鋭い日差しが大地を照らしている。蒸されるような暑さの中、侑斗と彰良の二人はもう一度満仔神社の洞窟前に来ていた。
きゃいきゃいと町の子どもたちが洞窟探検の準備をしている。その横に立つ看板を見ながら、流れ出る汗を腕で拭った。
この場所までは呪いのルールを確認しに来たのだが、蝉の声が四方八方から降ってくるせいで、侑斗の声がよく聞こえない。
声を聞こうと侑斗に近づこうとして、首筋をむんずと何かに掴まれた。驚いて後ろを振り向くと、呆れた顔の静弥が立っている。
「え? なに?」
彰良の疑問を無視して、静弥が歩き始める。そのまま彰良たちは、社務所の奥にズルズルと引きずられていった。
畳の部屋に通された後、説教が始まりそうな雰囲気を察知する。急いで二人で事情を説明したところ、静弥はホッとしたように姿勢を崩した。
「はあ、なんだ、看板を確認しに来ただけなのか。驚かせるんじゃねぇよ」
どうやらまたよからぬことをするのではと警戒されていたらしい。ちょっと待ってろと言って、静弥は冷たい麦茶と茶菓子を出してくれた。出された麦茶に口をつければ、冷たい水が身体を通る感覚が気持ちいい。
「あー生き返る!」
「麦茶うますぎー」
今日の気温は一段と高く、身体が蕩けそうな暑さだった。社務所に連れ込まれたことは、逆に良かったかもしれない。
エアコンの下で涼む二人に優しい視線を送ると、静弥は立ち上がり戸棚を物色し始めた。何をするのかと見ていると、古びた巻物を取り出してくる。畳の上に置かれたそれを覗き込めば、達筆な文字が描かれていた。よく読めば、看板にあったものと似た文章のようだ。
其の一 満15歳以上の人間は、この洞窟に入ってはならない。斑目童子は、大人の事が大好きだから。
其の二 手燭台を片手で持ってはならない。もう片方の手を、斑目童子が握ってしまうから。
其の三 蝋燭の火を決して消してはならない。斑目童子がお前に近づいてしまうから。
其の四 蝋燭の火が消えても、絶対に他人から火をもらってはならない。 誰かに火を分けてもらった瞬間、その相手と「同じ罪」を背負うことになるから。
其の五 一緒に入った友人の名前を、洞窟の中で呼んではならない。 呼んだ名前を斑目童子が覚えてしまうから。
其の六 名前を呼ばれても、絶対に振り返ってはならない。斑目童子と目が合ってしまうから。
其の七 祠の周りの人形の数を数えてはならない。 数えた数だけ、後日「足りない人形」の夢を見てしまうから。
其の八 人形と目が合ったと感じても、絶対に謝ってはならない。 謝罪の言葉は斑目童子にとって「罪の告白」であり、罪悪感は斑目童子の糧であるから。
「あれ? なんかちょっと違くない? 其の一の最後とかさ……」
「え? どこ?」
「ほら、ここ」
携帯に撮った画像を拡大しながら、侑斗が指差す箇所と比較してみる。並べてみれば、確かに内容が変わっていた。
「本当だ。看板の方は、15歳以上が入っちゃいけない理由に、大人を恨んでいるからって書いてある」
何か理由があるのだろうか。説明を求めるように静弥を見つめれば、うーんと悩ましげな声を出した。
「そこなあ、看板を新調する時に俺の親父が書き換えたんだよ。伝承が本当なら、殺されたのに大好きはおかしいだろって言ってよ」
斑目童子が口減しで大人に殺された子どもたちの怨霊であるなら、確かにそうかもしれない。しかし静弥は、無精髭をゾリゾリ触りながら、眉間に皺を寄せている。
「俺は元のままのが合ってると思っているんだがなあ」
「そうなの?」
「だってなあ、ガキってのは無条件に親が好きなもんだろ。例えそれが、自分を殺した相手だとしてもだ」
