「じゃーん!」
夕ご飯を食べた後、母親が嬉しそうに何かを広げている。ソファから立ち上がり机を見れば、綺麗な藤色の浴衣と、黒色の勘兵衛が広げられていた。
「きゃー! めっちゃ素敵! お母さんありがとう!」
「でしょー! 今年は気合い入れちゃった」
毎年お盆になると、満仔神社で夏祭りが開催される。一ノ瀬家では毎年、母親が手作りしてくれる衣装を着て参加する事になっていた。彰良に用意されたのは、今年は勘兵衛らしい。
呪いの方に気を取られて、夏祭りのことなど今まですっかりと抜け落ちていた。カレンダーを見れば、夏祭りは明日に迫っている。
そういえば、侑斗はもう帰ってきているんだろうか。そう思った瞬間、タイミングよく彰良の携帯が鳴った。
次の日の夜18時過ぎ。日が落ちて辺りが暗くなり始めた頃に侑斗と落ち合う。いつもの待ち合わせ場所には、とんでもない色男が待っていた。濃い藍色の、繊細な縦縞模様で飾られた浴衣を着こなしている。
びっくりして、目があった瞬間顔を逸らしてしまった。それに侑斗が不思議そうな顔をして覗き込んでくるもんだから、両手で顔を掴んで距離を取る。
「彰良〜どしたん?」
「べ、別に……」
正直かなり似合っている。普段から謎の色気があるくせに、今日は一段と凄かった。あまりに目に毒だ。あと、ほっぺたが凄くツルツルしている。
「あれ? 侑斗くんじゃん」
「あ、お姉さんこの間ぶりです〜」
その声に、反射的に侑斗の前に出ていた。侑斗の浴衣姿を見せないようにする彰良に、浴衣姿に着飾った彰子が呆れたような顔をする。
「なに? アンタの友だち取らないって。あたしは今日はひみちゃんと回る予定だから」
それだけ言うと、彰子はヒラヒラと手を振って歩いて行った。
「え? なに? 彰良お前、俺がお姉さんに取られるとおもっ……」
「わー! 違うって! 逆だから!」
「あー、なんだ、逆ね」
彰良の気持ちを気付かれるくらいなら、逆でもなんでも勘違いされた方がマシだ。
誤魔化しが効いたのか、侑斗からの追求が終わる。お前の姉ちゃん浴衣姿も綺麗だったなーなんて言って、朗らかに笑っていた。
「彰良もさー、勘兵衛めっちゃ似合ってる」
「……そりゃどうも」
浴衣姿の侑斗と並ぶと、彰良は随分と子どもっぽく見えるだろう。社交辞令だとしても、侑斗に褒められるのは悪くない。
侑斗も似合ってる。そう小さく呟けば、ちゃんと届いたらしい。ガバリと侑斗が抱きついて、嬉しそうに笑った。
いつもは過疎っている彰良の地元だが、祭りの日だけは少し違う。花火を見に隣町からも人がやってくるため、満仔神社での夏祭りは、毎年たくさんの人で賑わっていた。
会場に着けば、いつにない活気が伝わってくる。侑斗の顔が子どものように赤らんだのを見て、少しだけ胸が高鳴った。
ぼんぼりが照らされて、淡い光を放っている。広場に建てられた櫓から太鼓の音が聞こえて来て、耳にも楽しい。多くの屋台が立ち並び、美味しい匂いを漂わせていた。
「俺、こういう祭りはじめてかも」
「そうなの?」
「うん、彰良と一緒に来れて、すげー楽しい」
そう言われれば、彰良も悪い気はしない。侑斗の要望に合わせて、端から端まで色んなお店を回っていく。
水風船にリンゴ飴、フランクフルトに焼きそばにたこ焼き。果てはわたあめとチョコバナナにかき氷。両手いっぱいに持ちきれないほどぶら下がった荷物に、彰良は驚きよりも呆れが勝った。
「流石に買い過ぎだろ」
「ええーいいじゃん一緒に食べようぜ」
確かに、高校生男子二人分の食事と考えればそこまで多くはないかもしれない。侑斗の荷物を半分受け取り、神社の奥にある階段を登っていく。天辺まで登ったら、見晴らしのいい場所に腰を下ろした。
