来客があるからと静弥に追い出された彰良たちは、満ばあちゃんにアイスをもらって、木陰でしばらく涼んでいた。
恋人になった後でも、侑斗の彰良への態度は変わりない。それが嬉しくもあり、どこかもどかしくもあった。
「……なんか、もったいないな」
彰良の無意識の呟きに、侑斗が視線を向ける。しまったと思ったが、今更侑斗相手に恥ずかしがっても仕方がない。少しだけ間を開けて、彰良は心のうちを打ち明けた。
「その……侑斗の恋人になれたのは、もちろん嬉しいんだけど……侑斗に親友って言われた時、すげー嬉しかったから……」
恋人になったら、親友ではなくなってしまう。そう暗に込めて言えば、侑斗がキョトンと目を丸くした。
「俺、まだ彰良の親友のつもりなんだけど……」
「は!? いや、昨日恋人だって言ってただろ!」
昨日、あんなにえっちなことまでしているのに!
憤る彰良に、侑斗が神妙な顔をして近づいてきた。あまりに曇りのない澄んだ目に、少しだけたじろいでしまう。
「………………恋人と親友って、兼任できないの?」
「は?」
トンチンカンなことを言っているように聞こえるのに、侑斗の顔は至極真面目だ。恋人と親友を兼任する、そんな発想は彰良にはなかった。
「俺、彰良が親友なんだって言って知らない男連れてきたら、死ぬほど嫉妬するんだけど」
「……マジ?」
「大マジ」
侑斗って、変なヤツだよな。少しだけ呆れた顔をすると、侑斗がそれにむっと唇を尖らせた。
「彰良はいいのかよ。俺が一番の親友だって言って、お前の知らない男連れてきたら」
「そいつを殺す」
「すげえキレんじゃん!」
想像しただけで頭が沸騰しそうだった。自分でもよく分からないが、恋人以上に、その場所を取られるのだけは我慢がならない。
「分かった。侑斗の言う通り兼任案で行こう」
よく考えたら、最高な案な気がしてきた。ハンバーグとすき焼きの欲張りセットだ。
彰良の言葉に、侑斗がやった〜と嬉しそうな声を上げる。その気の抜けた返事に、彰良も一気に脱力した。
……なんというか、深く考えたら負けな気がする。
きっと身構える必要なんてないのだ。だってそのままの彰良を、侑斗は好きだと言ってくれたのだから。
食べ終わったアイスの棒を、手持ち無沙汰に口でブラブラさせる。季節は夏真っ盛りで、木陰にいるのに肌にはじんわりと汗が滲んだ。
そういえばと、携帯の画像欄をスワイプする。
目当ての画像を探し出すと、それをアップにして画面に映す。向きを変えて、見やすいように侑斗の前に翳した。
「今更だけど……これ」
彰子姉ちゃんから連携して貰った、藤吉一族の家系図。そこには、話を聞いた聡一郎や哲次郎の名前も載っていた。
「藤吉幾子って、藤吉靖恵の実のお姉さんなのか」
「先代の藤吉源一郎の子どもで、二人は歳の離れた姉妹みたい。女の子しか産まれなかったから、今の当主は幾子の夫の重蔵。元は別の名前だったけど、婿養子になる際に改名したらしい」
連絡アプリを開いて、彰子から転送してもらった親族情報を読み上げる。新しい藤吉家の情報に、侑斗は顔を引き攣らせた。
「……うわー……後継の男が生まれないって、あそこの家なら相当揉めたろうな。婿養子に改名までさせるって、よっぽど男児に未練があったのか……」
靖恵の処遇を考えれば、男児を産めなかった靖恵の母親がどんな扱いを受けたかは想像に難くない。彰良もそれには同意見だった。
携帯の画面をスワイプして、次の情報を読み上げる。
「それと、これは余談なんだけど……藤吉幾子は子どもが三人いるんだけど、長男の聡一郎以外は勘当してる」
「勘当!? そりゃまたなんで」
「なんか、家の風習に馴染めなかった? 感じっぽい。今は東京の方にいるらしいよ」
侑斗が彰良の言葉に、納得したように頷いた。アイスの棒を口でぶらぶらさせながら、プッと上に飛ばしてきれいにキャッチする。
「あーね。あの家に産まれてたら俺も間違いなく勘当行きだわ」