それはなんて、残酷なんだろう。まだ怨んでいると言われた方が良かったかもしれない。侑斗もそう思っているのか、静弥の話になんとも言えない顔をしていた。
「とりあえず、其の一から振り返って読んでみよう」
気を取り直して、侑斗と二人で巻物の内容を最初から洗っていく。灯台下暗しだ。もしかしたら、何か新しいことが分かるかもしれない。
「まず其の一、これは俺たちは速攻で破ってる」
「……おうっ」
「……責めてないって!」
返事に詰まって変な返しになった彰良に、侑斗が笑いながら眉を下げた。責めていないのは分かっているが、其の一を破ったのは完全に彰良が悪いので、気にするなという方が難しい。
「次は其のニだけど……」
「うあ、俺、破ったかも。つまずいた時に離した記憶ある」
その時はすぐに壁に手を付いたが……渋い顔をする彰良に、静弥が視線を向けた。
「手を握られた感触はしたのか?」
「それは、ないけど……」
「なら大丈夫だ。問題は斑目童子が掴みやすい位置……まあ、大人の腰の高さぐらいか。そこら辺に手がプラプラしていることだからな。ちょっとぐらいじゃ問題ない」
静弥がこのぐらい、と高さを手で示してくれる。
「そもそも両手で手燭台を持って歩くのは危ねえだろ。片手は壁に触れながら歩くように子どもたちにも説明してるしな」
「そうなの?」
「あー……そうだったかも……?」
記憶を思い返してみると、彰良は肝試しの際、いつも姉の彰子に手を繋がれていた記憶がある。小さい彰良にとって、真っ暗な洞窟を冒険するのは、楽しいよりも恐ろしいが勝った。だから彰子が肝試しできない年齢になってから、彰良は肝試しに参加していない。
「じゃあ、次は其の三、手燭台の火を消してはならない」
「消しました……」
「逆にお前は何なら破ってないんだ……」
力なく手を上げた彰良を、静弥が呆れた顔で見ている。呪われるべくして呪われたと言われても否定できない。
「まあ、消えてしまっても、途中にある松明から火を再度灯し直せば問題ない。それに、侑斗の火は消えていなかったんだろう」
「はい。俺の火は一度も消えていません!」
侑斗がシュピッと謎の敬礼をする。それに静弥がうむと言いながら腕を胸で組んだ。
「其の四、消えた火は松明からつけたから、これは破ってない。問題はその次だ」
侑斗の長く綺麗な指が文字をなぞっていく。それは巻物の真ん中あたりで止まると、トントンとリズミカルに紙面を叩いた。
「其の五、一緒に入った友人の名前を、洞窟の中で呼んではならない。 これは俺が破ってる」
そう言って、侑斗が少しだけ押し黙る。恐る恐るといった感じで、静弥を見上げた。
「彰良が呪われたのって、そのせいだったりしますか?」
「いや、そんなことないだろ。俺も侑斗の名前呼んじゃったし」
名前を呼んでしまったのは、侑斗と彰良の両方だ。けれど、彰良だけが呪われている。名前を呼ばれたことが呪われた原因ではないはずだ。そう思い静弥を見ると、彰良の言葉を肯定するように頷いた。
「……そうだな、名前は絶対条件じゃない。問題はその後だ。……彰良、お前名前を呼ばれて振り返ったか」
「振り返ってない。誰かに名前を呼ばれて振り返ろうとしたら、静弥のおっちゃんの声がしたから……」
あの声がなかったら、正直振り返っていただろう。静弥は考えるように、自分の顎をジョリジョリと触った。
「……じゃあ洞窟の中で、強い罪悪感を抱いたか?」
「それは…………」
抱いた、気がする。そうだ、怯えたような侑斗の声に、自分は————————
静弥の目と、侑斗の目が、彰良のことをじっと見ている。背中につうっと汗が伝った。
