藤吉靖恵は藤吉幾子の歳の離れた妹である。
無表情で表情が変わらない幾子と違って、靖恵はいつも笑顔で笑っていた。
両親は仕事でいつも家を空けていたから、幼い靖恵の世話は幾子の仕事だった。
幾子は大嫌いな祖母がつけた名前だけれど、靖恵は大好きな母がつけた名前。ずるいと思ったこともある。母の愛を独占できないことに、その存在を疎んだことだってあった。
そんな幾子の心境も知らずに、靖恵はいつだって笑っていた。幾子姉ちゃん、大好き。そう言って、ちいちゃな手を幾子に伸ばしてくる。そのふくふくとした小さな手には、いっぱいの幸せが詰まっていた。
幾子は長女として、礼儀作法や教養を身につけるため、ろくな自由も与えられず育てられた。時に厳しすぎる折檻に、逃げ出したくなった時だってある。それでも幾子は幸せだった。
女腹と蔑まれて、母親が首を吊ったあの日までは。
「母さん、なんで、ひいばあちゃんと源一郎じいちゃんの次は、父さんまで……! 呪いって、本当なの? ……彰子さんとも連絡が取れないんだ……俺は、俺はどうしたら……!」
聡一郎にとって曾祖母と祖父である源一郎に引き続き、現当主であった父親の重蔵が突然亡くなってから、一族の間では靖恵の呪いだという噂が広がっていた。髪を掻きむしり取り乱す聡一郎からは、普段の洗練された姿は見る影もない。
「彰子さん……! なんで……彰子さん彰子さん……!」
聡一郎が携帯の画面を何度も必死にタップしている。どうやら最近、付き合っていた女性に振られたらしい。家柄に惑わされず、さっぱりと聡一郎を振るなんて、本当に素敵な女性だったのだろう。
聡一郎が携帯を投げ捨て、奇声をあげる。次の瞬間、その瞳が驚愕に見開かれた。
「なんで……? なんで靖恵さんがいるの!?」
聡一郎が向いた方向に視線を向けるも、幾子には何も見えない。きっと、今から殺される相手にしか見えないのだろう。
「子どもの笑い声がする……! なんでっ、いやだ! 気持ち悪い! 気持ち悪い!」
取り乱しこの場から逃げ出そうとする聡一郎の腕が、ボギリと鈍い音を立てて、あらぬ方向に曲がった。
「ああああああああ!」
あまりの痛さに聡一郎が蹲る。次の瞬間、その脚が関節と逆方向に折れ曲がった。
「ぎゃあああああああ!」
あまりの痛みに叫びながら、ズリズリと畳の上をのたうち回っている。幾子は聡一郎の近くまで歩いていくと、頭の近くにそっと腰を下ろした。
「痛い! 痛いよ母さん! 助けて……!」
泣き叫ぶ我が子の頭を、優しく撫でてやる。聡一郎の首が、ミシミシと音を立てていた。
藤吉幾子には、三人の子どもがいる。長男は、ここにいる聡一郎。
長女の美由と次男の旅人は、中学生になってこの家の風習に反発を覚えるようになったことをこれ幸いにと、全寮制の高校に送り出した。
そうして勘当を言い渡して、この家からそのまま追放した。
二人の子どもだけは、この家から逃すことができた。けれど長男の聡一郎だけは、逃がしてあげることができなかった。
「聡一郎、母も共に逝きますからね」
愛おしい我が子が、この家に醜く染まっていく姿を見るのは、どれだけ辛かっただろう。幾子は聡一郎が、憎くて憎くて仕方なかった。
「あ……かあ、さ……!」
聡一郎の首が、まるで万力で捻ったように、曲がってはいけない角度まで曲がる。ゴキリと鈍い音を立てたそれは、幾子の膝の上に力無く落ちた。その肌は、まだら模様の痣で醜く染まっていた。
藤吉聡一郎。藤吉幾子の最初の子どもで、藤吉家の正当な跡取り息子。この一族の中で、前当主の源一郎と、当主であった重蔵の次に敬われる存在。
「あはは、あははははははははははは!」
