侑斗が彰良の腕を掴んで、足早に歩き出した。
「なんで……っ!」
なんで黙ってたんだ。そう言おうとしたのだろう。けれど侑斗は、それを途中で止めて、最後まで言わなかった。きっと分かっていたんだろう。それが、彰良を責める言葉にしかならないことを。
掴まれた腕が痛い。けれど、侑斗に触れられているということが嬉しくて、彰良には離してくれなんて言えなかった。
洞窟の目の前に来ると、侑斗が徐に手燭台を手に持った。ポケットの中から取り出した蝋燭を、手燭台の先に刺している。侑斗がこれからなにをしようとしているのか理解して、彰良の顔が困惑で歪んだ。
「なにしてんだよ侑斗、洞窟なんかに入ったら、今度はお前が……!」
「もう時間がないんだよ!」
初めて聞いた侑斗の叫ぶ声。驚いている彰良に、侑斗は手燭台の片方を手渡した。
「……行くぞ、彰良」
その言葉に本気を感じ取って、彰良は黙ってついて行くしかできなかった。
入り口近くにある松明で蝋燭の火を灯して、火を消さないように慎重に歩いていく。片方の手は、まるで彰良を逃さないとでもいうように、硬く握られていた。
彰良が侑斗から逃げるなんて、するわけがないのに。蛍光灯に照らされて、ぼんやりと見える侑斗の背中を眺める。今、侑斗は一体なにを考えているのだろうか。
彰良には分からない。分からないから、少しだけ怖かった。
洞窟の中は、吐いた息が白くなるほど寒かった。前来た時は、こんなに寒かっただろうか。そう思い首を振る。やはり何かがおかしい。何かがこちらを見て笑っている気配を感じて、ゾワゾワと鳥肌がたった。
途中蝋燭の火が消えても、侑斗はお構いなしに先に進んで行った。次のチェックポイントで火をつければ問題ない。そう言って、歩くペースを緩めなかった。
そうして何度も階段を下り、あっという間に斑目童子の祠に辿り着いた。
空気がザワザワと震えている。たくさんの瞳が彰良たちを見下ろしていた。確実に何かがいる。痣が疼いてしょうがない。
蛍光灯が点滅して、次第に光が掻き消えた。松明の明かりと蝋燭の小さな火だけが、その場を照らしている。
侑斗、帰ろう。彰良がそう言おうとした瞬間、ソレは聞こえて来た。
「彰良、来てくれたのー?」
鈴を転がしたような、可愛らしい少女の声。それに共鳴するように、子どもたちの声が聞こえてきた。
「嬉しい!」
「一緒に行こう! 一緒に行こう!」
何処からともなく聞こえてくる、耳に反響する気持ちの悪い声。侑斗が彰良を庇うように後ろに下がらせた。
「彰良は行かない」
侑斗の言葉に、斑目童子の声が一瞬止まる。
「なんで?」
「なんで一緒に行かないの?」
途端に剣呑な雰囲気を纏う子どもの声。その強い圧に、それでも侑斗は引かなかった。
一瞬の間静寂が起きる。一拍置いて、楽しそうな子どもの声が聞こえて来た。
「もしかして……彰良は侑斗が好きだからー?」
それは、彰良にとって死刑宣告に近い言葉だった。あまりのショックに、身体が緊張で硬くなる。
その一言を皮切りに、祠の中に大合唱が始まった。
「知ってる、知ってるよ!」
「侑斗は男なのに!」
「好きになっちゃダメなのに!」
「彰良は侑斗が好き!」
「本当は侑斗にキスしたい!」
「キャハハハハハ!」
「長い指で触って欲しい!」
「エッチなこともしたいの!」
「彰良は侑斗が好きだから!」
「アハハハハハハ!」
「侑斗は友だちなのに?」
「友だちなのに、大好きなの!」
「いけないのに、止められないの!」
「キャハハハハハ!」
お願いだから、聞かないで欲しい。その願いも虚しく、侑斗は少しだけ驚いたような顔でそれを聞いていた。