「ここ、花火が一番よく見える」
「彰良の秘密の場所?」
「うん。姉ちゃんも知ってるけど……」
彰子はあんまりこの場所が好きではないから、きっと来ないだろう。薄暗くて、女性だけでは確かに危ないと彰良も思う。
花火を待ちながら、二人で買ったものを一緒に食べていく。かき氷の冷たさがツーンと頭に響いたのを笑われて、侑斗の口に彰良のかき氷を突っ込んだ。
「イッテェ〜」
頭を抑える侑斗を無視して、携帯の時刻を確認する。時刻は19時半を過ぎようとしていた。
「ん、そろそろかな」
周りのゴミを片付けて一つにまとめる。花火を見るために立ち上がると、侑斗も彰良に倣って腰を上げた。
しばらく待っていれば、ひゅーという音が聞こえてくる。光の線が上に登りきると、ドン! という大きな音を立てて、綺麗な花が夜空に上がった。
「うわー……すっげ……」
侑斗の口から、感嘆の言葉が漏れ出る。花火に照らされた横顔が、とても綺麗だと思った。
ドンドン! と連続して上がる花火を、侑斗と一緒に仰ぎ見る。
ああ、楽しいなあ。素直にそう思った。今この瞬間のために生まれて来たんだと、そんなことを考えてしまうぐらいに。
侑斗も同じ気持ちだったんだろうか。あまり自分のことを話さない侑斗が、その日は随分と口が軽くなっているように見えた。
「俺さー……転校してくる前、不登校だったんだ」
花火の音を擦り抜けて、侑斗の声が耳に届く。もしかしたら、侑斗は聞こえなくてもいいと思っていたのかもしれない。けれど、聞こえないふりをすることなんて、彰良には出来なかった。
「別にいじめられてたとか、そんなことはなくて……なんでだろうな、突然行けなくなっちゃってさー……」
言葉を探すように、懸命に話す声が愛おしい。
「母さんと父さんにすげー心配かけてるのはわかるのに、それでもダメでさ……。俺に隠れてこっそり泣いてる母さんを見たら、もっと辛くなっちゃって。……それで、自然に囲まれれば良くなるかもしれないって、両親の勧めでこっちに引っ越して来たんだ」
花火が上がるたびに照らされる侑斗の横顔から、視線が逸らせない。
「……転校した先では頑張ろうって思ってたんだけど、やっぱり辛くなっちゃって……そんな時に、彰良の鞄についたキーホルダーに気がついたんだ」
澄んだ鈍色の瞳の中に、大きな花が咲いている。花火に嫉妬する日が来るなんて、思わなかった。
「笑うかもしんないけど……彰良に声かけるの、これでもすげー緊張したんだ。その……俺、彰良と一緒になら、普通に学校行けるようになってさ……だから、彰良にはすげー感謝してんの」
花火に照らされた侑斗の顔が、彰良の方を向いた。
恥ずかしげに彷徨った視線が、覚悟を決めたように彰良を見つめる。澄んだ瞳の中に自分を見つけて、まるで美しい瞳の中に閉じ込められたみたいだと思った。
「なんていうのかな、俺、彰良のこと……その……はじめてできた親友、みたいに思ってるんだ」
瞬間、特大の花火が打ち上がる。恥ずかしそうにはにかむ侑斗を背に、大輪の花が宙に咲き誇った。
きれいだと思った。心も身体も、侑斗の全てが彰良にとって美しい。そんな侑斗に抱いた感情が、彰良を蝕んで離さない。
今すぐ抱きついてキスをしたい。
俺の名前だけ呼んで欲しい。
そして、そのきれいな指で————————————————
なんて、なんて浅ましいんだろう。
段々と彰良の視界が滲んでいく。いつの間にか頬には、涙が伝っていた。
身体中にゾワゾワと痣が侵食していく感覚がする。それはきっと、顔にまで到達しているだろう。
次の花火が上がった瞬間、彰良を見た侑斗の瞳が、驚愕に見開かれた。