幾子の乾いた笑い声が、屋敷中に響き渡る。大嫌いな祖母も、最悪な父親も、気持ち悪い夫も、憎い息子も死んでしまった。なんという爽快感だろうか。こんなに胸のすく思いは、生まれて初めてだ。
「 ざ ま あ み ろ ! 」
みんなみんな死んでしまえばいい。母を殺し、靖恵を追い詰めた一族全員。
嫌いだ。嫌いだった。理解者のふりをして、性別もわからない胎児に男の名をつけ、無意識に追い詰めた哲次郎も。
幾子は何も許していない。何も許すつもりもない。
目を開き笑う幾子の頬に、涙が伝った。
そうして次は、幾子の番。
耳をすませば聞こえてくる。座敷の中を走り回る子どもたちの足音。嬉しそうにはしゃぐ声。
幾子の目の前に、頭から血を流した、最愛の妹が立っていた。
子どもたちが幾子の腕を掴んで、まるでおもちゃで遊ぶかのようにその腕を折った。
子どもたちが幾子の足を掴んで、笑いながら折り曲げる。支えを失った身体が、畳の上に投げ出された。
ああ痛い。痛いけれど、今の幾子には、そんなことはどうでも良かった。
幾子の記憶の中の靖恵は、いつだって笑っていた。母が死んで絶望する幾子のそばで、人を助ける人になりたいと、看護師になる夢を立派に叶えた。
靖恵の腕が、幾子の首に伸びてくる。ミシミシと万力で首を絞めるその顔は、怒りの形相に濡れていた。
ねえ靖恵、そんな顔もできたのね
次の瞬間、首の骨が折れる音と共に、幾子の命は掻き消えた。
藤吉トメ(95)
藤吉源一郎(77)
藤吉重蔵(50)
藤吉幾子(47)
藤吉聡一郎(27)
藤吉洋二(75)
藤吉哲次郎(46)
藤吉澄乃(47)
藤吉正輝(35)
藤吉楓(30)
藤吉知也(28)
藤吉悠(12)
藤吉泰造(80)
以上13名が、一ヶ月以内に変死体で発見される。
その死体は、室内にいながら、まるで高所から飛び降りたような姿をしていたという。
無表情で表情が変わらない幾子と違って、靖恵はいつも笑顔で笑っていた。
両親は仕事でいつも家を空けていたから、幼い靖恵の世話は幾子の仕事だった。
幾子は大嫌いな祖母がつけた名前だけれど、靖恵は大好きな母がつけた名前。ずるいと思ったこともある。母の愛を独占できないことに、その存在を疎んだことだってあった。
そんな幾子の心境も知らずに、靖恵はいつだって笑っていた。幾子姉ちゃん、大好き。そう言って、ちいちゃな手を幾子に伸ばしてくる。そのふくふくとした小さな手には、いっぱいの幸せが詰まっていた。
幾子は長女として、礼儀作法や教養を身につけるため、ろくな自由も与えられず育てられた。時に厳しすぎる折檻に、逃げ出したくなった時だってある。それでも幾子は幸せだった。
女腹と蔑まれて、母親が首を吊ったあの日までは。
「母さん、なんで、ひいばあちゃんと源一郎じいちゃんの次は、父さんまで……! 呪いって、本当なの? ……彰子さんとも連絡が取れないんだ……俺は、俺はどうしたら……!」
聡一郎にとって曾祖母と祖父である源一郎に引き続き、現当主であった父親の重蔵が突然亡くなってから、一族の間では靖恵の呪いだという噂が広がっていた。髪を掻きむしり取り乱す聡一郎からは、普段の洗練された姿は見る影もない。
「彰子さん……! なんで……彰子さん彰子さん……!」
聡一郎が携帯の画面を何度も必死にタップしている。どうやら最近、付き合っていた女性に振られたらしい。家柄に惑わされず、さっぱりと聡一郎を振るなんて、本当に素敵な女性だったのだろう。
聡一郎が携帯を投げ捨て、奇声をあげる。次の瞬間、その瞳が驚愕に見開かれた。
「なんで……? なんで靖恵さんがいるの!?」
聡一郎が向いた方向に視線を向けるも、幾子には何も見えない。きっと、今から殺される相手にしか見えないのだろう。