あの家は、彰良から見ても考えが古過ぎた。普通に育ったなら、馴染めないのは致し方ない。むしろ、この現代に生まれ育ったのに、あの一族の考えに染まった聡一郎が異端なのだ。
「あ、それと、姉ちゃん聡一郎さんと別れたって」
「おー、やったな!」
アイツ、大学には行かせないとか言ってきたの。女をモノだと思ってんのよ。マジで最悪。そう言って、その場で聡一郎の連絡先をブロックしていた姉の姿を思い出す。
彰良の呪いの件があるから、連絡先をギリギリまで残しておいてくれていたらしい。
あんな男とは別れて正解だ。彰子のような良い女には、聡一郎なんて時代遅れな男は似合わない。
満ばあちゃんにお礼を言って、アイスの棒をゴミ箱に捨てて歩き出す。すると、水子地蔵が並べられた場所に、黒い着物の女性が立っていた。
その横顔に既視感を感じて、彰良の足が動きを止める。
「…………藤吉幾子?」
それは無意識だった。女性はその言葉に、ゆっくりと彰良を振り返る。切れ長の意思の強い瞳を持った、美しい壮年の女性だった。
「……靖恵のことを嗅ぎ回っている坊やがいると聞いていたけれど……貴方達のことかしら」
その言葉に、目の前の人物が藤吉幾子であることを確信する。
「あ、すみません、でも俺たち、遊びじゃなくて……!」
いきなり呼び捨てにするなんて、非常識なことをしてしまった。必死に謝る彰良に対し、幾子はその表情を変えなかった。
「呪われたのでしょう。一ノ瀬彰良くん、だったかしら」
その言葉に驚いて、目を丸くする。一瞬なんで、と思ったが、よく考えたら当然だ。聡一郎から話を聞いていたのなら、知っていてもおかしくない。
「その………………はい」
氷のように冷たい眼差しが、彰良を見ている。その顔に何処か彰子を思い出して、少しだけ戸惑っている自分がいた。
彰良の横に並ぶ侑斗を見て、幾子はフッと薄く笑った。
「でも、どうにかなったみたいね」
不思議な雰囲気の人だった。澄んだ氷のように冷たいのに、何処か暖かい。
彰良たちに背を向けて、水子地蔵の目の前まで歩いていく。ゆっくりと屈んで、手に持った小さな兎のぬいぐるみを、そっと供えて手を合わせた。
しばらくして、幾子がゆっくりと立ち上がる。
「ねえ知ってるかしら。まだ、靖恵に憑いた呪いは終わってないの」
「え……? でも、靖恵さんはもう亡くなって……」
藤吉靖恵に取り憑いた呪いは、もう終わったはずだ。混乱する彰良を尻目に、侑斗が一歩前に出た。
「取り憑いた人間が自ら命を絶った時、斑目童子の呪いは完成する」
その言葉に驚いて、侑斗の方を向く。その顔は、ひどく痛ましいものを見るように歪んでいた。
「そう。靖恵が死んだのは、呪殺の第一段階でしかない。斑目童子の呪いの真骨頂は、罪悪感の根源に関わる人間を、一人残らず呪い殺すこと」
藤吉靖恵の罪悪感は、自らの子を流してしまったことに起因している。子どもを産めなければ存在さえも認められないという、藤吉一族の空気が、靖恵を追い詰めたのだ。
罪悪感の根源に関わる人間を、一人残らず呪い殺すというならば、次に、死ぬのは————————
「藤吉一族は、近いうちに滅びるでしょう」
幾子が振り返り、その眼差しを彰良たちに向ける。
何故だろう。その時の幾子は、まるで少女のように嬉しそうに笑っていた。
恋人になった後でも、侑斗の彰良への態度は変わりない。それが嬉しくもあり、どこかもどかしくもあった。
「……なんか、もったいないな」
彰良の無意識の呟きに、侑斗が視線を向ける。しまったと思ったが、今更侑斗相手に恥ずかしがっても仕方がない。少しだけ間を開けて、彰良は心のうちを打ち明けた。
「その……侑斗の恋人になれたのは、もちろん嬉しいんだけど……侑斗に親友って言われた時、すげー嬉しかったから……」
恋人になったら、親友ではなくなってしまう。そう暗に込めて言えば、侑斗がキョトンと目を丸くした。
「俺、まだ彰良の親友のつもりなんだけど……」
「は!? いや、昨日恋人だって言ってただろ!」
昨日、あんなにえっちなことまでしているのに!