「やめて……やめてよ……」
俺の秘密を、言わないで……。
彰良の懇願も虚しく、斑目童子の大合唱が止むことはない。
侑斗に秘密を知られてしまった。拒絶される未来を想像して、吐き気まで込み上げてくる。身体中が寒くてしょうがない。ゾワゾワと痣が、彰良の腕を覆っていく。彰良はもう、ここから消えてしまいたかった。
そんな時だ。侑斗が自分の手燭台の火を、フッと掻き消した。
「なにを……!」
「彰良、俺を信じて」
その言葉には、有無を言わさぬ強さがあった。侑斗が手燭台の蝋燭を、彰良のそれに傾ける。彰良の火が、侑斗の蝋燭を小さく灯した。
其の四 蝋燭の火が消えても、絶対に他人から火をもらってはならない。 誰かに火を分けてもらった瞬間、その相手と「同じ罪」を背負うことになるから。
彰良がその光景に、小さく悲鳴をあげた。それは絶対に、やってはいけないことだったからだ。
侑斗の行動に、斑目童子が歓喜するように笑い声を上げた。
「侑斗も一緒!」
「侑斗も一緒!」
「侑斗も一緒!」
「侑斗も一緒!」
「侑斗……!」
彰良の引き攣るような悲鳴にも、侑斗は表情を崩さなかった。彰良の手を、ぎゅっと強く握りしめる。
「彰良、俺、彰良のことが好きだよ」
「え……?」
それはなんて、甘美な響きなのだろうか。呆ける彰良に対して、もう一度侑斗が、ゆっくりと、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「キスがしたいとか、そういう意味で、俺は彰良が好きだ」
嘘だ、そんなの。侑斗は話を合わせるために、そんな聞き心地のいいことを言ってるんだ。そんな気持ちが払拭できない。とてもではないが信じられなかった。
「そんなの、同情なんて、嬉しくない!」
彰良の感情に反応して、侑斗の身体までもが痣に侵食され始めた。ザワザワと侑斗の身体に伸びる痣に、ショックで心臓が止まりそうになる。
「同情じゃない」
「嘘、だよ……」
「本当だよ」
侑斗だって、自分の状況に気がついているはずだ。このままでは、彰良の道連れに侑斗まで死ぬことになる。それなのに、侑斗の声は酷く穏やかだった。
「ねえ彰良。俺のこと、どう思ってる?」
侑斗の瞳があまりにもきれいだったから、少しだけ見惚れた。
彰良の気持ちなど、斑目童子の言葉から分かっているだろう。けれど侑斗は、彰良の口からそれを聞きたがった。
「ねえ彰良。俺、彰良の口から聞いてみたい」
「それは……」
言おうとして、はくりと口が空を滑った。
どうしてだろう。もう一度声を出そうとするが、やはりうまく行かない。
「ねえ、なんのお話ししてるのー」
斑目童子の声に共鳴して、身体中の痣がザワザワと騒めいている。呪いの完成が、近づいていた。
なんで自分は上手く出来ないのだろう。下を向きそうになる彰良を、しかし侑斗の声がそれを許さなかった。
「お願いだよ彰良……勇気を出せよ!」
震えるほどに泣きそうな侑斗の声。その時彰良は、やっと気がついた。
そうだ。侑斗だって、怖いんだ。
それなのに、こんなところまで一緒に来て、彰良に好きだと言ってくれる。勇気を出せと励ましてくれる。
そうだ。勇気だ。それがずっと、彰良には足りないものだった。
目の前が開けていく感覚がする。呪いについて調べる中で、色々な人と話をした。そしてみんな、何かと戦っていた。
例え嫌われてもいい。拒絶されたっていい。彰良は今ここで、勇気を出さなければならない。
握った手のひらに力を込める。ここで勇気を出さないなら、一体何処で出すというのだろうか!