夕ご飯を食べた後、母親が嬉しそうに何かを広げている。ソファから立ち上がり机を見れば、綺麗な藤色の浴衣と、黒色の勘兵衛が広げられていた。
「きゃー! めっちゃ素敵! お母さんありがとう!」
「でしょー! 今年は気合い入れちゃった」
毎年お盆になると、満仔神社で夏祭りが開催される。一ノ瀬家では毎年、母親が手作りしてくれる衣装を着て参加する事になっていた。彰良に用意されたのは、今年は勘兵衛らしい。
呪いの方に気を取られて、夏祭りのことなど今まですっかりと抜け落ちていた。カレンダーを見れば、夏祭りは明日に迫っている。
そういえば、侑斗はもう帰ってきているんだろうか。そう思った瞬間、タイミングよく彰良の携帯が鳴った。
次の日の夜18時過ぎ。日が落ちて辺りが暗くなり始めた頃に侑斗と落ち合う。いつもの待ち合わせ場所には、とんでもない色男が待っていた。濃い藍色の、繊細な縦縞模様で飾られた浴衣を着こなしている。
びっくりして、目があった瞬間顔を逸らしてしまった。それに侑斗が不思議そうな顔をして覗き込んでくるもんだから、両手で顔を掴んで距離を取る。
「彰良〜どしたん?」
「べ、別に……」
正直かなり似合っている。普段から謎の色気があるくせに、今日は一段と凄かった。あまりに目に毒だ。あと、ほっぺたが凄くツルツルしている。
「あれ? 侑斗くんじゃん」
「あ、お姉さんこの間ぶりです〜」
その声に、反射的に侑斗の前に出ていた。侑斗の浴衣姿を見せないようにする彰良に、浴衣姿に着飾った彰子が呆れたような顔をする。
「なに? アンタの友だち取らないって。あたしは今日はひみちゃんと回る予定だから」
それだけ言うと、彰子はヒラヒラと手を振って歩いて行った。
「え? なに? 彰良お前、俺がお姉さんに取られるとおもっ……」
「わー! 違うって! 逆だから!」
「あー、なんだ、逆ね」
彰良の気持ちを気付かれるくらいなら、逆でもなんでも勘違いされた方がマシだ。
誤魔化しが効いたのか、侑斗からの追求が終わる。お前の姉ちゃん浴衣姿も綺麗だったなーなんて言って、朗らかに笑っていた。
「彰良もさー、勘兵衛めっちゃ似合ってる」
「……そりゃどうも」
浴衣姿の侑斗と並ぶと、彰良は随分と子どもっぽく見えるだろう。社交辞令だとしても、侑斗に褒められるのは悪くない。
侑斗も似合ってる。そう小さく呟けば、ちゃんと届いたらしい。ガバリと侑斗が抱きついて、嬉しそうに笑った。
いつもは過疎っている彰良の地元だが、祭りの日だけは少し違う。花火を見に隣町からも人がやってくるため、満仔神社での夏祭りは、毎年たくさんの人で賑わっていた。
会場に着けば、いつにない活気が伝わってくる。侑斗の顔が子どものように赤らんだのを見て、少しだけ胸が高鳴った。
ぼんぼりが照らされて、淡い光を放っている。広場に建てられた櫓から太鼓の音が聞こえて来て、耳にも楽しい。多くの屋台が立ち並び、美味しい匂いを漂わせていた。
「俺、こういう祭りはじめてかも」
「そうなの?」
「うん、彰良と一緒に来れて、すげー楽しい」
そう言われれば、彰良も悪い気はしない。侑斗の要望に合わせて、端から端まで色んなお店を回っていく。
水風船にリンゴ飴、フランクフルトに焼きそばにたこ焼き。果てはわたあめとチョコバナナにかき氷。両手いっぱいに持ちきれないほどぶら下がった荷物に、彰良は驚きよりも呆れが勝った。
「流石に買い過ぎだろ」
「ええーいいじゃん一緒に食べようぜ」
確かに、高校生男子二人分の食事と考えればそこまで多くはないかもしれない。侑斗の荷物を半分受け取り、神社の奥にある階段を登っていく。天辺まで登ったら、見晴らしのいい場所に腰を下ろした。
