[完結]『其の九 恋をしてはならない』(ホラー/ハピエン)

 侑斗が彰良の腕を掴んで、足早に歩き出した。

「なんで……っ!」

 なんで黙ってたんだ。そう言おうとしたのだろう。けれど侑斗は、それを途中で止めて、最後まで言わなかった。きっと分かっていたんだろう。それが、彰良を責める言葉にしかならないことを。

 掴まれた腕が痛い。けれど、侑斗に触れられているということが嬉しくて、彰良には離してくれなんて言えなかった。

 洞窟の目の前に来ると、侑斗が徐に手燭台を手に持った。ポケットの中から取り出した蝋燭を、手燭台の先に刺している。侑斗がこれからなにをしようとしているのか理解して、彰良の顔が困惑で歪んだ。

「なにしてんだよ侑斗、洞窟なんかに入ったら、今度はお前が……!」

「もう時間がないんだよ!」

 初めて聞いた侑斗の叫ぶ声。驚いている彰良に、侑斗は手燭台の片方を手渡した。

「……行くぞ、彰良」

 その言葉に本気を感じ取って、彰良は黙ってついて行くしかできなかった。
 入り口近くにある松明で蝋燭の火を灯して、火を消さないように慎重に歩いていく。片方の手は、まるで彰良を逃さないとでもいうように、硬く握られていた。

 彰良が侑斗から逃げるなんて、するわけがないのに。蛍光灯に照らされて、ぼんやりと見える侑斗の背中を眺める。今、侑斗は一体なにを考えているのだろうか。
 彰良には分からない。分からないから、少しだけ怖かった。

 洞窟の中は、吐いた息が白くなるほど寒かった。前来た時は、こんなに寒かっただろうか。そう思い首を振る。やはり何かがおかしい。何かがこちらを見て笑っている気配を感じて、ゾワゾワと鳥肌がたった。

 途中蝋燭の火が消えても、侑斗はお構いなしに先に進んで行った。次のチェックポイントで火をつければ問題ない。そう言って、歩くペースを緩めなかった。

 そうして何度も階段を下り、あっという間に斑目童子の祠に辿り着いた。

 空気がザワザワと震えている。たくさんの瞳が彰良たちを見下ろしていた。確実に何かがいる。痣が疼いてしょうがない。

 蛍光灯が点滅して、次第に光が掻き消えた。松明の明かりと蝋燭の小さな火だけが、その場を照らしている。

 侑斗、帰ろう。彰良がそう言おうとした瞬間、ソレは聞こえて来た。

「彰良、来てくれたのー?」

 鈴を転がしたような、可愛らしい少女の声。それに共鳴するように、子どもたちの声が聞こえてきた。

「嬉しい!」

「一緒に行こう! 一緒に行こう!」

 何処からともなく聞こえてくる、耳に反響する気持ちの悪い声。侑斗が彰良を庇うように後ろに下がらせた。

「彰良は行かない」

 侑斗の言葉に、斑目童子の声が一瞬止まる。

「なんで?」

「なんで一緒に行かないの?」

 途端に剣呑な雰囲気を纏う子どもの声。その強い圧に、それでも侑斗は引かなかった。
 一瞬の間静寂が起きる。一拍置いて、楽しそうな子どもの声が聞こえて来た。

「もしかして……彰良は侑斗が好きだからー?」

 それは、彰良にとって死刑宣告に近い言葉だった。あまりのショックに、身体が緊張で硬くなる。
 その一言を皮切りに、祠の中に大合唱が始まった。

「知ってる、知ってるよ!」

「侑斗は男なのに!」

「好きになっちゃダメなのに!」

「彰良は侑斗が好き!」

「本当は侑斗にキスしたい!」

「キャハハハハハ!」

「長い指で触って欲しい!」

「エッチなこともしたいの!」

「彰良は侑斗が好きだから!」

「アハハハハハハ!」

「侑斗は友だちなのに?」

「友だちなのに、大好きなの!」

「いけないのに、止められないの!」

「キャハハハハハ!」

 お願いだから、聞かないで欲しい。その願いも虚しく、侑斗は少しだけ驚いたような顔でそれを聞いていた。

「やめて……やめてよ……」

 俺の秘密を、言わないで……。

 彰良の懇願(こんがん)も虚しく、斑目童子の大合唱が止むことはない。
 侑斗に秘密を知られてしまった。拒絶される未来を想像して、吐き気まで込み上げてくる。身体中が寒くてしょうがない。ゾワゾワと痣が、彰良の腕を覆っていく。彰良はもう、ここから消えてしまいたかった。

 そんな時だ。侑斗が自分の手燭台の火を、フッと掻き消した。

「なにを……!」

「彰良、俺を信じて」

 その言葉には、有無を言わさぬ強さがあった。侑斗が手燭台の蝋燭を、彰良のそれに傾ける。彰良の火が、侑斗の蝋燭を小さく灯した。


 
其の四 蝋燭の火が消えても、絶対に他人から火をもらってはならない。 誰かに火を分けてもらった瞬間、その相手と「同じ罪」を背負うことになるから。



 彰良がその光景に、小さく悲鳴をあげた。それは絶対に、やってはいけないことだったからだ。
 侑斗の行動に、斑目童子が歓喜するように笑い声を上げた。

「侑斗も一緒!」

「侑斗も一緒!」

「侑斗も一緒!」

「侑斗も一緒!」

「侑斗……!」

 彰良の引き()るような悲鳴にも、侑斗は表情を崩さなかった。彰良の手を、ぎゅっと強く握りしめる。

「彰良、俺、彰良のことが好きだよ」

「え……?」

 それはなんて、甘美な響きなのだろうか。呆ける彰良に対して、もう一度侑斗が、ゆっくりと、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「キスがしたいとか、そういう意味で、俺は彰良が好きだ」

