夏休みの登校日。眠い目を擦って、彰子と一緒に満仔駅まで歩いて行く。いつものように二号車に乗ると、誰もいない長椅子の真ん中にゆっくりと腰を下ろした。
去年まではこれが普通だったはずなのに、なんだか違和感でモゾモゾする。最近はいつも一緒にいたから、侑斗のいない電車は久しぶりだった。
一限は学年集会で、あとは夏休み後半の過ごし方と、始業式や2学期の準備に関する連絡だった。
そんなことは夏休みに入る前にいっぺんにやっておいて欲しい。家が遠いのだから、大したこともしないのに呼び出すのは勘弁して欲しい。そんなことを思って、彰良はため息をついた。
HRも終わり、帰ろうと荷物をまとめていたところで、クラスの男子が声をかけてきた。
「よお彰良。いつも一緒にいる橘はどうしたんだよ」
特徴的な坊主頭に、野球少年らしく日に焼けた肌。中学から一緒の、小林勝だ。
「東京に帰省してるんだとよ」
そう言うと、あからさまに小林の機嫌が悪くなった。恐らく東京という言葉に反応したのだろう。田舎コンプレックスがあるのがバレバレだ。
小林は侑斗のことを目の敵にしている節がある。昔ハブられた事件もあり、彰良からの心象はかなり悪かった。
ただまあ、侑斗が転校してくるまでは、小林はクラスで一軍扱いされていたのだから、少しだけ同情してしまう。
橘侑斗という本物の一軍が現れたその日から、クラスのカーストは全員一段下がったのだった。
「まあいいけど、お前ら男のくせにいつもイチャイチャしてるから、今日はいなくてせいせいしたわ。きもちわりーもん」
明らかに悪意のある言葉。これには彰良もカチンときた。いくら僻んだって、人に言っていいことと悪いことがある。
「あ゙?」
ガタリと立ち上がり、小林の目を真正面から見る。いつも言い返してこない彰良の行動に驚いて、小林が怯むように一歩下がった。
「そういえばお前のこと、この間喫茶店で見たぞ。でかいパフェ美味そうに食っててさあ……お前、甘いもの嫌いとか言ってなかったっけ?」
彰良の言葉に、小林の目が驚きで見開かれる。
なんで……と微かに唇が動いたのを、彰良は見逃さなかった。間違いない。これは、小林が隠したかったことだ。
「男一人でパフェ食いに喫茶店とか……」
きもちわりー。
そう言葉が出ようとして、ハッとなり言葉を止める。だってそれを言ったら、小林と同レベルになってしまう。侑斗だったら、絶対に言わない。
二人の間に沈黙が落ちる。瞬間、バコン! という音を立てて、小林の頭に何かがぶち当たった。
「小林ぃ! 侑斗君がいないからって彰良に突っかかってんじゃないわよ!」
氷見子が教室の入り口で叫んでいる。落ちたものを拾えば、可愛らしいトートバッグだ。中の重さ的に、弁当箱が入っているのだろう。これが頭にぶつかったとなると、相当痛そうだ。
「ってぇ……!」
小林が氷見子を睨み付けるが、氷見子は全く怯まない。それどころか小林のもとまで、ズンズンと歩いて近づいてきた。いつの間にか俺と氷見子に挟まれる形になって、小林の眉が不安げに下がった。
それを見て、クスクスと教室中が笑っている。周りの状況に気がついた小林は、分が悪くなったのか、教室から走って出て行った。
HRが終わったあと、普段あまり使用されない、西棟にある階段の踊り場で氷見子と落ち合う。氷見子がお弁当を鞄から取り出す様子を座って見ていると、氷見子があれ、と声を出した。
「彰良はお弁当持ってきてないの?」
「俺、部活とか入ってないし。この後帰るだけだから」
夏休みの登校日は午前中で授業が終わる。この後部活をするものはお弁当を持ってきているが、そうでないものはただ帰るだけだ。
納得した氷見子がお弁当に向き直る。可愛らしいキャラクターの描かれたお弁当箱を開けると、グチャグチャになった中身が顔を出した。
「ごめん、俺のせいで……」
