『其の九 恋をしてはならない』(ホラー/ハピエン)

 灼熱の太陽が木々に遮られて、まだら模様に地面を照らしている。咽せ返るような緑の匂いが充満する中、蝉の鳴き声だけがその場にこだましていた。
 息をするのも苦しい暑さの中、玉のような汗が肌を伝っていく。綺麗なせせらぎが流れるいつもの遊び場の近く。森の中に佇む二人の少年の前に、人型の何かが倒れていた。

 背格好から、女性であることが分かる。服から見える体全体に、まだら模様の奇妙な痣が広がっていた。頭部から、トマトジュースみたいに真っ赤な何かが飛び散っている。何処からどう見ても、人の死体だ。

「彰良……」

 強張ったように震える手を握り返す。場違いにも、侑斗の唇が自分の名前を呼んだことを、彰良は嬉しいと思った。


 § § §


 一ノ瀬彰良は何処にでもいる17歳だ。上に姉がいる二人兄弟で、両親との仲も比較的良好。ご飯よりパン派で、目玉焼きは醤油派。身長は168センチ程度だが、これから伸びる予定なので全く問題はない。

 強いて普通と違う点をあげるならば、それはたった一つだけ。彰良の住んでいる地域が、超が付くほど田舎ということだ。
 町というのは名ばかりで、周りは高い山々に囲まれて、見渡す限り緑しかない。

 街で唯一ある電車は二時間に一本しかなく、もちろん無人駅である。使い勝手も悪い上に、滅多に来ないから乗っている人も殆どいない。
 彰良の住んでいる町に唯一存在した高校は、少子化の煽りを受けて既に廃校してしまっている。おかげで電車で一時間もかけて、隣町の高校まで通わなければならなかった。

 好きな歌手の歌を聴きながら、毎日眠気を堪えて高校に通う。そんな退屈な毎日に終止符を打ったのは、高校二年に上ってすぐのことだった。

「えーと、橘侑斗です。東京から来ました。仲良くしてください」

 ウェーブがかった髪の毛に、高い身長。優しげに垂れ下がった瞳に、少し気怠げな話し方。目元にある黒子が、なんだかとてもミステリアスで。
 突然現れた東京からの転校生。それは、田舎にうんざりしていた彰良が興味を抱くのに、充分な人物だった。

 さて、侑斗が転校してきたことは、エンタメに飢えている田舎の高校にとっては大事件だった。一年から三年までの生徒が、教室の目の前まで侑斗を見にきたぐらいだ。

 そんな調子だったから、彰良は話しかけるのを諦めて、一人教室でお気に入りのグループの曲を聴いていた。そんな時だ。ふと、後ろから侑斗が彰良の携帯画面を覗き込んできた。

「ねえ、そのグループ好きなの?」

「……好き、だけど」

「俺も好き」

 侑斗が、彰良の机の横にかけてある鞄を指差している。スラリと長い指の先を辿れば、鞄に付いているキーホルダーが目に入った。
 どういう意味だろう。そう思い侑斗を振り返れば、手に持っている筆箱に、同じデザインのキーホルダーが付いている。

「お揃いじゃん」

 そう言って、侑斗は嬉しそうに笑った。

 それからポツポツ話をするようになって、侑斗と彰良は次第に仲良くなっていった。話を聞けば、侑斗は彰良と同じ町に引っ越して来ていたらしい。そう言えば、引っ越して来た人がいると以前母親が言っていたことを思い出す。興味がなかったから、彰良は今までそのことをすっかりと忘れていた。

 では何故朝電車で会わないのかというと、来るか分からない電車に乗せるのは不安だからと、母親が毎日高校まで車で送っていたらしい。
 彰良が毎日電車に乗って来ていると言えば、次の日から侑斗は母親の送迎を断って、一緒の電車に乗って登校するようになった。

 二人だけの電車の中、二人で片耳ずつイヤホンを指して、一緒に好きなグループの歌を共有した。学校帰りにはお互いの家を行き来して、宿題をしたり、ゲームをやったり、アイスを食べたり、二人でたくさんの時を過ごした。

 侑斗はいつも綺麗な格好をしていて、立ち居振る舞いに何処か品があった。
 都会から越して来たというのに、侑斗は田舎を見下すことをしなかった。むしろ、田舎の遊びに興味があるというものだから、少しだけ彰良は驚いてしまった。

 高校二年の7月中盤。夏真っ盛りの暑い日のことだ。

 彰良が自分の遊び場所を侑斗に教えようと、森の中を突き進む。せせらぎが流れる川の音が耳に流れ込んできて、耳に心地いい。
 舗装されていない地面に足を滑らせて尻餅をついた侑斗を、手を握り立ち上がらせる。ふと森の中に違和感を見つけて彰良が視線を向ければ、侑斗もその方向を振り向いた。

 咽せ返る程に生い茂った緑の中、二人が見たものは、血みどろで倒れる人間の姿だった。