彰良が言葉につまり、何か言い訳をしようと口を開いた瞬間——携帯の着信音が部屋中に鳴り響いた。
突然の無機質な着信音に、驚いて身体が一瞬固まる。携帯の画面を見た侑斗が、勢いよく立ち上がった。
「ヤバい! 母さんが呼んでる!」
どうやら鳴り響いた携帯の持ち主は侑斗だったらしい。小さなショルダーバッグを斜めがけすると、ポカンとしている彰良と静弥に向かって手を合わせた。
「ごめん、俺もう行かなきゃ! また今度な! 静弥さんも、ありがとうございました!」
「おー」
それだけ言うと、侑斗が急ぐようにバタバタと走っていく。それを見届けてから、静弥が不思議そうな顔を彰良に向けた。
「なに、どうしたのあいつ」
「東京のおばあちゃん家行くんだって言ってた。二泊三日」
「おばあちゃん家の方が都会にあんのか。変わってんな」
正直彰良もそう思う。もう亡くなってしまったが、両親の実家が共に町内にあった彰良には、里帰りというものがどういう感覚なのか、よく分からなかった。
「俺もそろそろ帰ろうかな」
侑斗がいないなら、これ以上ここにいてもしょうがない。立ちあがろうとした彰良の腕を、しかし静弥が掴んで止めた。
「えっと……なに?」
驚いて顔を見れば、静弥の雰囲気が先程とは一変している。戸惑う彰良に対して、静弥ははっきりと言い切った。
「彰良、お前痣がデカくなってんだろ」
瞬間、ビクリと彰良の身体が揺れる。それは静弥の言葉を肯定したことと同義だった。
「なんで……」
なんで、どうして分かるのか。静弥には、痣を初日に見せただけで、今日は見せていないはずだ。
「しかもそれを、侑斗に隠してる。違うか?」
正解だ。彰良は痣が日に日に成長していることを、侑斗に言っていない。もし侑斗がその話を聞いていたら、二泊三日の帰省すらしなかっただろう。
「これでも神主だからな。感じるんだよ。……お前、このままじゃ死ぬぞ」
「え……」
自分でも、アホみたいな顔をしていたと思う。靖恵の死体を見ていたはずなのに、彰良はいつの間にか、自分は死なないと勝手に思い込んでいた。
「彰良、お前の罪悪感はなんだ」
「……………………それ、は」
言葉に詰まり視線を逸らす彰良に、静弥は小さく息を吐いた。
「俺には言わなくてもいい。でも、侑斗には言え」
「………………できない」
できない。できるはずがない。同性の、親友である侑斗に、劣情を抱いてしまったなんて。そんなことを侑斗が聞いたら、一体どんな顔をするだろうか。考えただけでも恐ろしかった。
そんな彰良の心を読むように、ゆっくりと静弥が言い聞かせるように言った。
「いいか彰良。お前が今抱いている罪悪感はな、大人になったら笑い飛ばせるようなもんなんだ。大したことなんてない悩みなんだよ」
「なんで、知らないのにそんなこと……!」
彰良の罪悪感をちっぽけだと言われて、カッとなり語気を強める。それに静弥が、声を荒げた。
「知らねえ! でも分かるんだよ! 俺だってガキだったからな!」
静弥は彰良の両肩を掴むと、その瞳を真っ直ぐに見た。諭すように、言葉を紡ぐ。
「いいか彰良。罪悪感ってのは、共有したら薄れるんだよ。今やるべきは、どうやったら死なないで時間を稼ぐかだ。いつか今抱いている罪悪感なんて、ちっぽけな悩みだったと気がつく時が来る。そしたらもう、呪いなんかからは解放されたようなもんだ」
静弥の言うことは、正しいのかもしれない。けれど彰良には、この罪悪感が薄れる日が来るなんて、とてもではないが思えなかった。
社務所から出れば、ポツポツと雨が降り始める。空がゴロゴロと鳴り、次第に雨が強くなっていく。
「…………無理、だよ……」
言えない。言えるはずがない。だって彰良は、侑斗の親友でいたいから。