焦る彰良を尻目に、氷見子は予想通りといった顔をしている。謝罪の言葉を口にすると、彼女は緩く首を振った。
「んーん、それより私こそごめんね。彰良一人でどうにかしてたのに、変に入って来ちゃって」
「そんなこと、ねえよ」
小林に真っ向から意見したのは初めてだった。今までは喋るのも億劫で、ほとんど無視に近い態度をとっていたから。恐らくそれも、小林の気に触っていたのだろうけれど。
上手くできていたか、正直彰良には自信がない。
「なんか彰良、変わったよね」
「え?」
お弁当をつつきながら、氷見子がなんとなしに言った言葉に顔を上げる。黄色いだし巻き卵を箸で持ち上げると、氷見子がそれをじっと眺めている。
「前はさ、なんかいつも面倒くさそうな顔してたじゃん。人生つまんないです。みたいな」
「いや、そんな顔……」
していない、とは言えなかった。彰良は確かにこの世界を、退屈なものだとずっと思っていた。
氷見子が卵の向きを変えると、中に赤いカニカマが見えた。次の瞬間、それは氷見子の口の中に消えて行く。
「だけど最近は、すごく楽しそう」
「……楽しい、と思う」
氷見子の言っていることは全部当たりだ。たった一人の存在が、彰良の世界を変えてしまった。この世界は楽しいことに溢れているのだと、教えてくれた。
「彰良はさ、侑斗君のことが大好きだよね」
氷見子の発言に、飲んでいたペットボトルのお茶を盛大に吹き出す。それを見て、氷見子が不思議そうな顔を彰良に向けた。
「え、なに? どうしたの?」
「いや、氷見子が、その、好きとか言うから……!」
彰良の言葉にも、氷見子は理解できないと首を傾げた。口をもごもごさせてから、思い切って大声を出した。
「だから、おかしいだろ、男同士で好きとか!」
「なんで? 友だちのこと好きって言わないの?」
どうやら彰良と氷見子には、好きという言葉に含まれる意味に相違が起きていたらしい。彰良は自分の勘違いがなんだか恥ずかしくなって、そっと口を噤んだ。
去年まではこれが普通だったはずなのに、なんだか違和感でモゾモゾする。最近はいつも一緒にいたから、侑斗のいない電車は久しぶりだった。
一限は学年集会で、あとは夏休み後半の過ごし方と、始業式や2学期の準備に関する連絡だった。
そんなことは夏休みに入る前にいっぺんにやっておいて欲しい。家が遠いのだから、大したこともしないのに呼び出すのは勘弁して欲しい。そんなことを思って、彰良はため息をついた。
HRも終わり、帰ろうと荷物をまとめていたところで、クラスの男子が声をかけてきた。
「よお彰良。いつも一緒にいる橘はどうしたんだよ」
特徴的な坊主頭に、野球少年らしく日に焼けた肌。中学から一緒の、小林勝だ。
「東京に帰省してるんだとよ」
そう言うと、あからさまに小林の機嫌が悪くなった。恐らく東京という言葉に反応したのだろう。田舎コンプレックスがあるのがバレバレだ。
小林は侑斗のことを目の敵にしている節がある。昔ハブられた事件もあり、彰良からの心象はかなり悪かった。
ただまあ、侑斗が転校してくるまでは、小林はクラスで一軍扱いされていたのだから、少しだけ同情してしまう。
橘侑斗という本物の一軍が現れたその日から、クラスのカーストは全員一段下がったのだった。
「まあいいけど、お前ら男のくせにいつもイチャイチャしてるから、今日はいなくてせいせいしたわ。きもちわりーもん」
明らかに悪意のある言葉。これには彰良もカチンときた。いくら僻んだって、人に言っていいことと悪いことがある。
「あ゙?」
ガタリと立ち上がり、小林の目を真正面から見る。いつも言い返してこない彰良の行動に驚いて、小林が怯むように一歩下がった。
「そういえばお前のこと、この間喫茶店で見たぞ。でかいパフェ美味そうに食っててさあ……お前、甘いもの嫌いとか言ってなかったっけ?」