憤る彰良に、侑斗が神妙な顔をして近づいてきた。あまりに曇りのない澄んだ目に、少しだけたじろいでしまう。
「………………恋人と親友って、兼任できないの?」
「は?」
トンチンカンなことを言っているように聞こえるのに、侑斗の顔は至極真面目だ。恋人と親友を兼任する、そんな発想は彰良にはなかった。
「俺、彰良が親友なんだって言って知らない男連れてきたら、死ぬほど嫉妬するんだけど」
「……マジ?」
「大マジ」
侑斗って、変なヤツだよな。少しだけ呆れた顔をすると、侑斗がそれにむっと唇を尖らせた。
「彰良はいいのかよ。俺が一番の親友だって言って、お前の知らない男連れてきたら」
「そいつを殺す」
「すげえキレんじゃん!」
想像しただけで頭が沸騰しそうだった。自分でもよく分からないが、恋人以上に、その場所を取られるのだけは我慢がならない。
「分かった。侑斗の言う通り兼任案で行こう」
よく考えたら、最高な案な気がしてきた。ハンバーグとすき焼きの欲張りセットだ。
彰良の言葉に、侑斗がやった〜と嬉しそうな声を上げる。その気の抜けた返事に、彰良も一気に脱力した。
……なんというか、深く考えたら負けな気がする。
きっと身構える必要なんてないのだ。だってそのままの彰良を、侑斗は好きだと言ってくれたのだから。
食べ終わったアイスの棒を、手持ち無沙汰に口でブラブラさせる。季節は夏真っ盛りで、木陰にいるのに肌にはじんわりと汗が滲んだ。
そういえばと、携帯の画像欄をスワイプする。
目当ての画像を探し出すと、それをアップにして画面に映す。向きを変えて、見やすいように侑斗の前に翳した。
「今更だけど……これ」
彰子姉ちゃんから連携して貰った、藤吉一族の家系図。そこには、話を聞いた聡一郎や哲次郎の名前も載っていた。
「藤吉幾子って、藤吉靖恵の実のお姉さんなのか」
「先代の藤吉源一郎の子どもで、二人は歳の離れた姉妹みたい。女の子しか産まれなかったから、今の当主は幾子の夫の重蔵。元は別の名前だったけど、婿養子になる際に改名したらしい」
連絡アプリを開いて、彰子から転送してもらった親族情報を読み上げる。新しい藤吉家の情報に、侑斗は顔を引き攣らせた。
「……うわー……後継の男が生まれないって、あそこの家なら相当揉めたろうな。婿養子に改名までさせるって、よっぽど男児に未練があったのか……」
靖恵の処遇を考えれば、男児を産めなかった靖恵の母親がどんな扱いを受けたかは想像に難くない。彰良もそれには同意見だった。
携帯の画面をスワイプして、次の情報を読み上げる。
「それと、これは余談なんだけど……藤吉幾子は子どもが三人いるんだけど、長男の聡一郎以外は勘当してる」
「勘当!? そりゃまたなんで」
「なんか、家の風習に馴染めなかった? 感じっぽい。今は東京の方にいるらしいよ」
侑斗が彰良の言葉に、納得したように頷いた。アイスの棒を口でぶらぶらさせながら、プッと上に飛ばしてきれいにキャッチする。
「あーね。あの家に産まれてたら俺も間違いなく勘当行きだわ」
あの家は、彰良から見ても考えが古過ぎた。普通に育ったなら、馴染めないのは致し方ない。むしろ、この現代に生まれ育ったのに、あの一族の考えに染まった聡一郎が異端なのだ。