 嘘だ、そんなの。侑斗は話を合わせるために、そんな聞き心地のいいことを言ってるんだ。そんな気持ちが払拭できない。とてもではないが信じられなかった。

「そんなの、同情なんて、嬉しくない!」

 彰良の感情に反応して、侑斗の身体までもが痣に侵食され始めた。ザワザワと侑斗の身体に伸びる痣に、ショックで心臓が止まりそうになる。

「同情じゃない」

「嘘、だよ……」

「本当だよ」

 侑斗だって、自分の状況に気がついているはずだ。このままでは、彰良の道連れに侑斗まで死ぬことになる。それなのに、侑斗の声は酷く穏やかだった。

「ねえ彰良。俺のこと、どう思ってる?」

 侑斗の瞳があまりにもきれいだったから、少しだけ見惚れた。
 彰良の気持ちなど、斑目童子の言葉から分かっているだろう。けれど侑斗は、彰良の口からそれを聞きたがった。

「ねえ彰良。俺、彰良の口から聞いてみたい」

「それは……」

 言おうとして、はくりと口が空を滑った。
 どうしてだろう。もう一度声を出そうとするが、やはりうまく行かない。

「ねえ、なんのお話ししてるのー」

 斑目童子の声に共鳴して、身体中の痣がザワザワと騒めいている。呪いの完成が、近づいていた。
 なんで自分は上手く出来ないのだろう。下を向きそうになる彰良を、しかし侑斗の声がそれを許さなかった。

「お願いだよ彰良……勇気を出せよ!」

 震えるほどに泣きそうな侑斗の声。その時彰良は、やっと気がついた。

 そうだ。侑斗だって、怖いんだ。

 それなのに、こんなところまで一緒に来て、彰良に好きだと言ってくれる。勇気を出せと励ましてくれる。

 そうだ。勇気だ。それがずっと、彰良には足りないものだった。

 目の前が開けていく感覚がする。呪いについて調べる中で、色々な人と話をした。そしてみんな、何かと戦っていた。

 例え嫌われてもいい。拒絶されたっていい。彰良は今ここで、勇気を出さなければならない。

 握った手のひらに力を込める。ここで勇気を出さないなら、一体何処で出すというのだろうか!
 勇気を出して、口を開いた。侑斗にちゃんと、聞こえるように。

 
「俺は…………侑斗が、好き」

 
 真っ直ぐに侑斗を見る。彰良の瞳から、ポロリと涙が溢れ落ちた。

「ずっと、友だちとしての好きだと思ってた。だけど、いつのまにか、そういう風に侑斗を見てて……。気がついたらもう、止められなかった」

「うん」

 ちゃんと聞いてるよ。そう伝えてくれる優しい相槌。もう、斑目童子のざわめきも、彰良の耳には届かなかった。

「侑斗とキスがしたい。手を繋いで歩きたい。セックスも……したいと思った。でも、こんな感情を向けて、侑斗に拒絶されたらって思うと、俺は、なにも言えなくて————」

 ポロポロと涙が溢れて止まらない。侑斗はずっと、優しい眼差しを彰良に向けてくれた。

「俺は、ずっと怖くて……………………ごめん。臆病で、本当にごめん」

「彰良」

 名を呼びながら、侑斗が一歩近付いてくる。何をするのかと見ていれば——侑斗の顔が近づいて来て、そのまま唇がくっついてしまった。

 柔らかい感触に、一瞬頭に空白ができる。何をされているのか気がついた瞬間には、すでに侑斗は離れてしまっていた。

「なんで……」

「キス、したいと思ったから」

 少しだけ、侑斗の顔に照れが入っている。それを見た彰良も、なんだか照れてしまった。

「手を繋いでデートしよう。たくさんキスして、それで……セックスもしよう。彰良のやりたいこと、全部しよう」

「……ほんとに?」

「うん、ほんとに」

 こんなに、こんなに幸せでいいのだろうか。彰良の胸がいっぱいになった瞬間、斑目童子の悲鳴が、洞窟の中にひしめくように反響していた。

「なんでなんでなんでなんで」

「なんでなんでなんでなんで」

「なんでなんでなんでなんで」

「なんでなんでなんでなんで」

「あとちょっとだったのに」

「あとちょっとだったのに」

「あとちょっとだったのに」

「あとちょっとだったのに」

「もう少しだったのに」

「もう少しだったのに」

「もう少しだったのに」

「もう少しだったのに」

「どうしてどうしてどうしてどうして」

「どうしてどうしてどうしてどうして」

「どうしてどうしてどうしてどうして」

「どうしてどうしてどうしてどうして」

 ぼうぼうと燃えていた松明の火が突然フッと掻き消える。一拍置いて、一人の少女の声が祠の中にぽつんとこだました。

 
「あーあ、つまんないの」


 蛍光灯がパチンパチンと数度点滅してから光出す。明るくなったそこには、静寂が広がっていた。