彰良の言葉に、小林の目が驚きで見開かれる。
なんで……と微かに唇が動いたのを、彰良は見逃さなかった。間違いない。これは、小林が隠したかったことだ。
「男一人でパフェ食いに喫茶店とか……」
きもちわりー。
そう言葉が出ようとして、ハッとなり言葉を止める。だってそれを言ったら、小林と同レベルになってしまう。侑斗だったら、絶対に言わない。
二人の間に沈黙が落ちる。瞬間、バコン! という音を立てて、小林の頭に何かがぶち当たった。
「小林ぃ! 侑斗君がいないからって彰良に突っかかってんじゃないわよ!」
氷見子が教室の入り口で叫んでいる。落ちたものを拾えば、可愛らしいトートバッグだ。中の重さ的に、弁当箱が入っているのだろう。これが頭にぶつかったとなると、相当痛そうだ。
「ってぇ……!」
小林が氷見子を睨み付けるが、氷見子は全く怯まない。それどころか小林のもとまで、ズンズンと歩いて近づいてきた。いつの間にか俺と氷見子に挟まれる形になって、小林の眉が不安げに下がった。
それを見て、クスクスと教室中が笑っている。周りの状況に気がついた小林は、分が悪くなったのか、教室から走って出て行った。
HRが終わったあと、普段あまり使用されない、西棟にある階段の踊り場で氷見子と落ち合う。氷見子がお弁当を鞄から取り出す様子を座って見ていると、氷見子があれ、と声を出した。
「彰良はお弁当持ってきてないの?」
「俺、部活とか入ってないし。この後帰るだけだから」
夏休みの登校日は午前中で授業が終わる。この後部活をするものはお弁当を持ってきているが、そうでないものはただ帰るだけだ。
納得した氷見子がお弁当に向き直る。可愛らしいキャラクターの描かれたお弁当箱を開けると、グチャグチャになった中身が顔を出した。
「ごめん、俺のせいで……」
焦る彰良を尻目に、氷見子は予想通りといった顔をしている。謝罪の言葉を口にすると、彼女は緩く首を振った。
「んーん、それより私こそごめんね。彰良一人でどうにかしてたのに、変に入って来ちゃって」
「そんなこと、ねえよ」
小林に真っ向から意見したのは初めてだった。今までは喋るのも億劫で、ほとんど無視に近い態度をとっていたから。恐らくそれも、小林の気に触っていたのだろうけれど。
上手くできていたか、正直彰良には自信がない。
「なんか彰良、変わったよね」
「え?」
お弁当をつつきながら、氷見子がなんとなしに言った言葉に顔を上げる。黄色いだし巻き卵を箸で持ち上げると、氷見子がそれをじっと眺めている。
「前はさ、なんかいつも面倒くさそうな顔してたじゃん。人生つまんないです。みたいな」
「いや、そんな顔……」
していない、とは言えなかった。彰良は確かにこの世界を、退屈なものだとずっと思っていた。
氷見子が卵の向きを変えると、中に赤いカニカマが見えた。次の瞬間、それは氷見子の口の中に消えて行く。
「だけど最近は、すごく楽しそう」
「……楽しい、と思う」
氷見子の言っていることは全部当たりだ。たった一人の存在が、彰良の世界を変えてしまった。この世界は楽しいことに溢れているのだと、教えてくれた。
「彰良はさ、侑斗君のことが大好きだよね」
氷見子の発言に、飲んでいたペットボトルのお茶を盛大に吹き出す。それを見て、氷見子が不思議そうな顔を彰良に向けた。
「え、なに? どうしたの?」
「いや、氷見子が、その、好きとか言うから……!」
彰良の言葉にも、氷見子は理解できないと首を傾げた。口をもごもごさせてから、思い切って大声を出した。
「だから、おかしいだろ、男同士で好きとか!」
「なんで? 友だちのこと好きって言わないの?」
どうやら彰良と氷見子には、好きという言葉に含まれる意味に相違が起きていたらしい。彰良は自分の勘違いがなんだか恥ずかしくなって、そっと口を噤んだ。