「子どもの笑い声がする……! なんでっ、いやだ! 気持ち悪い! 気持ち悪い!」
取り乱しこの場から逃げ出そうとする聡一郎の腕が、ボギリと鈍い音を立てて、あらぬ方向に曲がった。
「ああああああああ!」
あまりの痛さに聡一郎が蹲る。次の瞬間、その脚が関節と逆方向に折れ曲がった。
「ぎゃあああああああ!」
あまりの痛みに叫びながら、ズリズリと畳の上をのたうち回っている。幾子は聡一郎の近くまで歩いていくと、頭の近くにそっと腰を下ろした。
「痛い! 痛いよ母さん! 助けて……!」
泣き叫ぶ我が子の頭を、優しく撫でてやる。聡一郎の首が、ミシミシと音を立てていた。
藤吉幾子には、三人の子どもがいる。長男は、ここにいる聡一郎。
長女の美由と次男の旅人は、中学生になってこの家の風習に反発を覚えるようになったことをこれ幸いにと、全寮制の高校に送り出した。
そうして勘当を言い渡して、この家からそのまま追放した。
二人の子どもだけは、この家から逃すことができた。けれど長男の聡一郎だけは、逃がしてあげることができなかった。
「聡一郎、母も共に逝きますからね」
愛おしい我が子が、この家に醜く染まっていく姿を見るのは、どれだけ辛かっただろう。幾子は聡一郎が、憎くて憎くて仕方なかった。
「あ……かあ、さ……!」
聡一郎の首が、まるで万力で捻ったように、曲がってはいけない角度まで曲がる。ゴキリと鈍い音を立てたそれは、幾子の膝の上に力無く落ちた。その肌は、まだら模様の痣で醜く染まっていた。
藤吉聡一郎。藤吉幾子の最初の子どもで、藤吉家の正当な跡取り息子。この一族の中で、前当主の源一郎と、当主であった重蔵の次に敬われる存在。
「あはは、あははははははははははは!」
幾子の乾いた笑い声が、屋敷中に響き渡る。大嫌いな祖母も、最悪な父親も、気持ち悪い夫も、憎い息子も死んでしまった。なんという爽快感だろうか。こんなに胸のすく思いは、生まれて初めてだ。
「 ざ ま あ み ろ ! 」
みんなみんな死んでしまえばいい。母を殺し、靖恵を追い詰めた一族全員。
嫌いだ。嫌いだった。理解者のふりをして、性別もわからない胎児に男の名をつけ、無意識に追い詰めた哲次郎も。
幾子は何も許していない。何も許すつもりもない。
目を開き笑う幾子の頬に、涙が伝った。
そうして次は、幾子の番。
耳をすませば聞こえてくる。座敷の中を走り回る子どもたちの足音。嬉しそうにはしゃぐ声。
幾子の目の前に、頭から血を流した、最愛の妹が立っていた。
子どもたちが幾子の腕を掴んで、まるでおもちゃで遊ぶかのようにその腕を折った。
子どもたちが幾子の足を掴んで、笑いながら折り曲げる。支えを失った身体が、畳の上に投げ出された。
ああ痛い。痛いけれど、今の幾子には、そんなことはどうでも良かった。
幾子の記憶の中の靖恵は、いつだって笑っていた。母が死んで絶望する幾子のそばで、人を助ける人になりたいと、看護師になる夢を立派に叶えた。
靖恵の腕が、幾子の首に伸びてくる。ミシミシと万力で首を絞めるその顔は、怒りの形相に濡れていた。
ねえ靖恵、そんな顔もできたのね
次の瞬間、首の骨が折れる音と共に、幾子の命は掻き消えた。
藤吉トメ(95)
藤吉源一郎(77)
藤吉重蔵(50)
藤吉幾子(47)
藤吉聡一郎(27)
藤吉洋二(75)
藤吉哲次郎(46)
藤吉澄乃(47)
藤吉正輝(35)
藤吉楓(30)
藤吉知也(28)
藤吉悠(12)
藤吉泰造(80)
以上13名が、一ヶ月以内に変死体で発見される。
その死体は、室内にいながら、まるで高所から飛び降りたような姿をしていたという。