「あ、それと、姉ちゃん聡一郎さんと別れたって」
「おー、やったな!」
アイツ、大学には行かせないとか言ってきたの。女をモノだと思ってんのよ。マジで最悪。そう言って、その場で聡一郎の連絡先をブロックしていた姉の姿を思い出す。
彰良の呪いの件があるから、連絡先をギリギリまで残しておいてくれていたらしい。
あんな男とは別れて正解だ。彰子のような良い女には、聡一郎なんて時代遅れな男は似合わない。
満ばあちゃんにお礼を言って、アイスの棒をゴミ箱に捨てて歩き出す。すると、水子地蔵が並べられた場所に、黒い着物の女性が立っていた。
その横顔に既視感を感じて、彰良の足が動きを止める。
「…………藤吉幾子?」
それは無意識だった。女性はその言葉に、ゆっくりと彰良を振り返る。切れ長の意思の強い瞳を持った、美しい壮年の女性だった。
「……靖恵のことを嗅ぎ回っている坊やがいると聞いていたけれど……貴方達のことかしら」
その言葉に、目の前の人物が藤吉幾子であることを確信する。
「あ、すみません、でも俺たち、遊びじゃなくて……!」
いきなり呼び捨てにするなんて、非常識なことをしてしまった。必死に謝る彰良に対し、幾子はその表情を変えなかった。
「呪われたのでしょう。一ノ瀬彰良くん、だったかしら」
その言葉に驚いて、目を丸くする。一瞬なんで、と思ったが、よく考えたら当然だ。聡一郎から話を聞いていたのなら、知っていてもおかしくない。
「その………………はい」
氷のように冷たい眼差しが、彰良を見ている。その顔に何処か彰子を思い出して、少しだけ戸惑っている自分がいた。
彰良の横に並ぶ侑斗を見て、幾子はフッと薄く笑った。
「でも、どうにかなったみたいね」
不思議な雰囲気の人だった。澄んだ氷のように冷たいのに、何処か暖かい。
彰良たちに背を向けて、水子地蔵の目の前まで歩いていく。ゆっくりと屈んで、手に持った小さな兎のぬいぐるみを、そっと供えて手を合わせた。
しばらくして、幾子がゆっくりと立ち上がる。
「ねえ知ってるかしら。まだ、靖恵に憑いた呪いは終わってないの」
「え……? でも、靖恵さんはもう亡くなって……」
藤吉靖恵に取り憑いた呪いは、もう終わったはずだ。混乱する彰良を尻目に、侑斗が一歩前に出た。
「取り憑いた人間が自ら命を絶った時、斑目童子の呪いは完成する」
その言葉に驚いて、侑斗の方を向く。その顔は、ひどく痛ましいものを見るように歪んでいた。
「そう。靖恵が死んだのは、呪殺の第一段階でしかない。斑目童子の呪いの真骨頂は、罪悪感の根源に関わる人間を、一人残らず呪い殺すこと」
藤吉靖恵の罪悪感は、自らの子を流してしまったことに起因している。子どもを産めなければ存在さえも認められないという、藤吉一族の空気が、靖恵を追い詰めたのだ。
罪悪感の根源に関わる人間を、一人残らず呪い殺すというならば、次に、死ぬのは————————
「藤吉一族は、近いうちに滅びるでしょう」
幾子が振り返り、その眼差しを彰良たちに向ける。
何故だろう。その時の幾子は、まるで少女のように嬉しそうに笑っていた。