「ここ、花火が一番よく見える」
「彰良の秘密の場所?」
「うん。姉ちゃんも知ってるけど……」
彰子はあんまりこの場所が好きではないから、きっと来ないだろう。薄暗くて、女性だけでは確かに危ないと彰良も思う。
花火を待ちながら、二人で買ったものを一緒に食べていく。かき氷の冷たさがツーンと頭に響いたのを笑われて、侑斗の口に彰良のかき氷を突っ込んだ。
「イッテェ〜」
頭を抑える侑斗を無視して、携帯の時刻を確認する。時刻は19時半を過ぎようとしていた。
「ん、そろそろかな」
周りのゴミを片付けて一つにまとめる。花火を見るために立ち上がると、侑斗も彰良に倣って腰を上げた。
しばらく待っていれば、ひゅーという音が聞こえてくる。光の線が上に登りきると、ドン! という大きな音を立てて、綺麗な花が夜空に上がった。
「うわー……すっげ……」
侑斗の口から、感嘆の言葉が漏れ出る。花火に照らされた横顔が、とても綺麗だと思った。
ドンドン! と連続して上がる花火を、侑斗と一緒に仰ぎ見る。
ああ、楽しいなあ。素直にそう思った。今この瞬間のために生まれて来たんだと、そんなことを考えてしまうぐらいに。
侑斗も同じ気持ちだったんだろうか。あまり自分のことを話さない侑斗が、その日は随分と口が軽くなっているように見えた。
「俺さー……転校してくる前、不登校だったんだ」
花火の音を擦り抜けて、侑斗の声が耳に届く。もしかしたら、侑斗は聞こえなくてもいいと思っていたのかもしれない。けれど、聞こえないふりをすることなんて、彰良には出来なかった。
「別にいじめられてたとか、そんなことはなくて……なんでだろうな、突然行けなくなっちゃってさー……」
言葉を探すように、懸命に話す声が愛おしい。
「母さんと父さんにすげー心配かけてるのはわかるのに、それでもダメでさ……。俺に隠れてこっそり泣いてる母さんを見たら、もっと辛くなっちゃって。……それで、自然に囲まれれば良くなるかもしれないって、両親の勧めでこっちに引っ越して来たんだ」
花火が上がるたびに照らされる侑斗の横顔から、視線が逸らせない。
「……転校した先では頑張ろうって思ってたんだけど、やっぱり辛くなっちゃって……そんな時に、彰良の鞄についたキーホルダーに気がついたんだ」
澄んだ鈍色の瞳の中に、大きな花が咲いている。花火に嫉妬する日が来るなんて、思わなかった。
「笑うかもしんないけど……彰良に声かけるの、これでもすげー緊張したんだ。その……俺、彰良と一緒になら、普通に学校行けるようになってさ……だから、彰良にはすげー感謝してんの」
花火に照らされた侑斗の顔が、彰良の方を向いた。
恥ずかしげに彷徨った視線が、覚悟を決めたように彰良を見つめる。澄んだ瞳の中に自分を見つけて、まるで美しい瞳の中に閉じ込められたみたいだと思った。
「なんていうのかな、俺、彰良のこと……その……はじめてできた親友、みたいに思ってるんだ」
瞬間、特大の花火が打ち上がる。恥ずかしそうにはにかむ侑斗を背に、大輪の花が宙に咲き誇った。
きれいだと思った。心も身体も、侑斗の全てが彰良にとって美しい。そんな侑斗に抱いた感情が、彰良を蝕んで離さない。
今すぐ抱きついてキスをしたい。
俺の名前だけ呼んで欲しい。
そして、そのきれいな指で————————————————
なんて、なんて浅ましいんだろう。
段々と彰良の視界が滲んでいく。いつの間にか頬には、涙が伝っていた。
身体中にゾワゾワと痣が侵食していく感覚がする。それはきっと、顔にまで到達しているだろう。
次の花火が上がった瞬間、彰良を見た侑斗の瞳が、驚愕に見開かれた。
