洞窟に入ってすぐのところに、種火となる松明が置いてある。そこで細い蝋燭に火をつけると、両手で手燭台を持って、二人はゆっくりと歩き出した。
外は茹だるような暑さだというのに、洞窟内は少しだけ肌寒い。中は薄暗く、小さな蛍光灯が最低限に足元を照らしていた。
「洞窟の中には四つのチェックポイントみたいな所があって、そこを順番に通って祠まで行くんだ。それぞれのチェックポイントには階段がついているから、そこを下って巡っていく」
「なんか、ダンジョンみたいだ」
「ワクワクしてる?」
「結構ね」
抑えた声にも、侑斗が興奮しているのがなんとなく伝わってくる。大好きな友だちと冒険しているみたいで、彰良の胸がなんだかドキドキと高鳴った。
「蝋燭の火、消さないようにするの難しくない?」
「ゲーム性あっていいだろ」
手燭台の蝋燭は手のひらサイズしかなく、細くて火も小さい。気をつけるようにゆっくりと歩かないと、消えてしまうような儚いものだった。
一つ目のチェックポイントに入れば、少し開けた空間が広がっていた。壁の周りに地蔵が並んでいて、大きな蝋燭に火が灯されている。首を上に上げれば天井に、何かの壁画が彫られていた。
「赤ん坊を抱く母親……?」
「そう見える?」
「なんとなくね。本当はなんなの?」
「知らない」
「えー!?」
だって彰良には興味がないのだ。肝試しだって、町の行事だから参加していただけで、自らここに来ようと思ったのは今日が初めてだった。
非難するような侑斗の声を無視して、ゆっくりと先に進んでいく。二人はその後、二つ目、三つ目と順調にチェックポイントを進んで来ていた。
四つ目のチェックポイントを過ぎて、祠を目指していた時だろうか。足元を照らす蛍光灯が、チカチカと点滅している。なんとなく不安に思っていたところに、遂には光が消えてしまった。
小さな蝋燭の光では、自分の顔の周りぐらいしか照らせない。
「彰良、大丈夫……?」
「名前」
「あー、ごめん」
名前を呼んではならない。そう指摘すれば、申し訳なさそうな侑斗の声が返ってくる。不安そうな声で自分の名を呼ぶ侑斗に、彰良はどうしようもない程胸が高鳴った。下半身に、熱が集まっていく感覚がする。
「別にいいよ。それより足元気をつけて。この道真っ直ぐだからゆっくり行こう」
自分の感情に戸惑って、心臓が嫌な音で鳴り始める。なんで、俺は、侑斗に……。侑斗は友だちだ。友だちの筈なんだ。
男子高校生としては正常な感情。けれどそれを同性の友人に向けるのは、どう考えても間違っている。
思考がぐるぐると頭の中を巡っている。焦りと罪悪感でいっぱいになっている時に、それは聞こえて来た。
「彰良、好き」
誰の声だろう。後から考えれば、アレは侑斗の声に似ても似つかない声だった。けれどここには彰良と侑斗の二人しかいないから、彰良はそれを、侑斗が言ったと勘違いしてしまった。
動揺で身体が揺れて、その振動で蝋燭の火が掻き消える。
「侑斗、今なんて——」
もうルールなんてどうでも良かった。侑斗を問いただそうと、彰良が振り返ろうと足を踏み出した瞬間——
「振り返ってはならない」
たった一言、力強い男の声が洞窟内に響いた。振り返ろうとしていた彰良の身体が、ビクリと固まる。自分は今、なにをしようとしていたのだろうか。
「ゆっくりでいい。振り返らず、真っ直ぐに進め」
男の声に導かれるままに、ゆっくりと祠に向かい歩き出す。途中よろけて手を壁につければ、染み出した地下水が手のひらを濡らした。
最後の目的地である祠がある場所は、今までで一番広い空間が広がっていた。何百体とあるだろう人形に囲まれて、小さな祠がポツンと鎮座している。その上に飾られた豪奢な着物を着た市松人形が、彰良たちを見下ろしていた。
なんだか異様な雰囲気の場所だ。三年ぶりに入ったが、その時よりも余程禍々しく感じる。天井からは地下水が滲み出ており、水滴が床を濡らしていた。
薄い蛍光灯に照らされて、真っ暗だった周りがぼんやりと見えるようになる。二人の後ろにいた男の顔を見て、侑斗は不安そうな声を出した。
「えっと……誰、ですか?」
「この神社の神主の静弥おじさんだよ」
声の主は、普通に人間だった。白い服を着ている無精髭の生えた壮年の男。彰良の知り合いだと分かれば、侑斗はホッと息を吐いた。
「彰良、お前高校生だろう。洞窟に入っちゃダメじゃねえか」
「……ごめんなさい」