土砂降りの夕立の中を、彰良は一人歩いて帰った。
きゃいきゃいと町の子どもたちが洞窟探検の準備をしている。その横に立つ看板を見ながら、流れ出る汗を腕で拭った。
この場所までは呪いのルールを確認しに来たのだが、蝉の声が四方八方から降ってくるせいで、侑斗の声がよく聞こえない。
声を聞こうと侑斗に近づこうとして、首筋をむんずと何かに掴まれた。驚いて後ろを振り向くと、呆れた顔の静弥が立っている。
「え? なに?」
彰良の疑問を無視して、静弥が歩き始める。そのまま彰良たちは、社務所の奥にズルズルと引きずられていった。
畳の部屋に通された後、説教が始まりそうな雰囲気を察知する。急いで二人で事情を説明したところ、静弥はホッとしたように姿勢を崩した。
「はあ、なんだ、看板を確認しに来ただけなのか。驚かせるんじゃねぇよ」
どうやらまたよからぬことをするのではと警戒されていたらしい。ちょっと待ってろと言って、静弥は冷たい麦茶と茶菓子を出してくれた。出された麦茶に口をつければ、冷たい水が身体を通る感覚が気持ちいい。
「あー生き返る!」
「麦茶うますぎー」
今日の気温は一段と高く、身体が蕩けそうな暑さだった。社務所に連れ込まれたことは、逆に良かったかもしれない。
エアコンの下で涼む二人に優しい視線を送ると、静弥は立ち上がり戸棚を物色し始めた。何をするのかと見ていると、古びた巻物を取り出してくる。畳の上に置かれたそれを覗き込めば、達筆な文字が描かれていた。よく読めば、看板にあったものと似た文章のようだ。
其の一 満15歳以上の人間は、この洞窟に入ってはならない。斑目童子は、大人の事が大好きだから。
其の二 手燭台を片手で持ってはならない。もう片方の手を、斑目童子が握ってしまうから。
其の三 蝋燭の火を決して消してはならない。斑目童子がお前に近づいてしまうから。
其の四 蝋燭の火が消えても、絶対に他人から火をもらってはならない。 誰かに火を分けてもらった瞬間、その相手と「同じ罪」を背負うことになるから。
其の五 一緒に入った友人の名前を、洞窟の中で呼んではならない。 呼んだ名前を斑目童子が覚えてしまうから。
其の六 名前を呼ばれても、絶対に振り返ってはならない。斑目童子と目が合ってしまうから。
其の七 祠の周りの人形の数を数えてはならない。 数えた数だけ、後日「足りない人形」の夢を見てしまうから。
其の八 人形と目が合ったと感じても、絶対に謝ってはならない。 謝罪の言葉は斑目童子にとって「罪の告白」であり、罪悪感は斑目童子の糧であるから。
「あれ? なんかちょっと違くない? 其の一の最後とかさ……」
「え? どこ?」
「ほら、ここ」
携帯に撮った画像を拡大しながら、侑斗が指差す箇所と比較してみる。並べてみれば、確かに内容が変わっていた。
「本当だ。看板の方は、15歳以上が入っちゃいけない理由に、大人を恨んでいるからって書いてある」
何か理由があるのだろうか。説明を求めるように静弥を見つめれば、うーんと悩ましげな声を出した。
「そこなあ、看板を新調する時に俺の親父が書き換えたんだよ。伝承が本当なら、殺されたのに大好きはおかしいだろって言ってよ」
斑目童子が口減しで大人に殺された子どもたちの怨霊であるなら、確かにそうかもしれない。しかし静弥は、無精髭をゾリゾリ触りながら、眉間に皺を寄せている。
「俺は元のままのが合ってると思っているんだがなあ」
「そうなの?」
「だってなあ、ガキってのは無条件に親が好きなもんだろ。例えそれが、自分を殺した相手だとしてもだ」