勇気を出して、口を開いた。侑斗にちゃんと、聞こえるように。
「俺は…………侑斗が、好き」
真っ直ぐに侑斗を見る。彰良の瞳から、ポロリと涙が溢れ落ちた。
「ずっと、友だちとしての好きだと思ってた。だけど、いつのまにか、そういう風に侑斗を見てて……。気がついたらもう、止められなかった」
「うん」
ちゃんと聞いてるよ。そう伝えてくれる優しい相槌。もう、斑目童子のざわめきも、彰良の耳には届かなかった。
「侑斗とキスがしたい。手を繋いで歩きたい。セックスも……したいと思った。でも、こんな感情を向けて、侑斗に拒絶されたらって思うと、俺は、なにも言えなくて————」
ポロポロと涙が溢れて止まらない。侑斗はずっと、優しい眼差しを彰良に向けてくれた。
「俺は、ずっと怖くて……………………ごめん。臆病で、本当にごめん」
「彰良」
名を呼びながら、侑斗が一歩近付いてくる。何をするのかと見ていれば——侑斗の顔が近づいて来て、そのまま唇がくっついてしまった。
柔らかい感触に、一瞬頭に空白ができる。何をされているのか気がついた瞬間には、すでに侑斗は離れてしまっていた。
「なんで……」
「キス、したいと思ったから」
少しだけ、侑斗の顔に照れが入っている。それを見た彰良も、なんだか照れてしまった。
「手を繋いでデートしよう。たくさんキスして、それで……セックスもしよう。彰良のやりたいこと、全部しよう」
「……ほんとに?」
「うん、ほんとに」
こんなに、こんなに幸せでいいのだろうか。彰良の胸がいっぱいになった瞬間、斑目童子の悲鳴が、洞窟の中にひしめくように反響していた。
「なんでなんでなんでなんで」
「なんでなんでなんでなんで」
「なんでなんでなんでなんで」
「なんでなんでなんでなんで」
「あとちょっとだったのに」
「あとちょっとだったのに」
「あとちょっとだったのに」
「あとちょっとだったのに」
「もう少しだったのに」
「もう少しだったのに」
「もう少しだったのに」
「もう少しだったのに」
「どうしてどうしてどうしてどうして」
「どうしてどうしてどうしてどうして」
「どうしてどうしてどうしてどうして」
「どうしてどうしてどうしてどうして」
ぼうぼうと燃えていた松明の火が突然フッと掻き消える。一拍置いて、一人の少女の声が祠の中にぽつんとこだました。
「あーあ、つまんないの」
蛍光灯がパチンパチンと数度点滅してから光出す。明るくなったそこには、静寂が広がっていた。
「なんで……っ!」
なんで黙ってたんだ。そう言おうとしたのだろう。けれど侑斗は、それを途中で止めて、最後まで言わなかった。きっと分かっていたんだろう。それが、彰良を責める言葉にしかならないことを。
掴まれた腕が痛い。けれど、侑斗に触れられているということが嬉しくて、彰良には離してくれなんて言えなかった。
洞窟の目の前に来ると、侑斗が徐に手燭台を手に持った。ポケットの中から取り出した蝋燭を、手燭台の先に刺している。侑斗がこれからなにをしようとしているのか理解して、彰良の顔が困惑で歪んだ。
「なにしてんだよ侑斗、洞窟なんかに入ったら、今度はお前が……!」
「もう時間がないんだよ!」
初めて聞いた侑斗の叫ぶ声。驚いている彰良に、侑斗は手燭台の片方を手渡した。
「……行くぞ、彰良」
その言葉に本気を感じ取って、彰良は黙ってついて行くしかできなかった。
入り口近くにある松明で蝋燭の火を灯して、火を消さないように慎重に歩いていく。片方の手は、まるで彰良を逃さないとでもいうように、硬く握られていた。
彰良が侑斗から逃げるなんて、するわけがないのに。蛍光灯に照らされて、ぼんやりと見える侑斗の背中を眺める。今、侑斗は一体なにを考えているのだろうか。
彰良には分からない。分からないから、少しだけ怖かった。
洞窟の中は、吐いた息が白くなるほど寒かった。前来た時は、こんなに寒かっただろうか。そう思い首を振る。やはり何かがおかしい。何かがこちらを見て笑っている気配を感じて、ゾワゾワと鳥肌がたった。