こういう時は、下手に言い訳せずに素直に謝った方がいいのだ。彰良の従順な様子に毒気を抜かれたのか、静弥ははーと長い息を吐いた。
外は茹だるような暑さだというのに、洞窟内は少しだけ肌寒い。中は薄暗く、小さな蛍光灯が最低限に足元を照らしていた。
「洞窟の中には四つのチェックポイントみたいな所があって、そこを順番に通って祠まで行くんだ。それぞれのチェックポイントには階段がついているから、そこを下って巡っていく」
「なんか、ダンジョンみたいだ」
「ワクワクしてる?」
「結構ね」
抑えた声にも、侑斗が興奮しているのがなんとなく伝わってくる。大好きな友だちと冒険しているみたいで、彰良の胸がなんだかドキドキと高鳴った。
「蝋燭の火、消さないようにするの難しくない?」
「ゲーム性あっていいだろ」
手燭台の蝋燭は手のひらサイズしかなく、細くて火も小さい。気をつけるようにゆっくりと歩かないと、消えてしまうような儚いものだった。
一つ目のチェックポイントに入れば、少し開けた空間が広がっていた。壁の周りに地蔵が並んでいて、大きな蝋燭に火が灯されている。首を上に上げれば天井に、何かの壁画が彫られていた。
「赤ん坊を抱く母親……?」
「そう見える?」
「なんとなくね。本当はなんなの?」
「知らない」
「えー!?」
だって彰良には興味がないのだ。肝試しだって、町の行事だから参加していただけで、自らここに来ようと思ったのは今日が初めてだった。
非難するような侑斗の声を無視して、ゆっくりと先に進んでいく。二人はその後、二つ目、三つ目と順調にチェックポイントを進んで来ていた。
四つ目のチェックポイントを過ぎて、祠を目指していた時だろうか。足元を照らす蛍光灯が、チカチカと点滅している。なんとなく不安に思っていたところに、遂には光が消えてしまった。
小さな蝋燭の光では、自分の顔の周りぐらいしか照らせない。
「彰良、大丈夫……?」
「名前」
「あー、ごめん」
名前を呼んではならない。そう指摘すれば、申し訳なさそうな侑斗の声が返ってくる。不安そうな声で自分の名を呼ぶ侑斗に、彰良はどうしようもない程胸が高鳴った。下半身に、熱が集まっていく感覚がする。
「別にいいよ。それより足元気をつけて。この道真っ直ぐだからゆっくり行こう」
自分の感情に戸惑って、心臓が嫌な音で鳴り始める。なんで、俺は、侑斗に……。侑斗は友だちだ。友だちの筈なんだ。
男子高校生としては正常な感情。けれどそれを同性の友人に向けるのは、どう考えても間違っている。
思考がぐるぐると頭の中を巡っている。焦りと罪悪感でいっぱいになっている時に、それは聞こえて来た。
「彰良、好き」
誰の声だろう。後から考えれば、アレは侑斗の声に似ても似つかない声だった。けれどここには彰良と侑斗の二人しかいないから、彰良はそれを、侑斗が言ったと勘違いしてしまった。
動揺で身体が揺れて、その振動で蝋燭の火が掻き消える。
「侑斗、今なんて——」
もうルールなんてどうでも良かった。侑斗を問いただそうと、彰良が振り返ろうと足を踏み出した瞬間——
「振り返ってはならない」
たった一言、力強い男の声が洞窟内に響いた。振り返ろうとしていた彰良の身体が、ビクリと固まる。自分は今、なにをしようとしていたのだろうか。
「ゆっくりでいい。振り返らず、真っ直ぐに進め」
男の声に導かれるままに、ゆっくりと祠に向かい歩き出す。途中よろけて手を壁につければ、染み出した地下水が手のひらを濡らした。
最後の目的地である祠がある場所は、今までで一番広い空間が広がっていた。何百体とあるだろう人形に囲まれて、小さな祠がポツンと鎮座している。その上に飾られた豪奢な着物を着た市松人形が、彰良たちを見下ろしていた。
なんだか異様な雰囲気の場所だ。三年ぶりに入ったが、その時よりも余程禍々しく感じる。天井からは地下水が滲み出ており、水滴が床を濡らしていた。
薄い蛍光灯に照らされて、真っ暗だった周りがぼんやりと見えるようになる。二人の後ろにいた男の顔を見て、侑斗は不安そうな声を出した。
「えっと……誰、ですか?」
「この神社の神主の静弥おじさんだよ」
声の主は、普通に人間だった。白い服を着ている無精髭の生えた壮年の男。彰良の知り合いだと分かれば、侑斗はホッと息を吐いた。
「彰良、お前高校生だろう。洞窟に入っちゃダメじゃねえか」
「……ごめんなさい」
こういう時は、下手に言い訳せずに素直に謝った方がいいのだ。彰良の従順な様子に毒気を抜かれたのか、静弥ははーと長い息を吐いた。