それはなんて、残酷なんだろう。まだ怨んでいると言われた方が良かったかもしれない。侑斗もそう思っているのか、静弥の話になんとも言えない顔をしていた。
「とりあえず、其の一から振り返って読んでみよう」
気を取り直して、侑斗と二人で巻物の内容を最初から洗っていく。灯台下暗しだ。もしかしたら、何か新しいことが分かるかもしれない。
「まず其の一、これは俺たちは速攻で破ってる」
「……おうっ」
「……責めてないって!」
返事に詰まって変な返しになった彰良に、侑斗が笑いながら眉を下げた。責めていないのは分かっているが、其の一を破ったのは完全に彰良が悪いので、気にするなという方が難しい。
「次は其のニだけど……」
「うあ、俺、破ったかも。つまずいた時に離した記憶ある」
その時はすぐに壁に手を付いたが……渋い顔をする彰良に、静弥が視線を向けた。
「手を握られた感触はしたのか?」
「それは、ないけど……」
「なら大丈夫だ。問題は斑目童子が掴みやすい位置……まあ、大人の腰の高さぐらいか。そこら辺に手がプラプラしていることだからな。ちょっとぐらいじゃ問題ない」
静弥がこのぐらい、と高さを手で示してくれる。
「そもそも両手で手燭台を持って歩くのは危ねえだろ。片手は壁に触れながら歩くように子どもたちにも説明してるしな」
「そうなの?」
「あー……そうだったかも……?」
記憶を思い返してみると、彰良は肝試しの際、いつも姉の彰子に手を繋がれていた記憶がある。小さい彰良にとって、真っ暗な洞窟を冒険するのは、楽しいよりも恐ろしいが勝った。だから彰子が肝試しできない年齢になってから、彰良は肝試しに参加していない。
「じゃあ、次は其の三、手燭台の火を消してはならない」
「消しました……」
「逆にお前は何なら破ってないんだ……」
力なく手を上げた彰良を、静弥が呆れた顔で見ている。呪われるべくして呪われたと言われても否定できない。
「まあ、消えてしまっても、途中にある松明から火を再度灯し直せば問題ない。それに、侑斗の火は消えていなかったんだろう」
「はい。俺の火は一度も消えていません!」
侑斗がシュピッと謎の敬礼をする。それに静弥がうむと言いながら腕を胸で組んだ。
「其の四、消えた火は松明からつけたから、これは破ってない。問題はその次だ」
侑斗の長く綺麗な指が文字をなぞっていく。それは巻物の真ん中あたりで止まると、トントンとリズミカルに紙面を叩いた。
「其の五、一緒に入った友人の名前を、洞窟の中で呼んではならない。 これは俺が破ってる」
そう言って、侑斗が少しだけ押し黙る。恐る恐るといった感じで、静弥を見上げた。
「彰良が呪われたのって、そのせいだったりしますか?」
「いや、そんなことないだろ。俺も侑斗の名前呼んじゃったし」
名前を呼んでしまったのは、侑斗と彰良の両方だ。けれど、彰良だけが呪われている。名前を呼ばれたことが呪われた原因ではないはずだ。そう思い静弥を見ると、彰良の言葉を肯定するように頷いた。
「……そうだな、名前は絶対条件じゃない。問題はその後だ。……彰良、お前名前を呼ばれて振り返ったか」
「振り返ってない。誰かに名前を呼ばれて振り返ろうとしたら、静弥のおっちゃんの声がしたから……」
あの声がなかったら、正直振り返っていただろう。静弥は考えるように、自分の顎をジョリジョリと触った。
「……じゃあ洞窟の中で、強い罪悪感を抱いたか?」
「それは…………」
抱いた、気がする。そうだ、怯えたような侑斗の声に、自分は————————
静弥の目と、侑斗の目が、彰良のことをじっと見ている。背中につうっと汗が伝った。
彰良が言葉につまり、何か言い訳をしようと口を開いた瞬間——携帯の着信音が部屋中に鳴り響いた。