途中蝋燭の火が消えても、侑斗はお構いなしに先に進んで行った。次のチェックポイントで火をつければ問題ない。そう言って、歩くペースを緩めなかった。
そうして何度も階段を下り、あっという間に斑目童子の祠に辿り着いた。
空気がザワザワと震えている。たくさんの瞳が彰良たちを見下ろしていた。確実に何かがいる。痣が疼いてしょうがない。
蛍光灯が点滅して、次第に光が掻き消えた。松明の明かりと蝋燭の小さな火だけが、その場を照らしている。
侑斗、帰ろう。彰良がそう言おうとした瞬間、ソレは聞こえて来た。
「彰良、来てくれたのー?」
鈴を転がしたような、可愛らしい少女の声。それに共鳴するように、子どもたちの声が聞こえてきた。
「嬉しい!」
「一緒に行こう! 一緒に行こう!」
何処からともなく聞こえてくる、耳に反響する気持ちの悪い声。侑斗が彰良を庇うように後ろに下がらせた。
「彰良は行かない」
侑斗の言葉に、斑目童子の声が一瞬止まる。
「なんで?」
「なんで一緒に行かないの?」
途端に剣呑な雰囲気を纏う子どもの声。その強い圧に、それでも侑斗は引かなかった。
一瞬の間静寂が起きる。一拍置いて、楽しそうな子どもの声が聞こえて来た。
「もしかして……彰良は侑斗が好きだからー?」
それは、彰良にとって死刑宣告に近い言葉だった。あまりのショックに、身体が緊張で硬くなる。
その一言を皮切りに、祠の中に大合唱が始まった。
「知ってる、知ってるよ!」
「侑斗は男なのに!」
「好きになっちゃダメなのに!」
「彰良は侑斗が好き!」
「本当は侑斗にキスしたい!」
「キャハハハハハ!」
「長い指で触って欲しい!」
「エッチなこともしたいの!」
「彰良は侑斗が好きだから!」
「アハハハハハハ!」
「侑斗は友だちなのに?」
「友だちなのに、大好きなの!」
「いけないのに、止められないの!」
「キャハハハハハ!」
お願いだから、聞かないで欲しい。その願いも虚しく、侑斗は少しだけ驚いたような顔でそれを聞いていた。
「やめて……やめてよ……」
俺の秘密を、言わないで……。
彰良の懇願も虚しく、斑目童子の大合唱が止むことはない。
侑斗に秘密を知られてしまった。拒絶される未来を想像して、吐き気まで込み上げてくる。身体中が寒くてしょうがない。ゾワゾワと痣が、彰良の腕を覆っていく。彰良はもう、ここから消えてしまいたかった。
そんな時だ。侑斗が自分の手燭台の火を、フッと掻き消した。
「なにを……!」
「彰良、俺を信じて」
その言葉には、有無を言わさぬ強さがあった。侑斗が手燭台の蝋燭を、彰良のそれに傾ける。彰良の火が、侑斗の蝋燭を小さく灯した。
其の四 蝋燭の火が消えても、絶対に他人から火をもらってはならない。 誰かに火を分けてもらった瞬間、その相手と「同じ罪」を背負うことになるから。
彰良がその光景に、小さく悲鳴をあげた。それは絶対に、やってはいけないことだったからだ。
侑斗の行動に、斑目童子が歓喜するように笑い声を上げた。
「侑斗も一緒!」
「侑斗も一緒!」
「侑斗も一緒!」
「侑斗も一緒!」
「侑斗……!」
彰良の引き攣るような悲鳴にも、侑斗は表情を崩さなかった。彰良の手を、ぎゅっと強く握りしめる。
「彰良、俺、彰良のことが好きだよ」
「え……?」
それはなんて、甘美な響きなのだろうか。呆ける彰良に対して、もう一度侑斗が、ゆっくりと、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「キスがしたいとか、そういう意味で、俺は彰良が好きだ」
嘘だ、そんなの。侑斗は話を合わせるために、そんな聞き心地のいいことを言ってるんだ。そんな気持ちが払拭できない。とてもではないが信じられなかった。
「そんなの、同情なんて、嬉しくない!」
彰良の感情に反応して、侑斗の身体までもが痣に侵食され始めた。ザワザワと侑斗の身体に伸びる痣に、ショックで心臓が止まりそうになる。
「同情じゃない」
「嘘、だよ……」
「本当だよ」
