤になった彰良が見たものは、口の端についたアイスを拭って、嬉しそうに笑う侑斗の姿だった。
 動揺する彰良とは反対に、余裕そうな侑斗はピースまでして笑っている。一瞬キスされたなんて勘違いした自分が本当に馬鹿らしい。

「ふざけんな!」

「えー、なんかごめん?」

 なんだか無性にムシャクシャする。スニーカーを履いた足で侑斗の背中を軽く蹴っ飛ばせば、侑斗はあははと声をあげて笑った。


 § § §


 日が沈み、曇りガラスの向こうでリーンリーンと鈴虫が鳴いている。彰良は湯船に浸かりながら、はあと大きく息を吐いた。

「アイツ、ほんとなに考えてんだろ」

 昼間のアレは、今思い出してもドキドキと心臓が早くなる。侑斗はどこかマイペースで、いつも一緒にいる彰良でも、何を考えているのか分からない時があった。
 お風呂に顔を沈めて口から空気を出せば、ぶくぶくと湯船に泡が踊る。自分ばっかり侑斗のことを考えていて、なんだか腹が立って来た。

「ちょっと彰良ー、風呂長くない?」

「うあ、今出る!」

 どうやら考え込んでしまっていたらしい。姉の声に急いで湯船から立ち上がる。パンツとズボンだけ履いてリビングに行けば、家族揃ってバラエティ番組を見ていた。

「この、男だか女だか分からないヤツはどっちの性別なんだ?」

 珍しく父親も一緒に観ていたらしい。テレビに映るタレントの一人を指して、顰めっ面をしている。そのタレントは、猫撫で声を出してイケメン俳優に好意をアピールしていた。

「えー? この人は男じゃない?」

「男が男を好きなのは変じゃないか?」

 その言葉にドキリとした。変な汗が背中を伝っていく。でも、なんで自分がそんな風になるのか理解できない。

「その台詞はヤバいって!」

「な、なに!? 父さんヤバいのか!?」

「お父さんは古い人だからねえ」

 クスクスと笑う母親が、彰良の存在に気がつき振り返る。真っ青になり佇む息子の姿を怪訝に思ったのか、立ち上がり近づいて来た。

「あんた、顔が真っ青じゃない。早く服着なさい」

「うん……」

 肩にかけていたタオルを持って、母親がガシガシと頭を拭いてくれる。そんな様子を横目で見ていた姉の彰子が、ふと何かに気がつき顔を上げた。

「あれ? 彰良、その痣どうしたの?」

「え……?」

「ほら、なんか腰のところに薄らとあるヤツ」

 言われて下を向けば、確かに腰骨のあたりに、こぶし大のまだら模様に近い痣が浮き出ている。それを認識した瞬間、体温が一気に10度下がったような気がした。

「あらやだ、何処かにぶつけたのかしら」

「なんだ、怪我したのか? 父さんが明日隣町の病院に連れて行こうか」

 怪我ならまだ良かった。けれどこれは多分、怪我なんて可愛いものではきっとない。

「全然、大丈夫だから……!」

 母親からタオルを奪い取り、自分の部屋まで階段を駆け上がる。痛むなら言うんだよ! と心配する母親の声を無視して、バタンと自室のドアを閉めた。

 震える手で携帯を操作する。2回目のコールの後で、その電話は繋がった。

「侑斗……俺、おれ……」

 縋るような声が出ていた。なんと言ったらいいか分からなくて、はくりと音もなく口が動く。

『……大丈夫、ちゃんと聞いてるよ。なんかあった?』

 彰良を労るような優しい声が耳に届く。それにホッとして、張り詰めていた息を吐いた。どうやら随分とパニックになっていたらしい。

「身体に痣が出ててさ。もしかしたら俺、斑目童子に、呪われたかも……」

『今からそっち行く』

「え!? いや、明日でいいって……!」

 侑斗の発言に驚いて止めようとするも、もう既に行動に出ているらしい。繋がったままの携帯の向こうから、バタンと玄関の扉を閉めただろう音が聞こえて来た。