突然の無機質な着信音に、驚いて身体が一瞬固まる。携帯の画面を見た侑斗が、勢いよく立ち上がった。
「ヤバい! 母さんが呼んでる!」
どうやら鳴り響いた携帯の持ち主は侑斗だったらしい。小さなショルダーバッグを斜めがけすると、ポカンとしている彰良と静弥に向かって手を合わせた。
「ごめん、俺もう行かなきゃ! また今度な! 静弥さんも、ありがとうございました!」
「おー」
それだけ言うと、侑斗が急ぐようにバタバタと走っていく。それを見届けてから、静弥が不思議そうな顔を彰良に向けた。
「なに、どうしたのあいつ」
「東京のおばあちゃん家行くんだって言ってた。二泊三日」
「おばあちゃん家の方が都会にあんのか。変わってんな」
正直彰良もそう思う。もう亡くなってしまったが、両親の実家が共に町内にあった彰良には、里帰りというものがどういう感覚なのか、よく分からなかった。
「俺もそろそろ帰ろうかな」
侑斗がいないなら、これ以上ここにいてもしょうがない。立ちあがろうとした彰良の腕を、しかし静弥が掴んで止めた。
「えっと……なに?」
驚いて顔を見れば、静弥の雰囲気が先程とは一変している。戸惑う彰良に対して、静弥ははっきりと言い切った。
「彰良、お前痣がデカくなってんだろ」
瞬間、ビクリと彰良の身体が揺れる。それは静弥の言葉を肯定したことと同義だった。
「なんで……」
なんで、どうして分かるのか。静弥には、痣を初日に見せただけで、今日は見せていないはずだ。
「しかもそれを、侑斗に隠してる。違うか?」
正解だ。彰良は痣が日に日に成長していることを、侑斗に言っていない。もし侑斗がその話を聞いていたら、二泊三日の帰省すらしなかっただろう。
「これでも神主だからな。感じるんだよ。……お前、このままじゃ死ぬぞ」
「え……」
自分でも、アホみたいな顔をしていたと思う。靖恵の死体を見ていたはずなのに、彰良はいつの間にか、自分は死なないと勝手に思い込んでいた。
「彰良、お前の罪悪感はなんだ」
「……………………それ、は」
言葉に詰まり視線を逸らす彰良に、静弥は小さく息を吐いた。
「俺には言わなくてもいい。でも、侑斗には言え」
「………………できない」
できない。できるはずがない。同性の、親友である侑斗に、劣情を抱いてしまったなんて。そんなことを侑斗が聞いたら、一体どんな顔をするだろうか。考えただけでも恐ろしかった。
そんな彰良の心を読むように、ゆっくりと静弥が言い聞かせるように言った。
「いいか彰良。お前が今抱いている罪悪感はな、大人になったら笑い飛ばせるようなもんなんだ。大したことなんてない悩みなんだよ」
「なんで、知らないのにそんなこと……!」
彰良の罪悪感をちっぽけだと言われて、カッとなり語気を強める。それに静弥が、声を荒げた。
「知らねえ! でも分かるんだよ! 俺だってガキだったからな!」
静弥は彰良の両肩を掴むと、その瞳を真っ直ぐに見た。諭すように、言葉を紡ぐ。
「いいか彰良。罪悪感ってのは、共有したら薄れるんだよ。今やるべきは、どうやったら死なないで時間を稼ぐかだ。いつか今抱いている罪悪感なんて、ちっぽけな悩みだったと気がつく時が来る。そしたらもう、呪いなんかからは解放されたようなもんだ」
静弥の言うことは、正しいのかもしれない。けれど彰良には、この罪悪感が薄れる日が来るなんて、とてもではないが思えなかった。
社務所から出れば、ポツポツと雨が降り始める。空がゴロゴロと鳴り、次第に雨が強くなっていく。
「…………無理、だよ……」
言えない。言えるはずがない。だって彰良は、侑斗の親友でいたいから。
土砂降りの夕立の中を、彰良は一人歩いて帰った。