侑斗だって、自分の状況に気がついているはずだ。このままでは、彰良の道連れに侑斗まで死ぬことになる。それなのに、侑斗の声は酷く穏やかだった。
「ねえ彰良。俺のこと、どう思ってる?」
侑斗の瞳があまりにもきれいだったから、少しだけ見惚れた。
彰良の気持ちなど、斑目童子の言葉から分かっているだろう。けれど侑斗は、彰良の口からそれを聞きたがった。
「ねえ彰良。俺、彰良の口から聞いてみたい」
「それは……」
言おうとして、はくりと口が空を滑った。
どうしてだろう。もう一度声を出そうとするが、やはりうまく行かない。
「ねえ、なんのお話ししてるのー」
斑目童子の声に共鳴して、身体中の痣がザワザワと騒めいている。呪いの完成が、近づいていた。
なんで自分は上手く出来ないのだろう。下を向きそうになる彰良を、しかし侑斗の声がそれを許さなかった。
「お願いだよ彰良……勇気を出せよ!」
震えるほどに泣きそうな侑斗の声。その時彰良は、やっと気がついた。
そうだ。侑斗だって、怖いんだ。
それなのに、こんなところまで一緒に来て、彰良に好きだと言ってくれる。勇気を出せと励ましてくれる。
そうだ。勇気だ。それがずっと、彰良には足りないものだった。
目の前が開けていく感覚がする。呪いについて調べる中で、色々な人と話をした。そしてみんな、何かと戦っていた。
例え嫌われてもいい。拒絶されたっていい。彰良は今ここで、勇気を出さなければならない。
握った手のひらに力を込める。ここで勇気を出さないなら、一体何処で出すというのだろうか!
勇気を出して、口を開いた。侑斗にちゃんと、聞こえるように。
「俺は…………侑斗が、好き」
真っ直ぐに侑斗を見る。彰良の瞳から、ポロリと涙が溢れ落ちた。
「ずっと、友だちとしての好きだと思ってた。だけど、いつのまにか、そういう風に侑斗を見てて……。気がついたらもう、止められなかった」
「うん」
ちゃんと聞いてるよ。そう伝えてくれる優しい相槌。もう、斑目童子のざわめきも、彰良の耳には届かなかった。
「侑斗とキスがしたい。手を繋いで歩きたい。セックスも……したいと思った。でも、こんな感情を向けて、侑斗に拒絶されたらって思うと、俺は、なにも言えなくて————」
ポロポロと涙が溢れて止まらない。侑斗はずっと、優しい眼差しを彰良に向けてくれた。
「俺は、ずっと怖くて……………………ごめん。臆病で、本当にごめん」
「彰良」
名を呼びながら、侑斗が一歩近付いてくる。何をするのかと見ていれば——侑斗の顔が近づいて来て、そのまま唇がくっついてしまった。
柔らかい感触に、一瞬頭に空白ができる。何をされているのか気がついた瞬間には、すでに侑斗は離れてしまっていた。
「なんで……」
「キス、したいと思ったから」
少しだけ、侑斗の顔に照れが入っている。それを見た彰良も、なんだか照れてしまった。
「手を繋いでデートしよう。たくさんキスして、それで……セックスもしよう。彰良のやりたいこと、全部しよう」
「……ほんとに?」
「うん、ほんとに」
こんなに、こんなに幸せでいいのだろうか。彰良の胸がいっぱいになった瞬間、斑目童子の悲鳴が、洞窟の中にひしめくように反響していた。
「なんでなんでなんでなんで」
「なんでなんでなんでなんで」
「なんでなんでなんでなんで」
「なんでなんでなんでなんで」
「あとちょっとだったのに」
「あとちょっとだったのに」
「あとちょっとだったのに」
「あとちょっとだったのに」
「もう少しだったのに」
「もう少しだったのに」
「もう少しだったのに」
「もう少しだったのに」
「どうしてどうしてどうしてどうして」
「どうしてどうしてどうしてどうして」
「どうしてどうしてどうしてどうして」
「どうしてどうしてどうしてどうして」
ぼうぼうと燃えていた松明の火が突然フッと掻き消える。一拍置いて、一人の少女の声が祠の中にぽつんとこだました。
「あーあ、つまんないの」
蛍光灯がパチンパチンと数度点滅してから光出す。明るくなったそこには、静寂が広がっていた。
